↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
62/101

「うわぁ……何その声の無駄遣い。声帯のポテンシャルだけは無駄にカンストしてるじゃんね」

 社務所の玄関の引き戸を開け、八々花のメンバーたちは参道を跨ぎ、境内の西側に位置する神聖なる鞠庭まりにわへと向かう。


 四隅にそれぞれ松、桜、楓、柳の木が植えられたその場所は、緑のピッチとは異なる、神聖な独特の静謐せいひつさを漂わせている。


 ――なのだが、その入り口となる南側の『中の口(なかのくち)』の手前で、まつりが真っ先に指を差した。その顔は完全に引きつっている。


 社務所からやってくる彼女たちに背中を見せるようにして、臙脂えんじ色の袴を穿き、西を向いて腰に手を当てて仁王立ちする神酒盃 絲子お祖母ちゃんの姿が、そこにはあった。


 そしてそのお祖母ちゃんが厳しく見据える足元には、お祖母ちゃんと対面するように東の方角を向いて、つまりやってくる彼女たちと正面から目が合う姿勢で、石畳に額を擦りつけんばかりに横一列に美しく【土下座待機】している保存会(普段は北東の集会所――通称・伏魔殿に生息しているおじさん達だ)の面々がいた。


「仕込みは終わったよ、八々花の娘たち。この生ゴミども、技術はないけど『鞠を必死に打ち返す根性』だけは、あたしが今さっき叩き込んでおいたからねぇ」


 仁王立ちのまま振り返りもせず、お祖母ちゃんが普段通りの優しいおっとりとした声で告げる。

 その上品な声音と、正面から見せつけられるおじさん達の必死な土下座の顔ぶれ、そして吐き出された物騒な単語との凄まじいギャップに、女子高生たちは背筋を凍らせた。


 そんな恐怖の土下座の列の先頭から、額を地面につけたまま、無駄に渋い声が響き渡る。

 ――往年の名画の吹き替えを彷彿とさせる、めちゃくちゃいい声のバリトンである。


「……俺の名ははるか 譲二じょうじよわい六十二。お嬢ちゃんたち、さっきは不適切にもほどがある発言をし、神聖な境内の風紀を乱したことを、チームを代表して深くお詫びする」


「うわぁ……何その声の無駄遣い。声帯のポテンシャルだけは無駄にカンストしてるじゃんね」


 縁側へ向かって歩いていたカスミが、呆れたようにのんびりとしたツッコミを入れる。


 額を擦りつけたままさらに響くバリトンボイスは、もはや洋画劇場のナレーションの域に達していた。


「どうか俺たちを、あんたたちの『壁打ち要員』として、好きに使い倒してくれ。作戦はいつでも、奇を以てよしとすべし、だ……!」


 声だけは世界一格好いいのに、やっていることは100パーセントの恐怖による服従(土下座)。あまりのギャップに、藤乃も「なんやこのおっさん、渋いんか情けないんかどっちやねん……」と頭を押さえている。


 そんなカオスな空間で、生真面目な菊鞠がなんとか話を前に進めようと、両手を叩いて提案した。


「え、ええっと、蹴鞠は最大八人までしか入れないので……まずは、みなさんを二つのグループに分けましょう! その……どう分けましょうか……」


 おっとりと首を傾げる菊鞠に、後ろから見守っていた桐子が、小さく手を挙げて助け舟を出した。


「それなら、ポジションの役割ごとに分けるのが合理的ね。前線で浮き球を処理する『攻撃チーム』と、後ろで相手のクリアを跳ね返す『守備チーム』。……この二つに分けた方が、特訓の目的が明確になるわ」


「なるほど、さすが鳳さんです! では、まずは前線の『攻撃チーム』、つまり『Aチーム』からいきましょう!」


 菊鞠がそう言った、次の瞬間だった。

 地面に伏せていたはずの譲二さんが、ぬっと顔を上げ、再び無駄にシブいバリトンボイスを鞠庭に張り上げた。


「なら、俺たちが最初に入るのはそのAチーム……作戦ネーム・特攻野郎チームだな!」


「いや、土下座しながら勝手にチーム名決めるなや! ってかそれ、ハンニバルとかB.A.が出てくる往年の海外ドラマやろ! 生まれる前のネタ持ってくんな、古いわ!」


 まさかの元ネタ完全理解による、藤乃の鋭い関西弁ツッコミが譲二さんの頭上に突き刺さる。


 内心で頭を抱える藤乃だったが、これにはバリトンボイスの譲二さんも土下座の姿勢のまま目を丸くした。


「き、君っ――なんでそんな古い名作を知っとるんだ……!?」


「やかましいわ! ええからさっさと立ち上がらんかい!」


(……あかん、オトンとジィジがリビングで観てた洋画劇場の知識が、無意識に脳内から出力されてもうた……!)


 内心でめちゃくちゃ頭を抱える藤乃だったが、そんな大親友の理不尽なまでの博識っぷりを、後ろで小梅が「藤乃ちゃん、すごいです……」と尊敬の眼差しで見つめていた。


 そんな賑やかなやり取りを前に、神酒盃 絲子お祖母ちゃんはフンと鼻を鳴らすと、土下座を続ける譲二さんの背中を、臙脂色の袴の裾から覗く足で軽く小突いた。


「あ、あいたっ!? ……ゲフン。そ、それじゃあ、早速はじめようじゃないか。な? 野郎ども、ただちに戦闘配置フォーメーションだ!」


 お祖母ちゃんの無言のプレッシャーを受け、譲二さんは慌てて立ち上がると、何事もなかったかのように再び渋いバリトンボイスを震わせた。


 涙目で本物の「鹿革の鞠」を抱え、鞠庭への入退場口である『中の口』をまたぐ。

 その瞬間、直前までのテンパりぶりが嘘のように、譲二さんの身体がピシッと美しい所作で中の口の手前で一礼を捧げた。長年、伝統芸能に身を置いてきた者としての、身体に染みついた格式高き礼法。


 その無駄に洗練された美しい一礼に、以前、自分たちがこの神社で蹴鞠体験をした時のことを思い出したのだろう。牡丹たちが「あら……」と小さく目を見張る。


 だが、一礼を終えて中の口をくぐり、最も重要なポジションである『のき』の立ち位置――すなわち、松の木の手前へと陣取った譲二さんの顔は、やっぱりドヤ顔(でも腰は完全に引けている)に戻っていた。


「ちょ、譲二さん!? そこは一番技術がいる場所なんですけど……!」


 苦笑いしつつも、菊鞠は二番手としてスッと中の口をまたいだ。


 美しい所作で手前の一礼をこなすと、まだ入り口で戸惑っている後続のメンバーたちを振り返り、おっとりと、しかし凛とした声をかける。


「皆さん、中の口をくぐる時は私の所作を真似してくださいね。……さあ、ここからは特訓です。まずは前線のAチームの皆さん、伝統の『かかり』の立ち位置を指定します!」


 その瞬間、菊鞠の纏う空気が、社務所で見せていたおどおどとした初心者から、鞠庭を支配する『本物のゲームメーカー』のそれへと一変した。


鞠庭まりにわの配置図 】

 [松]         [桜]

     一   三

   五       七


   八       六

     四   二

 [楓]     ▲    [柳]

      中の口(※入口)


「私は譲二さんの斜め向かい、柳の木に近い『二の足』に入ります。椛さんは桜の木に近い『三の足』へ。牡丹さんは私の隣、楓の木寄りの『四の足』で全体の舵取りをお願いします。萩子さんは左側、楓の木の正面の『五の足』へ。そして桐子さんは右側、桜と柳の間の『七の足』です。おじさん達の暴投をいつでも迎撃できるように構えてください!」


 四隅の式木と、一から八までの伝統的な配置。その空間の数式を、自分たちのサッカースタイルへと瞬時に合致させた、あまりにも淀みのない完璧な誘導。


 「……なるほどね」と、後ろから入ってきた元エースの桐子が、その視野の広さにピキィンとクールな目を据わらせる。


 譲二さんはそんな女子高生たちの洗練された動きに気圧されつつも、本物の「鹿革の鞠」をそっと手元に掲げ、再び無駄にシブいバリトンボイスを張り上げた。


「ふっ、この遥譲二、やるときはやる男さ。いくぜ、お嬢ちゃんたち! ――ありあぁ~やぁ〜、ありぃっ!!」


 四隅の松や桜の木を震わせる、無駄にシブいバリトンボイスが境内に響き渡る。


 いよいよ、前代未聞の『特攻野郎チーム(Aチーム)』による初座のラリーが幕を開けるのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


次回予告――

 遥譲二さんの請い声(無駄にイケボ)で始まった特攻野郎チームの蹴鞠。

 しかしそれは、本当に「無駄にイケボ」だった。

次回、

【「え……待って、今のトラップ、ハンパなくない? スローで見たら、ボールが一瞬で止まってるんだけど……」】

どうぞお楽しみに!


――

「いや、作者古いわ」

「作者何歳だよw」

と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!


よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。