「戦術なんて、これから死ぬ気で覚えます」
「みんな、お疲れ様――あら? い、猪目さん、どこか悪いのっ?」
ちょうどそこへ、顧問の三芳野先生がやってくる。
グラウンドで転がり続ける萩子を見て、慌てて駆け寄る。
「いえ、大袈裟に転げ回っているだけですわ。心配するだけ損ですわよ、先生」
「おいそりゃねぇだろボッタン!」
牡丹が冷ややかに突き放すと、ガバっと起き上がって抗議する。
「ほら」
「――! 痛てぇ!痛てぇよぉ!」
ゴロゴロゴロゴロ……。
わざとらしく右へ左へと転がり直す萩子。
「……どうやら、何の問題もなさそうね」
三芳野先生はすっかりスン……と真顔に戻り、無慈悲に萩子から視線を外した。大人の対応である。
先生は小さく息を吐いて手にした名簿を抱え直すと、フェンス際に佇む見慣れない二人の少女へと視線を向けた。
「それと――こちらの二人は?」
「あ、ええと……」
どう説明したものか迷い、椛が珍しく歯切れ悪く言いよどむ。
すると、フェンス際にいた、綺麗に切り揃えられた前髪パッツンの少女が、不敵にニヤリと笑った。
「自分ら、入部希望です!――な? 小梅?」
「――ふえ? ふええええええ!?」
突然の宣言に、小梅の頭のてっぺんからぴょこんと飛び出た『アホ毛』が、危機を察知したアンテナのようにピコピコピコピコ!と激しく左右に揺れ動いた。
中学時代の暗い『目隠れ』から脱却すべく、高校デビューのつもりで思いきって出した可愛いおデコ。それが今は緊張の冷や汗でいっぱいに濡れている。
藤乃はいまだに躊躇してガタガタと震えている小梅の腕に、自分の腕をごく自然に絡めた。
前髪パッツンの奥から涼しげな視線を覗かせ、さらさらとした黒髪のツインテールを風になびかせながら、小柄な親友を優しく、けれど有無を言わさぬ力強さで引き寄せ、一歩前に出る。
そのビジュアルの凸凹なコンビ感は、まるで少女漫画から飛び出してきた騎士とお姫様のようだった。
「ほら小梅。早く入会届、出し」
藤乃のぶっきらぼうで優しい催促に、小梅はしぶしぶと制服のポケットに押し込んでいた紙を取り出した。
何度も握りしめられ、すっかり小さく丸まってしまったそれを、おそるおそる顧問の三芳野先生へと差し出す。
「?――なるほど、確かに入部届ね」
三芳野先生はくしゃくしゃになった用紙を手のひらで丁寧に開き、おっとりと優しく微笑んだ。
「歓迎しますね。……それで、二人はサッカーの経験はあるのかしら?」
先生の問いかけに、小梅の頭のてっぺんのアホ毛が再びピコピコと怯えたように揺れる。
「あ、あの、うちは昔ちょっとだけ……。でも、すごくどんくさくて……っ」
消え入りそうな声で縮こまる親友の真横で、前髪パッツンの奥の瞳をギラリと好戦的に輝かせ、藤乃が一歩前に出た。
さらさらとした黒髪のツインテールを誇らしげになびかせ、新米教師の目を真っ正面から見据える。
「自分は完全な素人です。でも、悩む小梅の背中を押してここまで連れてきた以上、他人事にして逃げるのだけは性に合わんのですわ」
藤乃はカバンから自分の分のまっさらな申込書をトン、と先生の手元に男前に叩きつけた。
「小梅の隣――サイドバックで、自分も一緒に体を張らせてください」
「時鳥さん……未経験なのに、いきなりサイドバックを志願するの?」
三芳野先生がおっとりと目を見張る。サイドバックは、攻守にわたってピッチを何往復も走り続けなければならない、チームで最も過酷なポジションの一つだ。
すると、腕組みをしていた司令塔の牡丹が、フッと口元を綻ばせた。
「良い覚悟ですわ。ですが、サッカーの戦術も知らない素人が、ただ立っているだけで守れるほどサイドは甘くありませんことよ?」
「戦術なんて、これから死ぬ気で覚えますわ」
藤乃は牡丹の鋭い視線を正面から見返し、不敵に笑って言い放った。
「自分、小梅を笑った前のチームの奴らが大嫌いやねん。せやから、あいつの真横で、突っ込んでくる相手のエースを全員泥臭くマンマークして、一人残らずへし折ってやります。小梅には指一本触れさせへん」
「お、男前すぎるっしょ……! あーし、もう惚れそうなんだけど!」
まつりが感動で目を輝かせ、ゴロゴロと転がっていた萩子もパッと跳び起きて「ひゅーっ! 気に入ったぜ時鳥! アタイ並みの野生児がもう一人増えたな!」と大喜びで笑う。
グラウンドの真ん中で新入生たちがそんな熱い大騒ぎを繰り広げる、まさにそのすぐ後ろ――。
フェンスの影に並んで突っ立っていた桜とカスミの二人は、文字通り、完全に『魂が抜けた顔』で静止していた。
桜は、手にしたサッカーボールを胸元でぎゅっと抱え込んだまま、長い前髪の奥の目をカッと見開いて微動だにしない。あまりの尊さの直撃に脳の全回路がショートし、置物のようにフリーズしている。
その隣では、カスミが口にくわえたチャッパチュプスを、ピコピコピコ……と、今にも消え入りそうな微弱な振動で揺らしていた。その瞳は完全にハイライトを失い、大神殿の聖画を見上げているかのようだ。
二人揃って顔をリンゴのように真っ赤に染め、声もなく、ただカタカタと小刻みに震え続けている。
「……あなたたち、そこで何をしているのかしら?」
案の定、牡丹の冷ややかなジト目が、グラウンドの隅の不審な二つの影をピシャリと捉えた。
「ひゃいっ!? な、なんでもありません! 風がとっても気持ちよくて!」
桜は飛び上がるようにして背筋を伸ばし、バサバサと必死に手で顔を仰いだ。その隣で、カスミも魂が半分抜けた声で「スパイシーなんよー……」と、全く意味の通じない寝言を呟いて目を泳がせる。
そんな二人の様子に、周囲からは「なんだあれ」と呆れ混じりの笑い声が漏れた。
「うん。お互い、本当に良い仲間が入ってくれたみたいね」
三芳野先生は2人の入部届を優しくカバンへと収めると、おっとりとした笑顔を引き締め、全員を見渡した。
「それじゃあ、私も顧問として、一肌脱ぐとしますか!」
新米教師はそう言って頼もしく胸を張ると、弾むような足取り軽く、職員室へと戻っていった。
残されたグラウンド。
『2月(梅)』と『4月(藤)』という新たなディフェンスの要を迎えた八々花女子のピッチは、これまでとは全く違う、さらに熱く眩しい輝きを放ち始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
新メンバーを加え、よりサッカーチームとして完成されつつあるサッカー同好会。まだ見ぬ試合に向けて、その爪を研ぐのであった。
【「うぐっ……、痛いとこ突くねぇ、鳳パイセン」】
どうぞお楽しみに!
――
「小梅ちゃんのアホ毛かわいいかよ」
「藤乃ちゃんが男前すぎて生きるのが辛い」
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