「ちづちゃんのあの無自覚な守護獣っぷり、ヤバい……。」
「――ごめんくださいませ」
牡丹は菊堂神社の社務所の玄関を開け、そっと中を覗き込んだ。
「神酒盃さん――菊鞠さんは、いらっしゃいますか?」
高校生らしからぬ堂々とした社交性を見せる牡丹。
その背中を、サッカー同好会のメンバーたちが少し離れた後ろから遠巻きに見つめている。
「あーし、こーゆートコ入るのぶっちゃけ初めてなんだケド」
「ちょ、蝶名林さん、躊躇いなさすぎです……」
「だろー! ボッタンのこういうトコ、遠慮ねーよなって思うぜ!」
口々に牡丹の振る舞いを褒めちぎる一同。
――褒め、る?
「人の車のミニバーを好き放題に漁っていた萩子さんには、言われたくありませんわね……」
牡丹は振り返り、ジト目で萩子をキッと睨みつけた。
「――ごめんくださいませ」
気を取り直すように小さく咳払いをして、改めて社務所の奥へと声をかける。
「はーい――!」
パタパタパタ。
廊下を軽快に駆けてくる足音が響いたかと思うと、すぱんと襖が開き、菊鞠が姿を見せた。
「お待たせして申し訳ありません。――どうぞ、お上がりください」
菊鞠は手際よく人数分のスリッパを玄関に並べ、奥の廊下へと一同を促す。
「お邪魔いたしますわね」
「お邪魔しまーす」
「ちーっす」
菊鞠に案内され、一同は社務所の奥にある広々とした大広間へと足を踏み入れた。
畳の香りが心地よく漂う部屋の中央。
そこには、すっかり用意された布団の中で、鳳桐子が泥のように深く眠っていた。
そのすぐ傍らには、頼れる守護神――松明千鶴が、付き添うようにドカッとあぐらをかいて座っている。
「――ん。みんな、おせーよ」
千鶴がポニーテールを揺らし、低めの声で言った。
「起こさないように参拝を済ませてきましたのよ。鳳さんの様子はどうかしら?」
牡丹が歩み寄り、布団の中の桐子の顔を覗き込む。
「ああ、完全に使い切ってやがる。息は穏やかだし、ただの寝不足だ。心配ねぇよ」
「そう……、なら良かったわ」
安心したように胸をなでおろす牡丹。
その周囲で、他のメンバーたちも「よかったー」と小さく息を吐いていた。
――だが。
そんな穏やかなお留守番風景を前に、部屋の入り口付近で、完全に『限界』を迎えている一角があった。
(ひゃ、ひゃあぁぁぁぁぁ!!! ちょっと待って無理しんどい!!! 寝ているきりさんの枕元にずっと寄り添ってたの!? ちづさん、その距離感は何!? これもう実質、新婚の看病イベントじゃん!!!)
幕之内桜は、長い前髪の奥で目を血走らせ、狂いそうなほどの脳内絶叫を上げていた。
ピッチの底を支えるセンターバックとしての冷静さは完全に消え失せ、一般人擬態のブレーカーが焼き切れそうになっている。
すると、その肩が、ポン、と叩かれた。
「サクラちゃん……、ウチの言った通りだったっしょ……?」
隣に並んだ種村カスミが、咥えたチャッパチュプスをピコピコピコピコ!と凄まじい速度で上下させながら、蚊の鳴くような小声で囁いてくる。
「看病するスパダリ千鶴パイセン……。尊すぎて、大広間の天井突き破ってキマシタワーが建つんよ……。脳汁が、脳汁が止まらんのよ……!」
「た、種村さん声、声……っ! あう、でも、ちづさんのあの無自覚な守護獣っぷり、ヤバい……。絵面が神すぎて、網膜に永久保存したい……!」
つい数分前、お賽銭箱の前でカスミの「左右ブラフ」に引っかかり、無残にもオタバレしてしまった桜。
しかし、秘密を共有した今の二人には、一切の遠慮がなかった。
周囲の一般人にバレないよう、大福を前にした子リスのように小刻みに震えながら、水面下で熱い「同志の契り(アイコンタクト)」を交わし合う。
「あんたたち、そこで何をコソコソ震えていますの?」
牡丹のジト目が、不審な動きを察知してピシャリと飛んできた。
「ひゃいっ!? な、なんでもありません!」
桜は飛び上がるようにして直立不動の姿勢を取る。
その完璧なパスカット(誤魔化し)を見て、カスミはフフンと鼻を鳴らした。
「さーて、それじゃあウチらの『新しい同好会』の書類、パパッと書いちゃうんよ!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「蝶名林さま! あーし、一生ついていくっしょ!」】
どうぞお楽しみに!
――
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