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「え……待って、今のトラップ、ハンパなくない? スローで見たら、ボールが一瞬で止まってるんだけど……」

登場人物についての詳細は↓のとおりです。

https://ncode.syosetu.com/n7086km/58

「ふっ、この遥譲二、やるときはやる男さ。いくぜ、お嬢ちゃんたち! ――ありあぁ~やぁ〜、ありぃっ!!」


 四隅の松や桜の木々を、無駄にシブいバリトンボイスが神聖に震わせる。

 あまりのフェロモン全開な響きに、ピッチ内の一同、そして縁側の観客席すらも一瞬だけ奇妙な静寂に包まれた。


(……あかん、無駄にエエ声すぎてちょっと聞き惚れてもうた……)


 藤乃がピッチ外で一瞬だけぽかんと口を開け、同じピッチ内の萩子も「おう、なんか知らねえけどシブいじゃん……」と気圧されたように目を瞬かせる。


 そんな中、縁側でスコアブックを広げたカスミだけは、一切ブレずにのんびりとした声を響かせた。


「あーあ、譲二っちがイケボの無駄遣いで、無駄にフィールドの解像度を上げにかかってるじゃんね。無駄につやのあるビブラートが逆に腹立つんよ」


 「それなー!」とまつりがスマホを構えながらゲラゲラと笑う。


 だが、そのイケボの余韻は、文字通り一瞬で粉砕されることとなる。


 松の木の手前(一の足)に陣取った遥 譲二(62)の足元から、絲子お祖母ちゃんへの恐怖によって力加減が完全にバグり散らかした一撃が放たれた。


――ボフンッ!!


 綺麗なパス(おもてなし)になるはずだった伝統の鹿革の鞠は、不器用極まりないボレーによって不規則な超高速弾丸ライナーへと変貌。突風を切り裂きながら、女子高生たちの頭上へと襲いかかった。


「ひぃっ!? ちょっと待て、あの譲二さん下手くそすぎてどこ飛ぶか分からん!」


 さっきまで聞き惚れかけていた藤乃が、すぐさまキレ味鋭い関西弁の悲鳴を張り上げた。


 譲二さんの放った弾丸魔球を、野生の勘でなんとか胸トラップした萩子。


 だが、すかさず二の矢を蹴りだそうとした瞬間、重いサッカーボールとは全く勝手の違う、鹿革の鞠のあまりの軽さに足元がわずかに狂う。


「ちっ、一回やって分かってたハズなのに、やっぱこれクソムズいな……っ! 風で流れて芯が全然捉えられねえ!」


 萩子がウルフカットを激しく揺らし、経験者ゆえの悔しさを滲ませて声を張る。

 いつもの感覚でミートできず、意図しないロブとなって中央へフワリと浮き上がってしまった鞠。


 そのバラバラな軌道を見極め、中盤の底(四の足)からスッと美しく舞い込んだのは、蹴鞠体験で一緒に経験した者同士の牡丹だ。


「皆様、いつものサッカーボールだと思っては置いていかれますわ。鞠の軽さに、こちらの呼吸を合わせるのです――ありっ!」


 膝を柔らかく使い、お嬢様らしい優雅さで軽さを包み込むようにインサイドで押し出す。


 放たれたのは、右側の柳の木の前(七の足)で構える元エース・桐子への、完璧に計算されたおもてなしの浮き球。


「(……なるほどね、これが『おもてなし』のパス――)」


 右側の柳の木の前(七の足)で構える鳳 桐子は、牡丹から放たれた美しい浮き球を冷徹な目で見極めていた。


 元エースストライカーの血が、本能的に鋭いダイレクトボレーの軌道を脳内に描く。


 だが、彼女は直前で踏み込む力をフッと抜いた。


 頭をよぎったのは、自身に課せられた【一試合、累計五分間】という絶対的なタイムリミット。


 先の一竹すずめ達との激闘で見せた、心臓が粉々にひび割れるような鋭い激痛。拍動のたびに自分の体力をごっそりとそぎ落としていく、あの恐ろしい感覚。

 かつてのフットサル同好会との紅白戦の後には、その五分を使い切った反動で、帰りのリムジンの中で千鶴に抱えられるまで泥のように眠りこけてしまったこともある。


 一度タイマーを限界まで回せば肉体が完全にオーバーワークを起こし、再充填クールダウンまでに数日間の完全な休息を要する諸刃の剣。

 こんな特訓の初座から、またあのデッドラインに踏み込んで、貴重な動ける肉体をフイにするわけにはいかない。


 ――心拍数を上げるな。体力を削られるな。

 ――力を入れず、ただ触るだけでいい。


  桐子はやや控えめに、脱力した足先をそっと鞠の軌道へと合わせた。


――パシュッ。


 重いサッカーボールなら失速してボテボテの球になるはずの「手抜き」のキック。だが、それは余計な回転を一切与えない、完璧に勢いをコントロールされた極上の『おもてなし』のロブへと昇華された。


 松の木のほうへ向かって、ふわりと、あまりにも綺麗な弧を描いて吸い込まれていく極上の鞠。


 それを見た元エースの桐子自身が「……え?」と、自分の足元を信じられないといった様子で、クールな目を見開いた。


「ナイスだ鳳くん! これなら僕の得意分野だ!! ええっと、よ、ようぅ?」


パスッ!


 桜の木に近い『三の足』で構えていた鹿戸かえど もみじが、記憶の底の蹴鞠体験を必死に引っ張り出し、たどたどしくも請い声を上げて宙へと跳んだ。

 重いサッカーボールのセオリーを捨て、軽い鞠の滞空時間に自分の滞空時間を完全に合わせるアクロバティックな空中ボレー。極上のパスはさらに角度を変え、前線のターゲットへと綺麗に送り届けられる。


「……んっ」


シュッ。


 蹴鞠は今回が初めてとなるFWトップの道風みちかぜ やなぎが、短い短音の口癖と共に、その完璧な配球を逃さず反応した。

 型としての請い声こそないものの、ストライカーとしての天才的な野生の反射だけでノーバウンドのまま鋭いボレーを放ち、中央へと綺麗に折り返してみせる。


 萩子、牡丹、桐子、椛、そして柳。八々花アタッカー陣による、美しすぎる空中サッカーの連係が、今まさに鞠庭で完璧に一本の線として繋がりかけた――その瞬間だった。


「う、うおおおっ!? 落ちてくるぅぅ!!」


 柳が中央へ綺麗に折り返した最高の鞠を、隣にいたハゲおやじが、絲子お祖母ちゃんの般若の顔がフラッシュバックしたせいでパニックを起こし、ダイレクトで思いっきり「特攻クリア」してしまったのだ。


――ボフンッ!!


 せっかくの美しい浮き球は、ハゲおやじの生存本能むき出しのキックによって再び「どこに飛ぶか分からない究極の弾丸クソボール」へと引き戻され、ピッチ外へ向かって猛スピードで突進していく。


「す、すまん! お祖母ちゃんの般若の顔が脳裏をよぎって、体が勝手にクリアボタンを押しちゃったんだよぉ!」


「押しちゃったんだよぉ、やあるかボケェッ! 生存本能のせいでラリーがディストピア化しとるやんけ! 何すべてを虚無に還しとんねんハゲおやじ!!」


 ピッチ外から藤乃のキレ味鋭い関西弁の怒号が突き刺さる中、鞠は無慈悲に地べたへと落下しかける。


 誰もが「落ちる!」と目を瞑ったその刹那――緋色の袴がはらり。と美しく舞い、常に中央(二の足)をカバーしていた菊鞠がするりと滑り込んだ。


――するり。

――ぴたっ。


 どんな悪意と恐怖に満ちた弾丸クソボールだろうと、彼女の足元に触れた瞬間、鞠の回転と勢いは完全にゼロになり、一番次の人が蹴りやすい高さへふわりと滞空した。


「ふふ、次は萩子さんが一番気持ちよく蹴られるように、最高の優しさで球を置きますね」


 おっとりと微笑む菊鞠。その異次元の技術を縁側の特等席からスマホの画面越しにスロー再生していた、まつりの手が止まる。


「え……待って、今のトラップ、ハンパなくない? スローで見たら、ボールが一瞬で止まってるんだけど……」


 まつりが驚愕の声を上げれば、その横から動画の再生画面を覗き込んだカスミが、のんびりと解説を重ねた。


「……マジじゃん。完全にベクトルの相殺。神酒盃(みかづき)ちゃんの足元だけ物理エンジンの挙動がおかしいんよ。これ、人間業じゃないじゃんね……」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


次回予告――

特攻やr……Aチームの蹴鞠が終わった。

次はBチームの番となる。


次回、

【「なにが『なのだ!』や! お前はどっかの枝豆か? あ?」】

どうぞお楽しみに!


――

「遥譲二、キャラ立ちすぎだろ」

「イケボからの落差w」

と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!


よろしくお願いいたします!

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