「おおおおお、おうおうっ、おうっ」
――ズバァン!!
と、小気味よい破裂音が放課後のグラウンドに響き渡った。
西日に照らされたピッチ。
そこでは、正式な認可に向けて熱を帯び始めた『同好会』のメンバーたちが、泥臭く、けれど弾けるような笑顔でボールを追いかけている。
「アタイにパスくれよっ!」
「萩子さん、スピードを落とすんじゃありませんわ!」
萩子の軽い声に、牡丹の鋭い檄が飛ぶ。
かつて人間関係に傷つき、サッカーを諦めかけた天才たちが、いま、ここでは子供のように純粋にフットボールを楽しんでいた。
――いいなぁ。
あんな風に、みんなで楽しくできたら、どんなに素敵だろう。
フェンスの網目にきつく指を絡めながら、鶯塚小梅はウジウジと足踏みを繰り返していた。
ただでさえ小柄な体をさらに縮こませると、丸いおかっぱの黒髪が揺れ、頭頂部のアホ毛が心細げにしおれる。涙目のまま、入部届をぎゅっと握りしめた。
(でも、私なんかじゃ無理だよ……。前のチームでも『どんくさい』って笑われて、ずっとベンチだったんだもん。またみんなに迷惑かけちゃうだけだよ……)
小梅の胸に宿る、冷たいトラウマの記憶。
そんな親友の、今にも逃げ出しそうな背中を、すぐ隣から一本の『芯』がそっと支えた。
「何言うてんねん、小梅。前のチームの奴らが小梅のほんまの凄さを分かってへなんだだけやろ」
フェンスに背を預け、長い手足をすらりと伸ばしていた時鳥藤乃が、呆れたように、けれど絶対に小梅を見捨てない優しい声で言葉を続けた。
きれいに切り揃えられた前髪の下から覗く涼しげな瞳が、まっすぐに小梅を捉え、肩から流れるツインテールが風に小さく揺れている。
「やったら、入っちゃえばええやん。……ほら、ボールが来たわ」
藤乃の視線の先――グラウンドから放たれた強烈なシュートが弾かれ、泥のついた白いボールがコロコロと、フェンスを挟んだ小梅のすぐ目の前でピタリと止まった。
「あっ、すみませーん!」
グラウンドの奥から、背の高い――まるで宝塚のトップスターを思わせる美少女が、爽やかに駆け寄ってくる。
「――ほら、小梅。ボールを返してあげなよ」
トンッ――。
親友から、物理的にも精神的にも優しく背中を押された小梅は、その宝塚系美少女に向けて、おそるおそるボールを蹴り出した。
「えいっ!」
――パシュッ!
「おっ!?」
ボールは狙いを過たず、美少女――鹿戸椛の胸元へと真っ直ぐ飛んでいく。
ポンッ。
椛はそれを軽くトラップすると、驚いた顔で小梅と藤乃を見つめた。
「すごいな。――もしかして、経験者なのかな?」
フェンス越しに、椛はキラキラとした期待の目を向ける。
小梅は「うひゃあ!?」と肩を跳ね上がらせ、慌てて藤乃の後ろへと隠れた。
「ほら小梅、ちゃんと自己紹介」
親友に促され、小梅は藤乃の背中からよたよたと一歩前に出た。
だが、目の前の『王子様』のオーラと、強豪たちの視線が一斉に集まったことで、彼女の心臓は破裂寸前だった。
「おおおおお、おうおうっ、おうっ」
極度の緊張で脳の回路がショートしてしまった小梅は、『鴬塚 小梅です』というだけのセリフが全く出てこない。口から漏れるのは、まるでオットセイのような情けない声だけだった。
「おう? ――ああ、なるほど」
しかし、椛はその様子を見ると、何かを深く納得したようにグラウンドを振り返り、大声を張り上げた。
「神酒盃くん! どうやら蹴鞠の経験者みたいだよ?」
瞬間。
その言葉が響いた刹那、ピッチの奥から、柳や萩子のトップスピードを遥かに凌駕する勢いで、菊鞠が横から文字通り『爆走』してきた。
「経験者ですかっ!?」
すさまじい風圧と共に現れた神社娘に、小梅の脳内は大パニックだ。
「おうっ、おうっ!」
「『オウ』ですね!」
ぽん。
菊鞠は満面の笑みで、ボールを小梅に向けて優しくパスした。
「おうっ!」
パシュッ!
小梅は反射的に右足を突き出した。
――ストン。
飛んできたボールの勢いを、まるでお餅に吸い込ませるかのように、小梅はピタリと足元に静止させた。
長いブレザーの制服姿、しかもオットセイのようにパニックになっている極限状態でありながら、彼女の下半身はピッチに深く根を張ったように、一ミリのブレもなくドッシリと据わっている。
その異様なまでの『体幹の強さ』を、ピッチの底から鋭く見抜いた者がいた。
ポニーテールを揺らした守護神――松明千鶴だ。
「おいおい……。今ので上体がピキッとも動かねぇぞ。……萩子!」
「おゥ、分かってんぜ!」
千鶴の獰猛な呼びかけに、ウルフカットの萩子がニヤリと好戦的に笑う。
萩子はトップギアに入れると、野生の獣のような爆速のスピードのまま、小梅に向けて一直線に突進し始めた。
(――ひゃあああ!?)
小梅は恐怖でぎゅっと目を瞑り、その場に思いきり足を踏ん張った。
ドガァン!!!
激しい衝突音がグラウンドに響き渡る。
誰もが、小柄な新入生が吹き飛ばされると思った、まさにその瞬間だった。
「うおっ、がふっ!?」
短い悲鳴を上げて吹っ飛んだのは、仕掛けたはずの萩子の方だった。
一方で小梅は、長いブレザーの裾をわずかに揺らしただけで、やはり岩のように、その場に平然と立ち尽くしている。
――そして。
「痛ってぇぇぇぇぇ!!! あーっ! 痛い! アタイの腰が! 足が! あーっ!!」
地面に叩きつけられた萩子は、何を思ったか、砂煙を上げながらゴロゴロ、ゴロゴロと大げさにのたうち回り始めた。
右へ三回転、左へ二回転。
グラウンドの白線を派手に消し飛ばしながら、芋虫のように全力で転がり続ける。
「……ちょっと萩子さん、見苦しいですわよ。自分からぶつかりに行っておいて何ですの、その見え透いた大げさなリアクションは」
牡丹が冷ややかなジト目を向け、即座に呆れ声を飛ばした。
「しゃ、しゃーねーだろ! マジで鉄板にぶつかったかと思ったんだよ! あー、アタイの高校サッカー日本一の夢が、同じ一年生のブロックで今潰えたわー、あー痛てぇー!」
ゴロゴロと転がりながら、薄目でこちらの様子を窺っている萩子。
「ひゃ、ひゃあああ! ごめんなさいごめんなさい! 私、やっぱりどんくさいから、同じ一年生の猪目さんに大怪我させて……っ!」
一方、そんな萩子の大熱演をピュアに真に受けてしまった小梅は、涙目で頭を抱えて大パニックに陥っていた。
「……小梅、騙されちゃアカン。あの人、目ぇ完全に泳いどるから」
フェンスを越えてやってきた藤乃が、ジト目で萩子を見下ろしながら、そっと小梅の肩を叩く。
その光景を後ろから見つめていたカスミは、咥えたチャッパチュプスをピコピコと揺らし、隣の桜にだけ聞こえる小声で限界化していた。
「サクラちゃん……っ、神盾の千鶴パイセンが、新たな迷える子羊をスカウトする歴史的瞬間なんよ……! お互い同い年の新入生なのに、あの溢れ出る圧倒的スパダリ包容力、マジでリスペクトなんよ……!」
「た、種村さん、だから声がデカいってば……っ!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「戦術なんて、これから死ぬ気で覚えます」】
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
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