(う、動く部屋なんよぉ……!)
ちょっぴり百合要素入ります。
伝統あるお嬢様学校に通っているとはいえ、彼女たちは普通の女子高生だ。
サッカー同好会の面々にとって──。目の前の黒塗りの高級車は、あまりにも敷居が高すぎた。
「こここ、これ……土足で乗っていいの……?」
先ほどまでピッチで見せていた獰猛さは、どこへやら。
鳳桐子は、完全にキョドっている。
「土足で構いませんのよ」
牡丹が、優雅に車内から声をかけた。
「それよりも、早くお乗りなさいな──」
牡丹は、ドアの外で立ち尽くす千鶴を一瞥する。
「松明さんが乗れずに、いるではありませんか」
せっかちに車内へと促した。
「先程の決と──いや、練習試合で汗くさくなってるけど、大丈夫かな?」
桐子の隣になんとか腰掛けた、千鶴。
自分の服の臭いを気にしてか、くんくんと嗅ぐ。
「せっかくのリムジンのシート、汚しちゃわない……?」
「毎日クリーニングしておりますから、構いませんことよ」
牡丹はクスリと笑う。
「そんなことより、あまり車内で暴れないでくださいましね?」
服の臭いを気にして、しきりに身じろぐ千鶴。
そんな彼女を、牡丹はジト目で制する。
「――全員乗られましたかしら?」
菊鞠を始めとする『猪鹿蝶』。
柳を除いた、フットサル同好会の『四光』。
さらにまつり、カスミを合わせた、合計十一名。
リムジン特有の、広大なシート。
(う、動く部屋なんよぉ……!)
カスミは緊張のあまり、カーディガンの袖をきゅっと握りしめている。
そんな初心者の面々をよそに──。
「おー、やっぱここのジュース冷えてて美味いわ。モミィも飲む?」
「萩子くん…… 君は人の車でくつろぎすぎだよ」
すでに何度も乗り慣れている萩子は、我が物顔でミニバーの冷蔵庫を開けていた。
中学時代からの付き合いだからこそ許される、その無遠慮な態度。
「毎日補充しておりますから構いませんけれど、少しは遠慮というものを覚えなさいな、萩子さん」
あきれ顔の牡丹が、いつものことだとジト目でため息をつく。
ぎゅうぎゅう──。
さすがの高級リムジンとはいえ。
汗ばんだ女子高生たちがこれだけ詰め込まれると、車内に熱気が篭もる。
「菊堂神社まで、お願いいたしますわ」
牡丹が運転席の隔壁に向けて、声をかけた。
コクリ、と運転手が深く頷く。
黒塗りの高級車は、さすがの静寂性を見せ、音もなくスーッと滑るように走り出した。
むさしの市を一望できる、小高い丘の上。
そこに鎮座する、菊堂神社の境内駐車場に──。
黒塗りの高級車は、静かに滑り込んでいった。
車で、わずか十分ほどの距離。
だが、そのわずかな時間に──。
桐子は千鶴の肩に頭を預け、穏やかな寝息を立てていた。
「──どういたしましょう」
安らかな寝顔を見つめ、起こすのを躊躇う牡丹。
「起こすのも忍びないのですが……運転手もいますし、このまま……」
「いや。私が抱えていくから、問題ない」
千鶴は、迷いのない声でそう言った。
それを最後に、千鶴は再び桐子を横抱きに──。
いわゆる『お姫様抱っこ』の体勢で軽々と抱え上げ、歩き出す。
(ふおおおおぉぉぉぉぉ!!!)
──ピコピコピコピコ!
口に咥えたチャッパチュプスの棒を、激しく上下させて興奮するのは、もちろんカスミだ。
(き、き、き、キマシタワーーー!)
(鳳パイセンをお姫様抱っこする、松明パイセン……!)
(──尊すぎて、脳汁出るんよ!)
(───ッッッ!!)
一方で、幕之内桜はというと。
その尊すぎる神スチルから放たれる、あまりにも眩しい後光に、必死の形相で耐えていた。
隠れオタクとしての意地だけで、限界化して叫び出しそうな自分を、必死に抑え込んでいる。
だが、オープンオタクのカスミは、すでに限界を迎えていた。
尊さのあまり焼き切られ、思考停止した脳から垂れ流される汁だけで、かろうじて言葉を紡ぎ出す。
「───ここに。大優勝記念の『キマシ塔』を建てるんよ」
しかし、それだけではカスミの暴走は止まらない。
目の前で繰り広げられた、尊すぎる光景の余韻。
それが醒めやらず、カスミの目はまだギラギラと輝いたまま──。
隣にいる、大人しい目隠れボブカットの少女──幕之内桜へと向けられた。
「なぁなぁ、幕ノ内さんも見た!?」
興奮のあまり、カスミが桜の肩を激しく揺さぶる。
「あの千鶴パイセンの、無自覚スパダリ感! そしてお姫様抱っこされてる桐子パイセンの、愛らしい寝顔!」
「これ、公式からの最大手供給なんよ! あの二人、絶対に前世で──」
「え、あ……はは、すごいよね……うん。松明さん、力持ちだから……」
長い前髪の隙間から、桜は引きつった笑みを浮かべた。
必死だった。
今、彼女は自分の人生で最大級の『一般人擬態』を発動させていた。
(待って、無理、死ぬ──っ!)
(そして種村さん、声デカい声デカい!!)
(あと『スパダリ』とか『最大手供給』とか、この場で言わないで!!)
(というか、さっきのちづさんときりさん……完全に神絵師の描いた神スチルだったよね!?)
(ちづさんの肩に寄りかかって寝るきりさんも尊死レベルなのに、そこからのまさかのお姫様抱っこ!)
(ちづさんの腕の筋肉のスジとか、鳳さんの穏やかな寝顔とか……)
(記憶に焼き付けて、今すぐスクラップブックに保存したいレベルなんだけど──!!!)
脳内では、ハイテンションな早口オタクが濁流のように叫びを上げている。
だが、表向きは──。
「大人しくてサッカー一筋な目隠れ美少女」の仮面を、頑なに被り続けていた。
得意のパスカットばりの、鉄壁のディフェンス。
オタクの感情を、必死にシャットアウトする。
しかし──。
カスミの、オタクセンサーは侮れなかった。
じーっと、桜の顔を覗き込む。
咥えたチャッパチュプスをピコッと動かし、ニヒッと笑った。
「……幕ノ内さんさ。今、心の中で『尊死』って叫ばなかったんよ?」
「な、なんのことかな……? そんし……? 孫子の兵法……?」
ツウ、と冷や汗を流しながら。桜は必死に話をそらそうと
──菊堂神社の境内へと目を向けた。
菊鞠を先頭に。
牡丹や椛、そして満月らが、玉砂利を小気味よく踏み鳴らしながら神社の境内へと入っていく。
その後ろ姿を見送りながら、桜は長い前髪の隙間で、きゅっと胸を締め付けられていた。
(……きりさんをお姫様抱っこするちづさん、マジでてぇてぇ)
(尊すぎて、つらい……!)
脳内がそんな大洪水に見舞われているとも知らず。
菊鞠は社務所の立派な玄関先まで進むと、千鶴を振り返って丁寧に頭を下げた。
「松明さん。……その……、社務所の大広間に布団を用意してありますので、鳳さんをそちらに寝かせましょう」
「すまない、手間かけさせる」
千鶴は腕の中の桐子を落とさないよう、器用にバランスを取りながら、短く礼を言った。
その背中について、一緒に入り込もうとする萩子たち。
──バッ。
そのブレザーの裾を、牡丹がすかさず手で制した。
「わたくし達は、まず参拝を済ませてから向かいますわね」
「はい、お願いします。──松明さん、どうぞこちらへお上がりください」
菊鞠に案内され、千鶴が桐子を抱えたまま、社務所の奥へと消えていく。
その静かな後ろ姿を、優しく見送ると──。
牡丹はきりりと表情を引き締め、新造された同好会のメンバーたちへと振り返った。
「それでは、わたくし達は先に参拝を済ませてしまいましょう」
「あーし、参拝とかちゃんとやったことないんだけど、だいじょび……?」
まつりののんびりとした、不安げな声が中庭に響く。
常識破りの女子高生たちによる──菊堂神社、初めての公式参拝が始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「一礼二礼三拍手だろ!」】
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
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