「さあ、邪魔者は片付けたわ。――泥船の皆さん、ここからは『本物』のサッカーをしましょうか」
――ハーフタイム。
「後半もやってやんぜ!」と鼻息荒く雄叫びを上げる萩子や、細かな指示を出す桐子、不当なジャッジにぷんすこと怒るカスミ。
活気づいた八々花女子のベンチと打って変わって。
一文字学園のベンチは、早くもお通夜の様相を呈していた。
ベンチに座り込み俯く選手。
スマホを弄る選手。
そして、ツグミは、地べたに大の字になって横になり、屈辱の涙を浮かべていた。
「ううっ……なによこれぇ……なんであんな三下どもに、あたしがっ……」
そんなツグミに、冷たい影が被さる。
「一文字の看板を背負っておいて、このザマ(2-0)は何かしら、ツグミ」
「――! すずめ先輩!?」
涙で滲むツグミの視界に映ったのは、首にタオルをかけ、一文字のジャージを羽織ったままの少女―― 一竹すずめだった。
その頭の両側で、鳥の翼のようにピンと水平に跳ね上がった独特の髪型が、ベンチの不穏な風に小さく揺れている。
「す、すずめ先輩……っ!? なんで、ここに……! 今日は完全オフのはずじゃ……」
怯えて体を縮こまらせるツグミを、すずめは感情の消えた瞳で見下ろした。
「体をなまらせないよう、会場の近くを走っていたのよ。……それにしても、一文字の現役システムを盲信して、審判にまで守られ、姑息なダイブまで仕掛けて――シュート1本打てずに2点差で折り返し?」
すずめはそこで言葉を一度区切ると、ベンチの隅でこっそりスマホを弄っていた二軍部員へと、氷のような視線をスライドさせた。
「――しかも、スマホを弄る余裕もあるとは……。いいご身分ね」
ヒッ、と短い悲鳴がベンチに響く。
部員は顔を真っ青にして慌ててスマホを隠し、他の二軍メンバー全員が、恐怖のあまり一瞬で直立不動になった。
「二軍のディフェンス陣は全員ベンチへ下がりなさい。一文字の看板を背負う資格はないわ、目障りよ」
「あ、あの……私は……っ!」
ツグミがすがりつくように声をあげるが、すずめはジャージのチャックを静かに引き上げながら、冷酷に言い放った。
「ツグミ。お前はそのまま前線に残っていなさい。――他校の宿敵(元神園)相手に、一軍の『壁』の高さがどれほどのものか、その特等席で自分の無力さと一緒に見物してきなさい」
後半戦のため、ピッチへと移動してきた両チーム。
だが、一文字学園の陣営の異様な変化に、八々花のメンバーたちに困惑と動揺が走った。
「――誰やアイツ?」
藤乃が怪訝そうに視線を向けた先。
ディフェンス陣を全員ベンチへ下がらせ、たった一人でピッチへと歩み出てくる少女がいた。
首に巻いた白いタオル。一文字のジャージを羽織ったままのラフな姿。そして、頭の両側に鳥の翼のようにピンと水平に跳ね上がった独特の髪型――。
その顔ぶれを見た瞬間、八々花のセンターバックを務める幕ノ内桜の表情が、驚愕に強張った。
「一文字学園の一軍アンカー――《無慈悲な鳥籠》一竹すずめさん……!」
「一軍……!? なんであいつら、後半から一軍を……。しかもジャージのまま一人だけって、どういうことよ!?」
2点リードに沸いていた八々花のベンチに、一転して凍りつくような戦慄が走る。
すずめは翼のような髪を小さく揺らしながら、ジャージのチャックを顎のあたりまで静かに引き上げると、驚愕する八々花陣営(猪鹿蝶)を冷徹に見据えた。
「さあ、邪魔者は片付けたわ。――泥船の皆さん、ここからは『本物』のサッカーをしましょうか」
――ピッ!!!
後半開始のホイッスルが鳴り響く。
バッ――!!
ボールは一度、一文字の後方へと下げられる。
そこには、ジャージのチャックを顎まで上げた姿のすずめがいた。
彼女はすぐさまボールをキープすると、周りへとパスする素振りさえ見せず、そのまま八々花のゴールに向けてストレートにドリブルで突き進んでくる。
「一人で来るなら、止められるべさぁ!!」
ドドドドドドッ!
爆音を立てて追うのは萩子。
八々花でもトップクラスの俊足の彼女はすぐに追いつき、ファウルさえも臆さず右からタックルを仕掛ける。
――だが。
「相変わらず単調ね、あなた。 ――直線だけの猪突猛進なんて、ぱいんの足元にも及ばないわ。軌道が単純すぎるのよ」」
すずめは視線すら合わせず、萩子の視線と重心のわずかな傾きから「右からのタックル」を一瞬で見切っていた。
萩子のスパイクが芝生に触れるよりも速く、ミリ単位のシャープなタッチで進路をズラす。
萩子も意地で体を入れ直そうと激しいコンタクトを仕掛ける――が、その刹那。
――ピーーーーーッ!!!
グラウンドに、一文字学園の女性コーチ(主審)の、あまりにも露骨で不自然な笛の音が鳴り響いた。
「オフェンス(八々花)のチャージ! 一文字学園のフリーキック!」
「はあぁぁ!? 今のどこがファウルやねん! 互角の競り合い(コンタクト)やったやろが!!」
前半にイエローを貰っている藤乃が怒髪天を突く勢いで抗議する。
誰もが「またあっちの身内びいきか!」と歯噛みした、その時――。
「……コーチ(主審)。今のが私のファウル(不利な判定)に見えたのなら、あなたの目は節穴よ。余計な真似をしないで」
すずめは主審の女性コーチを、氷のような瞳で冷酷に一瞥した。
一文字の誰もが「勝たせてもらえる」と安心した中、すずめだけは、自分の純粋な勝負を汚されたことに激しい不快感を滲ませていた。
「な、何言ってるの一竹さん、私はあなたたち一軍のために――」
「うるさいわね。……アドバンテージ(プレイ続行)よ。笛なんて、最初から鳴っていなかった」
「忠告したわよ。――二度目はないから」
すずめは主審の判定を文字通り「無視」し、主審が八々花のファウルとして止めたはずのボールを自ら拾い上げると、そのまま八々花のペナルティエリア手前へと、ジャージ姿のままストレートにドリブルで再侵入していった。
ゴールマウスに立つのは、前半にツグミのPKを難なくキャッチした八々花の守護神・千鶴。鋭いステップで完璧なコースを切って構えるが――すずめはシュートを放つ直前、千鶴の重心が右へのセービングを警戒して、わずかに左へ傾いた「一瞬の隙」を完全に見切っていた。
ドガァッ!!
ジャージの袖を激しく揺らし、放たれた弾丸のようなシュート。
それは、千鶴が反応して手を伸ばすよりも圧倒的に速く、ゴールの左上隅――絶対に手が届かない死角へと、精密機械のような正確さで突き刺さった。
――ゴォォォール!!
後半開始から、わずか数十秒。
一竹すずめ、たった1人の力で、八々花の2点リードは半分(2ー1)へと削り取られたのだった。
ジャージのチャックすら下げていない一竹すずめ、たった1人の力で、八々花が前半に総力戦で掴み取ったリードは半分(2ー1)へと削り取られた。
ゴールネットが揺れた瞬間、八々花のピッチに凍りつくような戦慄が走る。
――そんな静寂を切り裂いたのは、やはり、あの甲高くて余裕のない雑音だった。
「あははははっ! 見た!? これが一文字の一軍の実力よ!!」
さっきまでベンチの地べたで屈辱の涙を流していたはずの仁野ツグミが、まるで自分がゴールを決めたかのように、すずめの背後の前線からふんぞり返って八々花を指差していた。
「結成2週間の同好会(泥船)のくせに、前半ちょっと調子に乗ったからって勘違いしないでよね! 泣いて謝るならいまのうちよ! 一文字の一軍(すずめ先輩)の前には、あなたたちの存在なんて、名実ともに『二の次』なんだから!!」
「……なんやねんアイツ、自分は何もしてへんくせに、一軍が一人入った途端にあれか……!」
前半にイエローカードを貰っている藤乃が、今度こそ血管がはち切れそうなほど顔を真っ赤にしてツグミを睨みつける。
しかし、ツグミの耳を劈くような高笑いは、風に乗って市民グラウンドのフェンスを越え――隣の市民ホールの薄暗い楽屋にまで、不快な不協和音として響き渡っていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
柳(燕)、桐子(鳳)、小梅(鶯)、藤乃(時鳥)、千鶴。
《無慈悲な鳥籠》の異名を持つ一竹すずめは、その異名のとおり、八々花の鳥たちを落としていく。
次回、
【「神園学園のファンタジスタと呼ばれた鳳も、こうなっては無様ね。まるで、翼をもがれた鳥のよう」】
どうぞお楽しみに!
――
「ざまぁはまだか!?」
「菊鞠動いてねぇぞw」
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