(……長いよぉ。新年にお神酒を呑んだあとのおじいちゃんの講話くらいには、長いよ……)
入学式のシーン。
あまりにも冗長すぎたので、手直ししました。
7月24日0時24分、文章の再構築を行いました。
「皆さん。おはようございます。――ただ今より、令和七年度八々花女子高等学校の入学式を執り行います」
講壇の傍らでマイクを持った、グレーのスーツを着こなした五十代の女性――教頭先生だろうか。
格式高い声が、歴史ある講堂に響き渡る。
「皆様、ご起立のうえ、拍手をもってお出迎えください」
重厚な講堂の扉が開かれると、保護者席から万雷の拍手が鳴り響いた。
その温かい拍手に包まれながら、クラス担任の教師を先頭に、Aクラスの生徒がゆっくりと入場し、所定の席へと移動する。
Aクラスに続き、菊鞠たちのBクラス、そしてC、D、Eクラス。
全五クラス、総勢二百名の入場が完了した。
「国歌斉唱」
重低音の効いたスピーカーから、国歌《君が代》の伴奏が厳かに流れ始める。
新入生、保護者、そして教員一同が起立したまま、伴奏に声を合わせた。
菊鞠もまた、神社の娘らしく、凛とした美しい声で国歌を歌いあげる。
「皆さん、ご着席ください。――続きまして、“入学許可宣言”。各クラス担任が名前を呼びましたら、返事をしてご起立願います」
いよいよ、正式にこの学校の生徒として認められる瞬間だ。
Aクラスから順番に、厳格な声で名前が呼び上げられていく。
「Bクラス。明莉まつり」
「はい」
担任の松居先生の落ち着いた声が講堂に響き、呼ばれた生徒が次々と起立していく。
「神酒盃菊鞠」
「はい」
出席番号三十一番。
菊鞠は、日頃の神事で鍛え上げられた、鈴の音のように凛とした美しい声で返事をした。 そのまま、すっと立ち上がる。
その瞬間、後ろの方に座るあやめが、思わずハッと息を呑んだ。
(……やっぱり、凄いな。無駄な予備動作が一切ない)
十年以上も毎日、重い鞠を落とさずに蹴り続けてきた菊鞠の身体は、完全に『極限のバランサー』として完成している。
ただ椅子から立ち上がるという日常の動作一つとっても、頭のてっぺんから足の先まで一本の硬質な芯が通ったような、息を呑むほど美しい挙動だった。
(あの体幹と、ブレない重心移動……。もしサッカーのピッチで、相手の激しいボディコンタクトを受けながらでも、彼女なら平然とボールをコントロールしちゃうんだろうな……)
お箏に専念すると決めたはずのあやめの脳裏に、かつて男子を恐怖させた「天才ボランチ」としての戦術眼が、強制的に割り込んでくる。
そんな親友の熱い視線など、おっとり清楚な菊鞠は知る由もない。
「八橋あやめ」
「はい」
自分の名前が呼ばれ、あやめも急いで意識を現実に戻して起立した。
その後、Bクラスの代表が許可証を受領して全員で一礼を交わす。
儀式はそのままCクラス、Dクラス、Eクラスへとテンポよく引き継がれ、総勢二百名の『百期生』が正式に誕生したのだった。
「以上、“入学許可宣言”を終了します。続きまして、学校長祝辞」
先ほど、新入生達に入学許可証を手渡してくれた白いスーツの女性――膳所華校長先生が講壇に立つ。
ここからの数十分間。
菊鞠は「校長先生の話は長い」という人類普遍の真理を、身を以て体感することになった。
「新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます。今年、本校は創立百周年の節目を迎え……」
大正十四(一九二五)年、新宿区に設立された当時の教育理念から始まり。
校長先生自身がこの学校のOGであること、教員生活三十年の思い出、さらには大正から令和に至る女性の地位の向上についてなど、話のスケールはどんどん広がっていく。
(……長いよぉ。新年にお神酒を呑んだあとのおじいちゃんの講話くらいには、長いよ……)
菊鞠は背筋をピンと伸ばした美しい姿勢のまま、意識だけをうつらうつらと飛ばしかけていた。
校長先生の話は、ついに「学校教育と家庭教育は車の両輪」という教育論へと突入している。
(でも、お話の内容自体はとっても立派。ルールを守った上での自主性の尊重……。素晴らしいわ)
長い話の合間に、菊鞠は自分の選んだ「桃源郷」の安全性を再確認する。
(やっぱりここには、あの約束を破る不誠実なサッカー男子のような野蛮な存在は入り込めないよ、ねぇ)
自分の選んだ「桃源郷」の安全性を再確認し、菊鞠は心の中で満足げに頷いていた。
「――祝辞を終わります。皆さん本日は本当に、おめでとうございます」
一礼した校長先生に向けて、講堂から「やっと終わった……!」という安堵のニュアンスが半分混ざった、万雷の拍手が湧き起こった。
校長先生が満足げに講壇から下りていく。
その後、来賓の挨拶や祝電の紹介がテンポよく進み、式はいよいよ終盤へと向かう。
「続きまして、在校生代表による――歓迎の挨拶」
「はい」
最前列から、青いリボンタイを締めた3年生の女子生徒が立ち上がる。
八々花女子高の生徒会長、歩田小百合。
「―――。」
壇上に立った彼女は、新入生一同を見渡す。
そして――。
マイクを通じて、非常に知的で。
威圧感のある声で語り始めた。
「皆さん、ご入学おめでとうございます」
「……さて、少し個人的な話をします。私は昔『自由とは何か?』を調べ、こう結論づけました」
「――自由とは、思いのほか不自由なものである、と」
生徒会長の口から語られたのは、「無法」と「自由」の違いについてだった。
ルールを破り、責任を果たせない行動は自由ではなく、ただの無法である。
校則の範囲内だからこそ、生徒の自主性は守られるのだ、と。
「ルールに抵触しない限り、私たち生徒会は皆さんの自主性を全力でサポートします」
熱い眼差しを全校生徒へ向けると、スッと表情を和らげた。
「それでは皆さん、規律ある素晴らしい高校生活を楽しんでください」
キリッと厳しい、けれど生徒への愛に満ちた一礼。
講堂に鋭い拍手が響き渡る。
その中で、菊鞠はブレザーの袖をさすりながら、密かに身震いしていた。
(うわ……もの凄くお仕事のできそうな、厳格な生徒会長さん)
(でも、その通りね!)
ルールを守ってこその桃源郷だ。
(高校ではあやめちゃんと一緒に、私は規律正しく優雅な日々を――)
そう思って、菊鞠はそっと視線を向けた。
同じBクラスの列。
数人分後ろに座っているはずの、あやめの方へと。
お互いに「お話長いね」と目配せでも交わすつもりだったのだが――。
お互いに「お話長いね」と目配せを交わすつもりだったのだが――。
(……え? あやめちゃん……?)
菊鞠の動きが止まる。
周囲の新入生たちは、万雷の拍手を響かせている。
その狂騒の中で、あやめだけが、ぽつりと拍手を止めていた。
席が少し離れているからこそ、その異質さが際立つ。
お下げ髪の影。
遠い目をして自分の手元を見つめる、あやめの横顔。
会長の放った「自由と責任」という言葉が、彼女の胸の奥を容赦なく抉っていた。
あやめが最も触れられたくない、あの苦い記憶を。
(自由には、責任が伴う……。――じゃあ、あの時の私はどうだったの?)
お箏に専念しなさい。
それが、厳格な母親の言いつけだった。
あやめはそれに従った。
けれど、それは親の言葉を都合のいい免罪符にしただけではないか。
一緒に全国を目指そうと笑い合っていた、ジュニア時代のチームメイトたち。
あやめは自ら、彼女たちと袂を分かつ道を選んでしまったのだ。
膝の上で、制服のスカートをぎゅっと力強く握りしめる。
あのピッチに、私は大切な仲間たちを置いてきてしまった。
後ろ髪を引かれるような罪悪感。
そして、消せない未練。
それらが新しい制服の胸の奥で、じりじりと熱い痛みを立てていた。
(私はもう、ピッチに戻る資格なんてない……)
(みんな、本当にごめんなさい)
少し離れた席からでも、ビシビシと伝わってくる不穏な空気。
親友の見たこともない切ないオーラに、菊鞠はただならぬ予感を感じてそっと冷や汗を流すのだった。
――しかし、二人はまだ気づいていない。
菊鞠たちの席から、遥か前方。
そこには、生徒会長の言葉を聞いて、獰猛に目を輝かせる『宝塚系の高身長女子』の姿があった。
(……ルールに抵触しない限り、生徒の自主性を『全力でサポートする』って言ったよね、生徒会長)
(なら、校則のどこにも禁止されていない『サッカー同好会』を――)
一年Cクラスの鹿戸椛は、不敵な笑みを浮かべ、拳を固く握りしめる。
(このお嬢様学校に、僕がゲリラ的に立ち上げるのは、完全な自由だ!)
彼女の脳裏に浮かんだ、この瞬間の「悪魔の閃き」。
それがこの後、菊鞠とあやめを奈落の底(サッカー界)へ引きずり込む、特大の爆弾になろうとは――。
今の二人は、まだ知る由もなかった。
「続きまして――校歌斉唱。新入生は起立し、静聴してください」
(中略)
「続きまして――校歌斉唱。新入生は起立し、静聴してください」
(中略)
保護者席からの、温かい拍手。
その拍手に見送られながら、退場が始まる。
入場の時とは逆に、Eクラスからの退出だ。
Dクラス、Cクラスが去り――。
ついに、菊鞠たちのBクラスの列が動き出した。
張り詰めていた緊張が、ようやく解けていく。
新入生たちの顔に、安堵の笑みが戻る。
二人は再び、真新しいBクラスの教室へと戻るのだった。
――無事に、何事もなく終わった入学式。
しかし、菊鞠の知らないところで。
運命の歯車はすでに、高速で回り始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【(ああ、私の平和は約束されたも同然……!)】
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
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