「うぐっ……、痛いとこ突くねぇ、鳳パイセン」
新入生の小梅と藤乃が合流して、初めての本格的なミニゲーム。
ピッチの真横では、まつりがスマホを構え、画面の向こうの少女たちへ熱い視線を送っていた。
「はい、ネイ◯ールしょこたんが縦に仕掛けたっしょー! それを新人のツインテふじのんが止める! あー、画面の顔面偏差値が高すぎてバズる予感しかしないっしょ!」
下心全開でカメラを回すまつりの前で、ディフェンスラインのパズルが美しく噛み合い始めていた。
野生児・萩子が爆速の直線ドリブルでサイドをぶち抜こうとするが、その真横に、長いツインテールをなびかせた藤乃がぴたりと張り付く。
「逃がさへんで、猪目さん! あんさんのスピードのタイミング、もう自分には見切れてますわ!」
「チッ、しつこいなぁフジノン! アタイに泥臭くついてきて、ウゼェったらねぇ!」
縦のコースを藤乃に完全に消され、焦った萩子は強引に中央へ切り込む。
だが、そこには小柄な小梅が、頭のアホ毛をピーン!とアンテナのように立てて待ち構えていた。
「と、止まってくださぁい!」
ドガァン!!!
またしても激しい衝突音が響き、吹っ飛んだ萩子がピッチをゴロゴロと大げさにのたうち回る。
その衝撃で僅かにこぼれたルーズボールの軌道上へ、桜が長い前髪を揺らして音もなく滑り込んだ。
パシュッ、と綺麗なパスカット。
「――はい、そこまで! みんな一回集まって」
グラウンドの隅のベンチから、透き通るような、けれどピシッと芯の通った声が一同を呼び寄せた。
あのサッカー同好会とフットサル同好会の激闘から数日経ち。
すっかり体力を回復させた鳳桐子が、長い天然パーマの髪を揺らし、優しく微笑みながら手招きしている。
汗を拭きながら集まった一同の真ん中で、まつりが「ほい、今のプレイ動画ねー」とスマホの画面を桐子へと差し出した。
桐子は画面に映る萩子の突進とディフェンスの連動をじっと見つめると、その綺麗な瞳を一瞬で鋭く尖らせた。かつて全国を震撼させた、元・神園学園の天才ファンタジスタの戦術眼が、ピッチ外から静かに発動する。
「今のところ、桜の予測能力に頼りすぎかな。萩子の突進を小梅ちゃんがブロックした瞬間、藤乃は自分の後ろのスペースをケアしにスライドしなきゃダメ。それから、小梅は――」
桐子が動画を見ながらピシッと的確な戦術指示を飛ばすと、その真横から、カスミが画面を覗き込みながら口を開いた。
「あと、その時に前線の鹿戸パイセン、それ以上前に残ってたら完全にオフサイド(待ち伏せ反則)なんよ! 全国レベルのバックライン(ディフェンス)はラインコントロールがめちゃくちゃ細かいから、一瞬で罠にハメられるんよ。……あ、ちなみにウチ、審判の資格は持ってないけど、ルールのバグを見つけるのだけは得意なんよねー」
「バグじゃなくて戦術よ」
桐子が冷たくツッコミを入れつつ、覗き込んでいた画面をトントンと指で叩いて一時停止させた。
「うぐっ……、痛いとこ突くねぇ、鳳パイセン」
カスミが咥えたチャッパチュプスの棒をピコッと立てて苦笑いするのをスルーして、桐子は画面の奥、息を切らせている攻撃陣へと視線を向ける。
「その罠を外すカギが、MFの菊鞠の位置取り。さっきのミニゲームでも、もっと低めの位置で広くピッチを見渡せるスペースをキープすべきだったわ。そこから長短のパスを散らすの。それに合わせて、柳は相手ディフェンスの視界からフッと消えるような、いやらしいポジショニングを意識すること。柳、さっきからずっと相手の正面に立ちすぎ」
名指しされた柳はユニフォームの襟で汗を拭いながら「うぐっ……」と顔をしかめ、菊鞠は真剣な面持ちで桐子の指差す画面を見つめて小さく頷いた。
「……ま、言葉で言うのは簡単だけどね。実際に動くとなると、ピッチの上じゃコンマ一秒の判断の連続だから」
桐子が動画の再生画面を閉じ、スマートフォンの画面が暗転する。そこに映り込んだ自分たちの顔は、誰もが汗まみれで、けれど不思議と充実した表情を浮かべていた。
できないことがある。
課題が山ほどある。
それが、今の自分たちにはどうしようもなく愛おしく、そして泥臭く楽しかった。
「よーし! じゃあ、今言われたことを意識して、もう一本ミニゲームいってみようか!」
前線でずっとオフサイドの位置にいた鹿戸が、パンッと勢いよく両手を叩いてみんなを鼓舞する。
「おー!」と全員がそれぞれのポジションへと散り、再びグラウンドにスパイクが土を噛む音が響き渡ろうとした――その時だった。
遠くグラウンドの入り口、校舎側の門から、猛烈な勢いでこちらへ走ってくる人影が見えた。
「は、激しいな……。誰やろ、あの猛ダッシュ」
藤乃が目を細めてその影を凝視する。
おっとりした普段の雰囲気からは想像もつかない、体育大出身ならではのブレのない美しいランニングフォーム。学校指定の紺色のジャージをはためかせ、猛スピードでこちらへ向かってくるのは、紛れもなく顧問の三芳野先生だった。
あちこちの伝手を頼って頭を下げ回ってくれたのだろう、髪を振り乱した必死の形相で、彼女は叫びながら息を切らせて突進してくる。
「みんなーーっ!! れ、練習試合の相手……っ、決まったわよーーー!!」
夕暮れのオレンジ色に染まるグラウンドに、先生の歓喜と息絶え絶えの叫び声が突き抜けた。
静まり返ったのも束の間、ザザッと土を蹴るスパイクの音を響かせて全員が弾かれたように振り返り、一斉に先生の元へと駆け寄る。
「みよティー、れんしゅー試合の相手が決まったって、マ!?」
「いったい、何処が相手ですか!?」
「みよちゃん先生、お疲れちゃんなんよ! これ、飴ちゃん食べる?」
興奮を隠せないメンバー。
まつりに牡丹――と、三芳野先生を囲い込んで質問攻めにする。
そのどさくさに紛れて、カスミはカラフルなチャッパチュプスを先生の鼻先にグイグイと容赦なく押し付けていた。
「はぁ、はぁ……、ちょっと、待って――全力で、走った、から……っ。あとカスミさん、飴ちゃんは要りません、突き刺さるから……!」
乱れたおくれ毛を額に張り付かせ、両膝に手をついて激しく上下する胸を押さえる。おっとりした普段の面影はどこへやら、喉を鳴らして必死に酸素を求める先生の姿からは、彼女がこの一本のチャンスを掴むために、どれほどあちこちへ頭を下げて駆け回ってくれたのかが痛いほどに伝わってきた。
「はぁ、はぁ……ふぅ。――皆さん、落ち着いてよく聞いてくださいね。対戦相手は、サッカーの強豪校のひとつ。一文字学園の高等部です」
「「「!?」」」
さっきまでの喧騒が、嘘のように引いていく。
三芳野先生の口から告げられたその名に、牡丹、椛、萩子の三人が大きく目を見開いた。
一文字学園――。
耳に馴染みすぎたその響きに、三人の身体が微かにこわばる。
そこは、かつて彼女たちが中等部に在籍していた頃、血の滲むような努力で切磋琢磨し、一度は全国の頂点を獲った古巣だった。
けれど、同時にその場所は。
全国優勝という栄光を掴みながらも、周囲の大人や部員たちから『絶対王者がいない隙にかすめ取った、形だけのチャンピオン』だと、冷ややかに貶められた呪われた場所。
あの日、深い絶望の中でサッカーを捨て、この桃源郷へと逃げてきた『猪鹿蝶』の三人の胸の奥で、蓋をしていた苦い記憶が、そして消えない怒りの火花が、一瞬にして激しく燃え上がった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
練習試合の対戦相手が決まった。
強豪校であり、猪鹿蝶の三人の古巣でもある一文字学園。
牙を剥く猪鹿蝶。そして参謀の桐子は、カスミたちに偵察任務を任せる。
次回、
【「……なぁ、小梅。あのアホ二人、本当に偵察に行くって分かっとんのかな。完全に遠足のノリやんけ」】
どうぞお楽しみに!
――
「練習試合キター!」
「猪鹿蝶の古巣とか熱い!」
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