「――なるほど。随分と舐められたものですわね」
市営グラウンドに到着し、軽くウォーミングアップを始める八々花女子サッカー同好会の面々。
その身を包んでいるのは、学校指定の無機質な体操服――ではなく、深緑と若葉色が鮮やかな、お揃いのシャツだった。
「うおーっ! ボッタン、これマジで夜なべして全員分縫ったのか!? まじスゲー!」
萩子がユニフォームの首元を引っ張りながら大興奮で声を上げる。
市販のシンプルなスポーツシャツ。しかしその首元や袖口には、黒と赤の布地が、驚くほど細やかで綺麗な手縫いでアクセントとしてあしらわれていた。
フィールドプレイヤーのシャツが「濃緑」をベースに黒と赤の重ね衿で凛と引き締められているのに対し、ゴールマウスに立つキーパーの千鶴に手渡されたのは、全く異なる色彩の一着だった。
「――白、黒、そして、赤……?」
千鶴が驚きと共に広げたユニフォームは、まばゆいほどの「白」を基調に、首元と袖口には漆黒の重ね衿、そして胸元には一筋の鮮烈な「赤(紅)」が美しくあしらわれていた。
「ええ、千鶴さんのその気高い守備は、まるで雪原に立つ美しい鶴のようですもの。わたくし、あなたには絶対にこのタンチョウ(丹頂鶴)の色彩が相応しいと、前夜から決めておりましたの」
牡丹がドヤ顔で胸を張る。その手作りの装束を身に纏った千鶴は、まさに八々花のゴール前に君臨する、一歩も退かない孤高の「守護神(神鳥)」の風格を湛えていた。
八々花の面々が、お揃いのユニフォームを手にキャーキャーと騒ぎながら着替える中――。
(あやめちゃん、大丈夫かな?)
見知ったお琴教室のお揃いの着物姿を見かけ、あやめの姿を見つけた菊鞠だったが、その時のあやめの悲痛な顔が、菊鞠の心にトゲのように刺さっていた。
「すいませーん、おくれましたー」
やがてグラウンドに、一文字学園の生徒たちが到着する。しかし、その顔ぶれを見た牡丹が、苦々しく目を細めた。
「――なるほど。随分と舐められたものですわね」
「え? どゆこと?」
「相手、全員二軍(控え)だよ。僕ら相手に一軍を出す価値はないって、暗に言われたようなものさ」
暗い炎を瞳に宿した椛が、いつもの飄々とした雰囲気をとは違う、剣呑な空気を纏っている。
「しかもなんだよ遅れてきてー!アタイら、寝坊しないよう頑張って起きてきたのにー!」
「こちらは挑戦者側ですから、それも仕方ありませんわ。ですが、業腹なのは確かですわね。」
さらに、グラウンド中央へ向かう審判服を着た一文字の女性コーチを見て、八々花のメンバーから「あっ」と声が漏れた。その胸元にあるエンブレムは、一文字学園のものだ。
「主審まで、あっちのコーチがやるわけ……? どこまで舐められたら気が済むのよ」
「文句は言えんさ。審判の派遣費用をケチって、一文字の好意で組んでもらった練習試合だからね。……身内に甘いジャッジをされる覚悟は、最初からしておいた方がいい」
挨拶を交わすピッチの上。一文字学園の二軍FW、仁野ツグミは、八々花の猪鹿蝶(鹿戸、蝶名林、猪目)の前に歩み寄ると、腰に手を当ててフンと鼻で笑ってみせた。
「あはっ! 本当にいるじゃない、中等部を逃げ出した猪鹿蝶の三バカトリオ! どんな落ちぶれ方をしたかと思えば、こんな結成2週間の同好会(泥船)?
勘違いしないでよね、今日一軍の先輩たちがオフなのは、あなたたちなんか私たちが片手間で処理できる『二の次』の相手だからなんだから! 一文字のブランドを汚したバカどもに、格の違いを思い知らせてあげるわ!」
ツグミが「行くわよ!」と取り巻きの部員を引き連れて、ふんぞり返りながら去っていく。
その背中を、藤乃が今にも飛びかかりそうな勢いで睨みつけていた。
「な、なんやねんアイツ! 胸糞悪いやっちゃな! 誰が二の次やねん、絶対にあの小生意気な顔、ペシャンコにへし折ったるからな!」
「落ち着きなさい、時鳥さん。……中等部時代から、吠えることしかできない負け犬よ。ピッチで黙らせる、それだけよ」
ピリピリと張り詰めた空気の中、センターサークルに両チームのキャプテンが集まる。
「――練習試合、前半15分、後半15分で行います。ランニングタイム制、タイムアウトは各ハーフ1回ずつ。両チーム、フェアプレーを」
主審を務める一文字学園の女性コーチは淡々とした声で宣告を響かせる。
そして無造作に親指でコインを弾いた。
チィィィン、と高価な金属音が、春の青空へ向かって吸い込まれていく。
回転するコインの煌めきを目で追いながら、メンバーたちの雑念が、一瞬にして消えていく。
――負けない。舐められたままで終わってたまるものか。
ピタッ、と主審の手の甲にコインが収まった。
――八々花女子の先攻だ。
それぞれのポジションへと散っていく選手たち。ボールの前に立つ猪鹿蝶の目が、獲物を狙う肉食獣のそれへと変わる。
対峙する仁野ツグミもまた、虚勢の笑みの裏で、ごくりと唾を飲み込んだ。
主審がストップウォッチを押し、ホイッスルを深く咥え直す。
――ッピ、と。
世界を切り裂くような鋭い駆動音が、グラウンドに、そして隣の市民ホールにまで鳴り響いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
かつてのチームメイト、仁野ツグミ。
彼女は猪鹿蝶の三人を「三バカトリオ」と嘲るなか。
猪目萩子の弾丸列車ばりのドリブルが、ツグミを襲う!
次回、
【「しゃあああああぁぁぁぁ! 舐められたら!舐め返す!倍返しだ!!」】
どうぞお楽しみに!
――
「一文字学園、完全に舐めプじゃねぇか!」
「ツグミを、わからせてやれ!」
と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
よろしくお願いいたします!




