「ふおぉぉっ!? あやめっち!? なんでこんな因縁の地の裏路地に立っとるんよ!?」
「っていうかさぁ、藤乃ちゃん。さっきから『遠足のノリ』とか言って冷めてるけど、偵察にはモチベ(やる気)が一番大事なんよ? そんなツンツンしてたら、一文字のシステムのバグ(弱点)も見落としちゃうんよー?」
カスミがチャッパチュプスをピコピコさせながら、挑発するようにニィと笑う。
「あぁん? 誰が冷めとるって? ウチは真面目にやっとんのじゃ。ダラダラ歩いとるお前らに活を入れてやっとるんやろが!」
案の定、勝気で短気な藤乃の導火線に火がついた。ぱっつんの前髪の下から、鋭い目力がカスミを射抜く。
「うわ、怖っ! これだから体育会系はすぐ脳筋モードになるから困るんよねー。ウチらインドア派の繊細なメンタル、完全にノーダメージのふりして大ダメージなんよ」
「誰が脳筋やねん! そこへ直れ、そのふざけた棒アメごと引きちぎったるわ!」
お互いに一歩も引かず、火花を散らすカスミと藤乃。
もちろんカスミは半分面白がっているのだが、藤乃の迫力はガチである。二人の間に、ピリピリとした一触即発の空気が流れ込んだ。
――その瞬間、小動物コンビの脳内に、最大級の危険アラートが鳴り響いた。
(ひゃあああ! ふ、藤乃ちゃんが怒りの沸点を超えちゃう……っ!)
(た、種村さんがこのままだと物理的にデリート(抹殺)されちゃう……っ!)
争い事が何よりも苦手な二人の『平和主義』が、キョドり体質を上回った。
桜と小梅は、まるでシンクロナイズドスイミングのように、同時に二人の間に割って入った。
「や、やめてください藤乃ちゃん! メッ、だよ! 暴力はダメぇ……っ!」
「そ、そうです種村さん、煽るのをやめてくださいぃ! 相手はリアル無双属性のフィジカルモンスター(体育会系)なんですよぉっ!」
小梅は藤乃の腰を後ろから必死に羽交い締めにし、桜はカスミの前に両手を広げて立ちはだかる。
二人の命がけ(?)の仲裁に、藤乃は「ぐえっ、小梅、お前地味に力が強いわ……」と毒気を抜かれ、カスミも「サクラちゃん、ウチを守ってくれるのてぇてぇ……」とケラケラ笑って、ピリピリした空気は一瞬で霧散した。
ふぅ、と同時に大きなため息を吐き出す桜と小梅。
お互いに前髪の隙間から目を合わせ、今度はキョドることなく、心の底から通じ合ったような「戦友」の眼差しを交わした。
「……あ、あの、鶯塚さん。……大変、だったね。同じ1年生なのに、しっかりしてて、すごい、です……っ」
「ひゃいっ!? そ、そんなことないです、幕ノ内さんこそ……っ! わ、私、ずっとキョドってばかりで、足引っ張ってばかりだし……っ」
「う、ううん、私もいつもステルスモード(一般人擬態)だから、気持ち、すごくよく分かるよ……っ」
お互いにブレザーの裾を握り直し、少しだけはにかむように微笑み合う。
「「(この人とは、絶対に気が合う……っ)」」
目隠れ小柄コンビの胸の内に、固い結託のスパークが走った、まさにその瞬間――。
「あれ……? 種村さんに、幕ノ内さん?」
フェンスの影からひょっこりと顔を出したあやめと、4人の視線がバチッと正面からぶつかった。
「ふおぉぉっ!? あやめっち!? なんでこんな因縁の地の裏路地に立っとるんよ!?」
まさかの鉢合わせに、お互いに心臓を跳ね上がらせる。
けれど、お互いに「一文字学園が気になって様子を見に来た」という事情を白状し合うと、すぐに全員の目的が一致した。
「八橋さんも、一文字が気になるの……?」
先ほどの口喧嘩の仲裁を経て、一気に距離の縮まった桜と小梅が、前髪の隙間からシンクロしてあやめを見つめる。あやめは少し困ったように微笑み、「うん。ちょっとね」と頷いた。
「やっぱり、菊鞠ちゃんたちの戦う相手だもん。……見るだけなら、って思って」
そう言うあやめを迎え入れ、5人は息を潜めてフェンスの網目から一文字学園の激しい戦術練習を見つめる──。
その瞬間、あやめ、カスミ、桜の三人の空気が一変した。
「なるほどね。あそこの右ウイング、相手のボランチが寄った瞬間に必ずバックラインの『隙間』に走り込んでるんよ。完全にマニュアル化されてるんよ」
カスミが鋭い目でピッチを睨み、すかさず桜が元・絶対王者の冷徹な知性を瞳に宿して言葉を継ぐ。
「……はい。でも、神園のシステムに比べたら、連動のテンポが一瞬遅いです。あのタイミングならセンターバックが一段下がって、パスコースを『予測』して潰せます」
「ううん、それだけじゃ足りないよ、幕ノ内さん」
二人のハイレベルな会話に、あやめが静かに、けれど確かな重みを持った声で割り込んだ。
「一文字の本当の恐ろしさは、あのウイングが『囮』だってこと。神園ほどの個の技術がないからこそ、組織的なハメ技が泥臭くて細かいの。ディフェンスがコースを警戒して一瞬でも重心を後ろに下げたら、中央のシャドーストライカーがその瞬間に空いたバイタルエリアに飛び込んでくる。私、ジュニア時代に何度もあのコンビネーションに苦しめられたから、よく分かる」
「……っ!」
データ(カスミ)と、予測(桜)を上回る、実体験に基づいたあやめの戦術眼。
その次元の高さに、藤乃は「……へぇ、さすがに男子に恐れられた天才ボランチやな」と不敵に目を細め、小梅は圧倒されて頭頂部のアホ毛をしおれさせる。
「でも、あやめちゃんが中盤の底で潰してくれたら、あの囮は機能しなくなるんよ! あやめっち、やっぱり日曜日の練習試合、ウチらの助っ人として──」
興奮気味に詰め寄るカスミの言葉を、あやめは小さく首を振って遮った。
その表情には、胸が締め付けられるような切ない陰りが落とされている。
「ううん。ごめんね、種村さん。私……日曜日は行けないの」
「え、なんでなんよ?」
「その日は、お母さんのお琴教室の、年に一度の定期発表会があるの。私はそこで、大事な曲のソロを任されていて……。菊鞠ちゃんにも、まだ言ってないんだけどね」
あやめは、ぎゅっと自分の手元──お琴の爪を整えるための道具が入った小さな袋を握りしめた。
「だから、私のことは戦力に数えないで。……でも、応援してる。みんななら、きっと一文字のバグを突いて、最高の試合ができるって信じてるから」
本当は、あのピッチに飛び込みたくてたまらないのに。
未練を心の奥底に無理やり押し込め、あやめは寂しそうに微笑んで、夕闇に消えていく五人の影からそっと背を向けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
ついに練習試合当日。八橋あやめもまた、筝曲発表会の会場に来ていた。
だが、その心はグラウンドへと向けられている。
そこへ、蝶名林牡丹がやってきて渡したものは!?
次回、
【「これ……受け取って、頂戴……。前夜、わたくしが夜なべして、全員分リメイクしたユニフォームですわ」】
どうぞお楽しみに!
――
「渡した物は!じゃねぇよw」
「もう答え言ってるwww」
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