「――ミ゜。」
ピッ、ピッ、ピーーーーッ!
3対3。
激闘の終わりを告げる長いホイッスルが夕暮れのグラウンドに吸い込まれた、まさにその1秒後だった。
「みんなごめん! さすがに私、もう本当に時間がないのーーーっ!!」
引き分けの余韻に浸る暇もなく、あやめは涙目で泥まみれのスパイクのまま、隣の市民ホールへ向けて爆走を開始した。
「お待ちになって、八橋さん! ほら、早く着付けし直しましょう! 帯の結び方はわたくしが一番心得ておりますわ! わたくしも並走します!」
ユニフォームを手縫いしたお嬢様・牡丹がガタッとベンチから立ち上がり、泥まみれで走るあやめを追いかける。そこへ、中盤の底からもう一人の影が猛然とダッシュで割って入った。
「私も行くよ! 神社の娘として、着付けの早業なら蝶名林さんには負けませんから! それに、二人がかりなら、さらに時間短縮できるでしょっ!」
お嬢様と巫女。和のプロフェッショナルである親友二人が、走るあやめの左右を固めてジャージのチャックに手をかけながら、嵐のように市民ホールの楽屋口へと消えていく。
――その、去り際を見送るピッチ中央。
「あやめちゃん、神酒盃ちゃん、蝶名林パイセン……っ。なんて、なんて美しい幼馴染とお嬢様と巫女のトライアングル(概念)なんよ……! 両手に花(菊と牡丹)! あ、あやめちゃんも花(菖蒲)か! 尊さの過剰摂取で、うち、もう脳汁メルトダウンなんよ……っ、あーマジてぇてぇ……!」
ホイッスルを首から下げたままのオープンオタク・主審のカスミが、胸をかきむしりながら芝生の上へと崩れ落ちる。
(衛生兵っ、衛生兵ーーーーッ!! ――あの三人の手際の良さと和装プロフェッショナル概念の供給に脳の処理速度が追いつかない……! ぬるぽ!――ガッ! ぬるぽ!――ガッ! ぬるぽ!……っ!)
そのすぐ横で、八々花のディフェンスの要である隠れオタク・幕ノ内桜もまた、一般人擬態をギリギリ保つ。しかし脳内は完全にシステムエラーを起こし、早口のモノローグをまくしたてながら、静かに、だけど恍惚とした表情でピッチへと尊死していくのだった。
一文字学園のすずめやツグミが、その突如として始まった八々花陣営の謎のバタバタ劇とオタクたちの自滅を前に、「な、何なのよあいつら……」とポカーンと口を開けて呆気にとられていることなど、彼女たちは知る由もなかった。
やがて、ピッチの真ん中で静かに気を取り直したすずめは、すっとジャージの襟を正し、八々花女子サッカー同好会のほうへとゆっくり歩を進めた。
その行く手に立ちはだかるのは、最後の跳躍で5分間の制約をすべて燃やし尽くし、肩で息をしながらも凛と佇む鳳桐子だ。
「同点――いや、内容的には私たちの負けに等しいわね。ジャッジすら届かないプレイで見せてあげると大口を叩いておきながら、この結果(3ー3)だもの。……言い訳のしようもなく、悔しいわ」
すずめは翼のような髪を小さく揺らし、悔しさを滲ませながらも、一軍アンカーとしての絶対的なプライドをその瞳に宿して桐子を真っ直ぐに見据えた。
「負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど――。インターハイ予選に出てきなさいな。結成2週間のあなたたちには、今年はさすがにもう時間的に無理かもしれない。けれど、より成長して、必ず全国の舞台まで上がってきなさい。そこで私たち一文字の『一軍』全員が――あなたたちを完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ」
それは、絶対王者が他校の無名同好会に対して放った、最大級の敬意とリスペクトが詰まった本気の宣戦布告だった。
すずめの放つ圧倒的な一軍のオーラを正面から受け止め、桐子は痛む右膝をさすりながら、かつて神園のファンタジスタと呼ばれたあの不敵で美しい笑みをその唇に浮かべてみせた。
「ええ、望むところよ、一竹さん。……もがれたはずのウチの翼(八々花)が、全国の空でどこまで高く羽ばたけるか、その特等席でよく見ておきなさいな」
桐子との誓いを交わしたすずめは、今度は、すぐ横に立つ新主審のカスミのほうへと向き直った。
「種村さん、といったかしら。今日のあなたのジャッジ、本当に素晴らしかったわ。あの土壇場、もしあなたが身内びいきでオフサイドを見逃していれば、君たちの勝ちだったでしょうに」
すずめの真っ直ぐな視線に、カスミは首から下げたホイッスルを指先でいじりながら、少し照れくさそうに、だけど芯のある声で微笑んだ。
「んーーー。確かにそうなんよ、一竹パイセン。でもね、それをしたらうち、この先ずっと、自分の汚したそのジャッジを後悔し続けると思うんよ。うちはみんなの『正しい音』を、そのまま綺麗に響かせたかっただけなんよ」
「……あなたは――どこまでも真っ直ぐで、美しい目をしているのね」
感嘆の息を漏らすと、すずめは自身のジャージのチャックに手をかけ、躊躇なくそれを脱ぎ去った。
濃緑のユニフォームの上に羽織っていた、一文字学園の『一軍』の証である格式高いジャージ。すずめはそれを綺麗に畳むと、両手でカスミの前へと差し出した。
「少し私の汗の匂いがついているかもしれないけれど――。私から種村さん、あなたという気高い主審へ、最大の敬意を込めてこれを渡したいの。受け取って頂戴」
一文字学園の一軍の証である格式高いジャージが、両手でカスミの前へと差し出された。
――その、一軍ジャージがカスミの手へと手渡された、まさにその瞬間だった。
(ふおおおおおおっ! あの強豪校、一文字学園の一軍の、一竹パイセンに褒められた!? それどころか、ジャージまで!!! クンカクンカクンカクンカ! 一竹パイセンの良い匂いがするんよ!)
「――ミ゜。」
一文字学園の一軍アンカーから最上級のリスペクトを受けたうえにジャージを贈られるという栄誉(そして残り香)に、カスミの脳は処理能力の限界値を超えた。
そのまま白目を剥いて立ったまま気絶し、その場にいる全員を無駄に心配させたのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
牡丹と菊鞠による、ドタバタ着付けシーン!
あやめは全身全霊をもって、その情熱を筝に注ぐ。
次回、
【(――ありがとう。みんながそこにいてくれるなら、私、もう何も迷わない)】
どうぞお楽しみに!
――
「やはりカスミはカスミだったw」
「次回サブタイトル、なんかマミりそう……」
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