「はあぁぁ!? どこがファウルやねん! エリア内でボールしか触ってへんわ、目ぇついてんのかワレェ!」
ただ一人、ベンチでタブレットを手にスコアラーに徹していたカスミが珍しく声を荒げる。
「なんよなんよ! 今のは完全なチャージングなんよ! ノーホイッスルはさすがにおかしすぎるんよ!」
そのままタッチライン際までずん、ずん、ずん、と歩み寄り、そこでジタバタとちっちゃな足踏みをして必死に抗議した。
萌え袖パーカーの裾をパタパタさせるその姿は、まるで怒った小動物のそれである。
「――ぷっ、なぁに?あのおサルさん。ジタバタとみっともなぁい」
ピッチの中から、クスリと馬鹿にしたような、不遜で気だるげな嘲笑(雑音)が飛んでくる。
声の主はもちろん、一文字学園一軍のウイング――仁野ツグミ。
「なんですって……っ! わたくしたちの頭脳をそんな下品な言葉で嘲笑うのはおやめなさい!!」
中盤の底から、牡丹が般若の目でツグミをキロリと睨みつける―― 。
「ふんっ! しょせん、おサルの“ぶれいん”もおサル、ということじゃない。ぶふっ」
さんざん笑った末に、ツグミは一緒になってクスクスと笑っているチームメイトに向けて高らかに声を上げた。
「行くわよっ! 今度こそ、この三下どもに格の違いってものを教えてあげるんだからっ!」
一文字学園に渡ったボールは、中盤から大きくセンタリングがあげられ、前線へと押し上げられる。
大きな弧を描いたそれをツグミはトラップして、ドリブルを開始する。
先ほどの萩子の弾丸列車ドリブルを意識したのか、ボールとの間隔は広い。
「遅い、ですっ」
ボールに追いつけないツグミよりも先にボールに追いついた桜は、それを見事に刈り取った。
――だが。
「ああああああっ!
ボールを失った瞬間、ツグミはまるでスナイパーに撃たれたかのように天を仰いで美しくピッチに崩れ落ちる。
「痛いっ、痛いよおおおおおおおおおっ!!」
芝生の上を、ギネス記録に挑戦するかのような高速ローリングで転げまわり、涙目で大絶叫した。
ピーーーーーッ!!
主審の女性コーチの指先が向いたのは、非情にもペナルティエリア中央の点――ペナルティマークだった。一文字学園側のペナルティキック(PK)の宣告。
「――ちょっと待ちなさいな! 今のは幕ノ内さんが完璧にクリーンにクリアしただけじゃありませんの!? どこをどう見たらあのおサルさんの、自業自得な実力不足の自作自演がファウルになりますの!?」
中盤の底から駆け寄った牡丹が、品格を保ちながらも般若の目で激しい抗議のホイッスル(正論)をぶちまける。
そこへ、右サイドバックの藤乃もツインテールを激しく揺らしながら、ごく当然の疑問を主審へとぶつけた。
「せやで主審! 幕ノ内のヤツ、1ミリも触ってへんわ! 今のダイブはさすがに盛りすぎやろ!」
――ピピッ!!!
非情なホイッスルとともに、女性コーチの手から突き出されたのは――黄色いカード。
「なっ……!? なんで自分がイエローやねん!?」
呆然とする藤乃を余所に、主審の女性コーチはフンと鼻を鳴らし、髪をかき上げながら信じられない暴言を吐き捨てた。
「……なんかあなたのその関西弁、聞いててイラッとするのよね。主審へのアティチュード(態度)がなってないわ。警告よ」
「いや理由それだけかーい!! 完全に私怨やろ!!」
藤乃のキレキレなノリツッコミがピッチに響き渡る。
タッチライン際(ピッチ外)では、種村カスミが咥えたチャッパチュプスを噛み砕きそうな絶叫していた。
「なんよなんよ! 今のはサクラちゃんのクリーンクリアな上に、関西弁ギルティ(言いがかり)とかマジで大誤審なんよ!理解が追いつかないんよ!運営マジ仕事するんよ!」
絶句する藤乃が引き剥がされ、カスミがピッチの外で喚いているのを尻目に、ツグミはピタッと痛がるのを止め、不敵な三下スマイルでボールをセットする。
(あはっ! ザマァ見なさい! PKなら絶対に同点(1点)よ!)
キッカーはツグミ。緊迫した空気の中、八々花のゴールマウスに立つキーパー・千鶴は、ただ静かに重心を落とした。
――ピッ!
ツグミが鋭い踏み込みから、ゴール隅を狙ってシュートを放つ。一文字のベンチが歓声に沸きかけた、その刹那。
バシィッ!!
地を這うような鋭い弾道を、千鶴は横跳び一閃、完璧な反応で両手に収めてみせた。弾くのではない。完全に威力を殺し、胸に抱え込むような「難なくキャッチ」。
「――なっ、嘘でしょお!?」
ツグミの裏返った悲鳴が響く中、千鶴の目はすでに前線の「隙」を捉えていた。一文字二軍の選手たちは、全員が攻撃のために前がかりになっている。
「桐子! カウンター!!」
千鶴の右足から放たれた鋭いパントキック。美しい弧を描いたボールは、ハーフウェイライン付近にいた鳳桐子を目がけてピンポイントで落ちていく。
――だが。
(……っ、ダメ、心臓が……!)
前線へ走り出そうとした桐子の心臓に、鋭い痛みが走る。一文字の監督が言っていた「満足に走れない」という呪縛。目の前には、誰もいない一文字の広大な裏のスペースが広がっているのに、天才の体は無情にも1歩目を踏み出せない。
千鶴の意図した絶好のカウンターが、ここで途切れてしまう――そう誰もが絶望しかけた、その瞬間。
シューーーッ と猛烈な勢いで桐子の横をすり抜けていく、鮮やかな影があった。
「――んっ!!」
(きりさん、指示をっ!)
元・神園からのチームメイト、柳。
桐子の怪我の重さを誰よりも知っている柳は、千鶴がボールを蹴り出した瞬間、桐子のカバーに入るためにすでに全力でスプリント(ダッシュ)を開始していたのだ。
「っ……! サンキュー、柳!」
バウンドしたボールを、柳が燕の飛翔がごとく完璧にコントロールして敵陣へと突き進む。
走れないなら、その圧倒的な戦術眼でパスラインを導く。桐子はピッチの中央で仁王立ちになり、凛とした声を響かせた。
「柳、そのまま縦へ運んでディフェンスを引きつけて! ――今よ、逆サイドの萩子(猪)へセンタリングを放り込んで!!」
ドドドドドドドドド!!
桐子の視野の端から、柳のトップスピードすら凌駕する勢いで突き進む「弾丸列車」が肉迫する。
「んっ!」
パシュッ!
桐子の指示と同時に、柳の左足から鋭い弾道が放たれた。ペナルティーエリアの逆サイド、誰もいない空間へとピンポイントで落とされる高速のクロス。
あまりに鋭く、そして高い。いかに爆速を誇る萩子でも、追いつくのは不可能――そう思われた、次の刹那。
「なろがあああああああああああああっ!!」
芝生を爆発させるようにして、萩子の体が宙へと跳ね上がった。
空中でボールにしがみつくかのような、野生味溢れるダイビングヘッド。
ガツゥッ!! と凄まじい衝撃音がピッチに響く。
萩子の爆速の慣性をそのまま乗せたヘディングシュートは、一文字のディフェンスも、キーパーの指先も、そして主審の身内びいきな計算すらも一瞬で置き去りにして、一文字のゴールネットを文字通り「ぶち抜く」ように突き刺さった。
そして、次の瞬間。
ピーーーッ
ピーーーッ
ピーーーーーッ!
前半終了のホイッスルが鳴り響くのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
二軍とはいえ、強豪一文字学園に対し、2対0と勝ち越して前半終了。
だが、一文字学園が意地を見せる!?
次回、
【「さあ、邪魔者は片付けたわ。――泥船の皆さん、ここからは『本物』のサッカーをしましょうか」】
どうぞお楽しみに!
――
「このまま終わるわけが……ないよなぁ」
「不穏」
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