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「面白いじゃない。――そんなジャッジすら届かないプレイで、あなたごと、全て置き去りにしてあげるわ」

 後半戦が始まって、わずか4分。

 たった一人の一軍の選手の参入により、あっという間に優位性は失われ、ゲームは振り出しに戻った。


 振り出しに戻っただけではない。

 いまだ、この一竹すずめという選手を攻略する術を持たない八々花は、精神的にじりじりと追い詰められていた。


「だああああああ!!アタイがやらずに誰がやるぅらあああああああああ!!」


 鳥籠を打ち破ろうと、萩子が弾丸列車のようなドリブルでゴールへ向けて突進する。


「あはっ! 行かせないわよ!」


 なりふり構わないツグミが後ろから萩子のユニフォームを強引に引きちぎり、トップスピードに乗っていた萩子は顔面から芝生へと激しく突っ込んだ。


ブチブチブチィッ!


――ゴスゥッ!!


「アガァッ」


 鼻を押さえて猛抗議する萩子の顔からは、真っ赤な鼻血がたらりと流れ落ちる。


 しかし、一文字の主審(女性コーチ)はこれを目撃しながらも、スッと両手を横に広げた。


 ――ノーファウル。あまりにも露骨な、身内びいきの黙認ノージャッジ


「ちょっと! 今のどう見てもユニフォーム引き倒しの特大ファウルじゃありませんの!?」


 ピッチ中央、中盤の底で戦況を睨んでいた牡丹が、倒れた萩子の前へと駆け寄りながら、般若の目でひいき主審へと激しい抗議のホイッスル(怒声)をぶちまける。


 その直後、タッチライン際でタブレットを抱えていた記録係の種村カスミも、咥えたチャッパチュプスを激しくプルプルさせながらベンチから怒りの声を張り上げていた。


「そうなんよ! 一文字の主審、身内びいきが限界突破しててマジでブチギレ五秒前なんよ! 広い心を持つウチでも、さすがにこれはジャッジメントなんよ!ジャッジメントなんよ――っっ!!」


「目ぇついてへんのかワレェ!!」


「萩子さん、一回ベンチに下がって止血しなさい!」


 八々花が理不尽なジャッジへの怒りと、萩子の治療(一時退場)でガタガタに乱れた、まさにその一瞬の隙。


 だが。

 ジャージ姿の一竹すずめは、転がるボールを無造作に手に取った。


「――え? い、一竹さん、それはっ!!」


 すずめは、たじろぐ主審の元へ無言で歩みを進める。

 そして突如、身内であるはずの女性コーチ(主審)の胸ポケットへ、真横から無造作に手を突っ込んだのだ。


 掴み取られたのは、鮮やかな、真っ刻な長方形のカード。


 ジャージ姿のすずめは、レッドカードを力任せに強奪すると、そのまま驚愕する主審の目の前へと無慈悲に突きつけてみせた。


「い、一竹さん……何をするの、私はあなたたち一軍を勝たせるために――」


「……一文字の規律を、これ以上汚さないで」


 すずめの冷徹な声が、凍りついたピッチに響き渡る。

 


 グラウンドの全員が、息を呑んで硬直する。

 すずめは頭の両側の翼のような髪をピンと張り詰めさせ、怯える大人の主審を冷徹に見下ろした。


「そんな薄汚い笛で、一文字の矜持を安っぽくするな、と言っているの。――前半の猪目への忖度、そして今の仁野のユニフォーム引き倒しの黙認ノージャッジ……。さっき私、言ったよね? 一文字の看板に泥を塗ったら――今度はあんたにこれを出してピッチから叩き出すって」


「……っ、す、すずめ先輩、何言ってるんですかぁ! コーチは一文字のために――」


 ツグミが慌てて割って入ろうとするが、すずめはゴミでも捨てるように主審から視線を外すと、ツグミを一瞥いちべつすらすることなく、そのまま八々花のベンチ前へと歩み寄った。


 2点リードを追いつかれ、さらに萩子が鼻血で下がって大混乱しているはずの八々花同好会。しかし、一文字の怪物のあまりのオーラに気圧され、全員が息を呑んで硬直する。


 すずめはその中で、前半から一文字のジャッジの歪みに対して熱く抗議していたカスミの前に立ち止まった。


「あなた。さっきからいろいろとジャッジについて講釈垂れてたけど」


「へ……? う、ウチ……?」


 すずめは頭の両側の翼のような髪を小さく揺らし、カスミの目をじっと見つめる。


「言っていることは間違いではなかったわ。ベンチからあれだけピッチの歪みを正確に見抜けているのなら――ここからは、あなたが主審をやりなさいな」


 すずめは驚愕するカスミの手に、先ほど強奪したレッドカードとホイッスルを強引に握らせた。


「う、ウチ……敵なんよ? そっちに不利なジャッジするかもしれないんよ……?」


 口に咥えていたチャッパチュプスが地面に落ちてしまったことすら気づかず、カスミは冷や汗をかきつつ弁明する。

 八々花のベンチも、一文字の怪物のあまりに型破りな行動に静まり返っている。


 しかし、すずめは頭の両側の翼のような髪を小さく揺らすと、不敵な、狂気すら孕んだ美しい笑みを浮かべてみせた。


「面白いじゃない。――そんなジャッジすら届かないプレイで、あなたごと、全て置き去りにしてあげるわ」


 その言葉の圧倒的な重圧プレッシャーに、カスミはごくりと唾を飲み込む。


「ちょっと、すずめ! 外部の生徒に審判をやらせるなんてめちゃくちゃよ!」


 慌てて止めに入ろうとする女性コーチを、すずめは一瞥すらしない。


「一文字の恥を晒し続けたあなたより、彼女の目の方が何倍も信用できるわ。文句があるなら今すぐ一軍の監督に報告して、今日の私の独断を処分してもらいなさい。……さあ、主審。仁野のファウルで八々花のFKフリーキックから再開よ。位置を正しく指定してちょうだい」


 すずめに促され、カスミは覚悟を決めたようにホイッスルを深く咥え直した。


 鼻血を止めるためにベンチへと出た萩子に代わり、牡丹がキッカーを務める。


――ピッ!


 一文字学園の女性コーチから主審交代要員としてあてがわれたカスミだが、そんなプレッシャーをものともせず、高らかに試合継続のホイッスルを鳴らす。


 バシュッ!


(お願いしますわね、椛さん!)


 牡丹が高くボールを上げる。

 その間に、ゴール前まで進入していった椛に、極上のパスが行くはずだった。


「いまのあなたたちだと、道風か鹿戸、二択でしかない。 そして、キッカーが蝶名林なら、必ず鹿戸を選ぶと思っていたわ」


 すずめは視線すら合わせず、ボールの軌道へとスッと先回りした。


 牡丹の放った極上のパスが椛の頭上に届くより早く、翼のような髪を小さく揺らしたジャージ姿の怪物が、その中盤の底で無慈悲にボールを空中で刈り取る。


「――なっ……!? 読まれて……っ!」


 驚愕する牡丹を置き去りにし、すずめはそのまま電光石火の単独カウンターへと移行した。


 カスミ主審の公平なジャッジ(八々花のFK)という不利な条件すら、すずめは「面白いじゃない」と言い放った通りの、純粋な『個の力』だけで瞬時にねじ伏せてみせたのだ。 


 萩子を欠いた10人の布陣では、一軍アンカーの猛攻を止めるにはあまりにも網の目が粗すぎた。すずめはジャージのチャックを上げた姿のまま、八々花のディフェンス陣を文字通り「置き去り」にしてペナルティエリア内へと侵入する。


 その行く手に立ち塞がったのは、守護神・千鶴。千鶴はこれ以上の失点を防ぐべく、鋭いステップで完璧なコースを切って構えていた。


 ――が、すずめは速度を一切落とさない。


 千鶴がシュートを阻止しようと間合いを詰めた、まさにその刹那。


 すずめは疾走する勢いのままボールを両足の間に挟み込むと、右足の踵で、ふわりとボールを上空へと跳ね上げた。


 予測不能の魔術的な空中軌道――ヒールリフト。


「しまっ――!?」


 千鶴が息を呑んで見上げたときには、すでに遅かった。


 完璧なポジショニングで構えていた千鶴の頭上を鮮やかに飛び越えたボールは、美しい放物線を描きながら、吸い込まれるように八々花のゴールネットへと突き刺さった。


 ――ゴォォォール。


 2対3。

 一竹すずめ、たった1人の力で、一文字学園が完全なる逆転劇を完成させたのだった。


 不正な審判のひいきなど、最初から必要なかった。ただ純粋に、異次元に強すぎる。


 一軍の『本物の壁』の恐ろしさに、八々花女子のピッチ全体が言葉を失うほどの絶望に凍りついた――その静寂を切り裂いたのは、やはり、あの最も耳障りな高笑いだった。


「あははははっ! 見た!? これが一文字の一軍の実力よ!!」


 さっきまで自分のファウルをすずめ先輩に公然と怒られていたはずの仁野ツグミが、そんなことは1ミリも反省していないドヤ顔で、すずめの背後(鳥籠の特等席)からふんぞり返って八々花を指差していた。


 それだけではない。ツグミは腰をくねくねと怪しく曲げ、両手を交互に前に突き出すような、実になんとも言えない妙ちくりんな煽りダンスをピッチの真ん中で嬉々として踊り始めたのだ。


「結成2週間の同好会(泥船)のくせに、前半ちょっと調子に乗ったからって勘違いしないでよねー! ほらほら、どうしたのよぉー! 泣いて謝るならいまのうちなんだからー!」


 ステップを踏みながらキャンキャンと吠え散らかすツグミ。


「……なんやねんアイツ。自分は退場レベルのファウルかまして先輩に怒られたくせに、逆転した途端にあんな変なダンス踊りやがって……! 胸糞悪さも倍返しやわ!!」


 前半にイエローカードを貰っている藤乃が、今度こそ血管がはち切れそうなほど顔を真っ赤にして、踊り狂うツグミを睨みつける。


 しかし、ツグミの耳をつんざくような高笑いと、その妙ちくりんなダンスの軽薄な足音は、冷ややかな風に乗って市民グラウンドのフェンスを越え――隣の市民ホールの薄暗い楽屋にまで、不快な不協和音として届くのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


次回予告――

 ついに2対3と逆転されてしまった八々花。

 甲高いツグミのイキり声は、市民ホールの練習室にまで届いていた。

 

次回、

【「私は――このピッチへ、帰ってきた!!」】

どうぞお楽しみに!


――

「うおおお、すずめヤベェ!」

「それに引き替えツグミダセェ!」

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