「皆さんがこうして楽しそうにボールを繋いでいるのを見ていたら、先生、なんだか本当に『試合』をさせてあげたくなっちゃって」
そこには、これまで非認可だった元フットサル組の面々の名前も、サッカー同好会の『新規加入部員』としてきれいに書き並べられた、新しい部員名簿の申請書が置かれていた。
三芳野先生は申請書を受け取ると、愛おしそうにひと通り目を通した。
「――ええ、これで再提出しておきますね。あら……」
名簿に並んだ名前を指で数えていた三芳野先生が、ふと顔を上げる。
「ちょうど、十一人になるわね。……もしかしてこれなら、練習試合も考えたほうがいいのかしら?」
先生のその呟きに、大広間の空気が一瞬だけ期待に跳ね上がる。
――が、直後に二つの鋭いツッコミが飛んだ。
「ちょっと先生! あーし、サッカーなんか一回もやったことないんだけど!?」
まつりがスプーンを持ったまま目を丸くし、隣のカスミも咥えたチャッパチュプスをピコッと動かして同意する。
「そうなんよ先生。ウチもルールは網羅してるし審判ならできるけど、ピッチを走り回るような体力は皆無なんよー?」
「ふふ、分かっていますよ。でもね、まずは『試合ができる形』が書類の上で揃うことが、部への昇格への大きな第一歩なんです。……それに」
三芳野先生はおっとりと微笑みながら、大広間に集まった少女たちを優しく見渡した。
「皆さんがこうして楽しそうにボールを繋いでいるのを見ていたら、先生、なんだか本当に『試合』をさせてあげたくなっちゃって」
先生のその言葉に、一文字組の牡丹や、神園組の千鶴たちの胸が、あたたかい熱を帯びる。
そんな未来への期待がじんわりと広がり始めた大広間に、ふいに、食欲をそそる良い匂いが漂いはじめた。
大広間に充満したのは、スパイスの効いた強烈に食欲をそそる香りと――。
それとは好対照な、ほっと心が解れるような優しいお出汁の香り。
「お待たせしました。皆さんの分のカレーと、鳳先輩のためのお粥です」
襖を引いて姿を現した菊鞠は、ブレザーを脱ぎ、白い割烹着を身に纏っていた。
お袖をきれいに紐で括ったその姿は、いかにも伝統ある神社の娘らしく、どこかおっとりとした古風な愛らしさに満ちている。
「うおォー! マジでカレーだ! 菊鞠、アタイ一生ついていくわ!」
萩子がすでに四つも食べた塩大福の存在を完全に忘れて目を輝かせ、まつりも「和室でカレー、最高っしょ!」とスプーンを掴む。
そんな賑やかな大広間の片隅。
布団の上でゆっくりと身を起こした鳳桐子の前に、菊鞠はほかほかと湯気を立てる小さなお椀をそっと差し出した。
「鳳さん。体調のことは聞いています。激しい運動の後は、酷くお身体が冷え、消化器官にも負担がかかります。ですから、特製の卵粥を作っておきました」
「ありがとう、神酒盃さん。……ふふ、食欲をそそる、凄く良い匂いだ」
桐子は長い天然パーマの髪を少し揺らし、嬉しそうに目を細める。
しかし、スプーンを持とうとした彼女の手元は、激しい疲労の反動でまだわずかに震えていた。
それを見た守護神――松明千鶴が、深くあぐらをかいたまま、桐子の手から躊躇いなくスプーンを奪い取った。
「おい桐子、無理すんな。ほら、貸せ」
「え? あ、待って、千鶴、自分で食べられるから――」
「いいから。……ほら、あーん」
千鶴はフーフーとお粥を優しく冷ますと、至極当然のような顔をして、スプーンを桐子の唇へと突きつけた。
桐子は顔をリンゴのように真っ赤に染め、恥ずかしそうに周囲を気にしながらも、観念したように小さく口を開けてお粥をハフハフと食み始める。
――その、あまりにも自然で尊い看病風景を、部屋の入り口付近から、熱いスープを一気に飲んだかのように顔を真っ赤にして見つめる二つの影があった。
桜は長い前髪の奥で震えながらカレー皿を握りしめ、カスミは口のチャッパチュプスを小刻みにピコピコと揺らしている。
「あなたたち、カレーを食べながら、また何を不審な動きをしていますの?」
案の定、牡丹の冷ややかなジト目がピシャリと飛んできた。
「ひゃいっ!? な、なんでもありません! カレーがちょっと辛くて!」
桜は飛び上がるようにして背筋を伸ばし、バサバサと必死に手で顔を仰いだ。その隣で、カスミも「スパイシーなんよー」と暢気に目を泳がせる。
そんな2人の様子に、周囲からはクスクスと楽しげな笑い声が漏れた。
怪我をしたストライカー。走れないファンタジスタ。
人間関係に傷つき、それでももう一度ボールを蹴ろうと集まった少女たち。
そして、彼女たちをルールと優しさで守る、新米の先生。
菊堂神社の優しいお粥とカレーの湯気の中で、異なるチームだった彼女たちの境界線は、完全に、ひとつの温かい形へと溶けていくのだった。
――だが、本当の戦いは、ここから始まる。
全員の署名が揃った新しい名簿を、カバンへ大切そうに収めた三芳野先生は、おっとりとした笑顔を引き締め、頼もしく胸を張った。
「よし、これで書類は完璧です。……これだけ素晴らしいメンバーが揃ったんですもの。先生、さっそく練習試合の相手を探さないといけませんね。さっそく、体育大時代の伝手に当たってみます!」
新米教師のその一言に、大広間の全員の瞳が、一斉に熱く輝き出す。
新しく生まれ変わった、彼女たちの『蹴球』。
その初めてのベールが脱がされる瞬間が、すぐそこまで近づいていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「おおおおお、おうおうっ、おうっ」】
新メンバーの登場です!
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
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