(神様、今日はウチにこんな役得をくださり、マジでありがとうございました。南無南無)
願い事というより、妄想の垂れ流し――。
最後に参拝をするのは、二人の少女。
元・神園学園のセンターバック、幕之内桜。
そして、オタク知識をフル活用して見事に審判を務め上げた、種村カスミだ。
(ううう、この人……なんかやたらと私に絡んできてない……?)
内心は、ビクビク。
心臓は、バクバク。
(ヲタバレしちゃうから、あまり近くに寄って欲しくないんだけど……!)
そんな桜の戦々恐々とした心情を余所に。
カスミは慣れた手つきで、五円玉を賽銭箱へと放り込んだ。
チャリーン──。
軽い金属音を鳴らし、五円玉が奥へと吸い込まれていく。
それを見て、桜も遅れまいと通学鞄から財布を取り出した。
百円玉を、賽銭箱へ滑り込ませる。
コロコロ──。
木製の箱の中で、硬貨が転がり落ちていった。
二人は軽く、二回頭を下げる。
胸の前でぱす、ぱす、と無造作に拍手を打った。
目を閉じ、手を合わせる。
──その、カスミの脳内。
静寂な境内の空気とは裏腹に、限界突破したパッションの濁流が渦巻いていた。
(神様仏様、今日は鹿戸パイセンの神がかりなプレイを間近で拝めたことマジ感謝なんよ!)
(同点弾を決めた時のボウ&スクレープ、もう脳内フォルダに永久保存するレベル!)
(しかも松明パイセンが鳳パイセンをお姫様抱っこした場面なんか、脳汁溶けるレベル──)
(あーマジてぇてぇ。神様、今日はウチにこんな役得をくださり、マジでありがとうございました。南無南無)
神仏混交どころか、オタクの業まで詰め込んだ祈りを捧げるカスミ。
その真横で。
桜もまた──必死の形相で瞼を閉じていた。
(神様、神園学園から八々花女子に編入いたしました、幕之内桜です)
(どうか、どうか私の『一般人擬態』がこの先三年間──)
(誰にも、特に隣の種村さんには絶対にバレませんように!)
(私はただ、静かに余生を過ごしたいんです──)
(あ、でも、それはそれとして……!)
(さっきのちづさんときりさんのお姫様抱っこは、マジで現世の奇跡でした!!)
(ちづさんのあの無自覚な男前スパダリ属性と、きりさんのちょっと顔を赤らめたウブなリアクション!)
(公式の最大手供給すぎて、危うくその場で尊死するところでした!)
(神様、どうかあの二人がこの先も末永く爆発して、私に無限の供給を与えてくれますように)
(あ、あとできれば夏のコミュフェスで、推しサークルの新刊が壁からシャッターまで全部落とせますように、南無三!)
神社の神様に対して、寺の「南無三」で締めくくる。
カスミに負けず劣らず、雑多で煩悩まみれの祈りを。
桜は脳内で、一気にまくし立てた。
ふぅ、と小さく息を吐きながら目を開ける。
ゆっくりと一礼して、賽銭箱の前から下がった。
「──よし。これで大丈夫」
パンパンとブレザーの埃を払う仕草をしながら、桜は心の中でガッツポーズを作った。
神様への挨拶も済ませた。
一般人のフリをして、無難に二礼二拍手一礼の所作もやり切った。
これで、今日のイベントは無事に乗り切れる。
私のディフェンスは今──完璧だ。
そんな風に、桜が完全に油断して、防衛線を解いた瞬間だった。
足音もなく、隣にスッと影が忍び寄る。
咥えたチャッパチュプスの棒を、ピコピコと揺らしながら。
カスミが、みんなに聞こえないような悪戯っぽい小声で呟いた。
「なぁなぁ、サクラちゃん」
何気ないトーンを装って、核心を突く。
「さっきの松明パイセンと鳳パイセン、最高だったよなぁ。……あ、ちなみにウチの推しカプの固定概念なんだけどさ、二人の『左右』ってどっちだと思う?」
「──っ!?」
左右。
一般人なら、ただの「右と左の方角」としか認識しない言葉。
しかし──。
その前に続く『推しカプ』という不穏なワードと組み合わさった瞬間。
桜の脳内にある、別の回路がバチバチと火花を散らした。
ピッチの上で、相手のパスコースを瞬時に読み切る天才的な知性。
それがオタク脳のまま、光の速さでリフレクス(反射)を起こす──!
「それは絶対にちづさんが左(攻め)できりさんが右(受け)の一択でしょ!! 異論は認めないっていうか、あの圧倒的な身長差と体格差で逆だったら宇宙の法則が乱れるレベルなんだけど──あ」
そこまで一気に、マシンガンのような早口でまくし立てて。
桜は──凍りついた。
おそるおそる、隣を見る。
カスミはチュッパチャップスを指で挟んで口から抜くと、ニィィ、と悪魔のような笑みを浮かべていた。
「獲物を捕らえた」確信に満ちた、大勝利の顔。
「……捕まえたんよ、サクラちゃん。やっぱり、ガチの同類だったんね?」
「あ、あう、あ……今の、は……ちがっ、違くて……! 私はただ、ポジションの話を……!」
「サッカーで『左右が一択』なんて言い方しないんよ」
カスミは楽しそうに、桜の逃げ道を塞いでいく。
「しかも松明パイセンは、GKだしなぁ?」
「うぐっ……!」
神様は、桜の『擬態がバレませんように』という切実な願いを、完全に無視した。
それどころか。
隣のオープンオタクに完璧なパスを供給し、桜の鉄壁のディフェンス(言い訳)を、綺麗にワンタッチで置き去りにしてしまったのだ。
長い前髪を振り乱し、顔を耳まで真っ赤にして完全にフリーズする桜。
その姿を見て、カスミは声を殺してケラケラと笑う。
「あはは! 安心するんよ、みんなには言わないから。ウチ、オープンだけど秘密は守る主義なんよ」
「……ほ、本当に……?」
「ただ、サクラちゃんも、行くんでしょ? 夏のコミュフェス」
おそるおそる上目遣いで尋ねる桜に、カスミはニヤリと笑いかけた。
「ウチ、サークル参加の申込書出してるんだけど、1人だと色々と人手不足なんよね。代わりと言っちゃなんだけど、手伝ってくんない? 店番でも、ファンネルでもいいからさぁ」
「──っ!」
ファンネル。
その単語が鼓膜を震わせた瞬間。
桜の脳裏に、さっき自分が神様に向けて捧げた祈りがフラッシュバックした。
(──推しサークルの新刊が、壁からシャッターまで全部落とせますように!)
神様は、桜の擬態こそ守ってはくれなかった。
だが──無慈悲にすべてを切り捨てたわけでも、なかったのだ。
ぼっち参加では絶対に手が足りず、涙を飲むはずだった夏の戦場。
そこに、サークル参加という強固な拠点を持ち。
なおかつ自分を『ファンネル(戦力)』として縦横無尽に買い出しへ走らせてくれる、最高の相棒。
それを、この上ない絶妙なタイミングで引き合わせてくれたのである。
(神様……擬態は秒で剥がされたけど……)
(これ、もしかして、ちょっとだけ願いを叶えてくれた、ってコト……!?)
絶望のどん底から一転。オタクとしての奇妙な希望の光を見出した桜は、鞄を握りしめたまま、小さく、けれど固く頷いた。
「……おつりは、ちゃんと間違えずに渡せると思う。あと──」
桜は、少しだけ誇らしげに胸を張る。
「人混みをパスカットして、壁サークルまで最短ルートで突っ込む足の速さには……ちょっとだけ、自信がある、から……」
「よし、交渉成立なんよ! これからの部活、捗る(はかどる)なぁ!」
嬉しそうにチャッパチュプスを口に戻す、カスミ。
その横で、桜は小さくため息をつきつつも、不思議と胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じていた。
「――種村さん、幕ノ内さん!――社務所で神酒盃さんが待ってますわよ!」
少し離れたところから、牡丹が急かす声が響く。
「ヤッバ!――急ぐんよ、さくらちゃん!」
「――えっ、あっ!うんっ!」
ジャッジャッジャッ――。
二人は玉砂利の上を駆け、新たな仲間たちのほうへと駆けてゆく。
こうして。
八々花女子サッカー同好会の片隅で、誰にも知られない「オタク同士の秘密同盟」が結成されたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「蝶名林さま! あーし、一生ついていくっしょ!」】
どうぞお楽しみに!
――
「お前ら(カスミと桜)も充分てぇてぇぞ!」
「カスミと桜のコミュフェス回も見たい!」
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