鞠と箏
朝食を済まし、シャワーを浴びて汗を流した菊鞠は、制服に着替える。
ベージュを基本の色としながら襟や袖をセピア色にしてポイントを押さえたブレザーと、ブレザーにも使われているセピア色とブラウンのチェック柄。そしてリボンタイ。一年生は赤、二年生は緑、三年生は青と、学年別に色分けされており、モノトーンに纏まる上下の中にあって一層目を惹く。
地元の女子でも憧れの、八々花女子高の制服だ。ちなみに、中学校の方は同じ色のセーラー服で分けられている。こちらも人気だ。
着替えが終わり、姿見の前で一回転。ふわり、とスカートを翻してみせる。
うん、良い感じだ。
新しい制服に着替えると居間へと移動する。祖父母と両親にお披露目するためだ。
制服の採寸と、確認の時に同行した母は既に見てはいるのだろうが、こういうのは気持ちの問題。やはり入学式の日は特別だろう。
既に家族は菊鞠が着替えてくるのを待っていたようで、居間に姿を見せると喜色満面の笑みで迎えた。
祖父はこの神社の宮司なだけに、紫に有職紋の入った袴を穿いている。
禰宜の父は紫無地の袴。
祖母は緑の袴だ。母も普段、神社にいる時は臙脂色の袴を穿いているが、今日は入学式に参観するため、淡い緑の訪問着だ。
「おお、菊鞠!うん、うん。晴れ姿だな!」
「菊鞠も、今日から高校生だな」
「菊鞠ちゃん、とっても、とっても良く似合っているわよ」
「ほら、ちょっとリボンが曲がってるわよ・・・。・・・これでよし」
家族からそれぞれから褒められる。母は、やっぱりいつもどおりのお小言付きだ。
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、お父さん。行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい。行く前に、御神前にも挨拶を忘れずにな」
「やっぱり、父さんが送っていこうか?」
「喜和、今日は菊水酒造さんの新入社員の正式参拝が予定されていただろう。それに隣町の地鎮祭も二件入ってる。いい加減諦めろ」
「ああ、俺も行きたかった・・・」
「もう。諦めなさい。・・・・・・鞠花さん、お願いね」
菊鞠は、母と共に玄関を出る。真新しい、黒のローファーはまだ足には馴染まないが、それがまた新たな一歩を感じさせる。
母と共に拝殿に上がって正座になると、二礼二拍手一礼の作法で挨拶。母も、娘の菊鞠の事で祈ってくれたのだろう。菊鞠よりも少しばかり長く手を合わせていた。
「いってきます」
ご神前への挨拶を済ませて拝殿から出ると、菊鞠と同じ制服の母娘が参拝をしていた。
娘のほうは、156㎝の菊鞠と同じか、わずかに背が高いか。長い黒髪をおさげにしている。母親のほうは、菊鞠の母と同じように淡い紫の訪問着。
菊鞠には彼女達が幼馴染みの八橋あやめとその母、八橋燕だと判る。
「あやめちゃん、おはよう!」
「八橋さん、おはようございます。本日はよろしくお願いいたしますね」
二人が参拝を済ませたところで、菊鞠たちのほうから声をかける。
「菊鞠ちゃん、おはよう。良い天気になって良かったね」
「神酒盃さん、こちらこそ。よろしく、お願いいたします」
八橋家は菊堂神社の氏子であるとともに、箏曲の教室を開いている関係から例祭や春の桜まつりに秋の月見まつりでは箏曲を奉納演奏していただいている関係。水魚の交わりといっても過言ではない。
八橋あやめが八々花女子中学校に通っていたため、菊鞠の進学の際には二人に相談相手になってもらった。本当に恩人でもある。
「菊鞠ちゃん、制服似合ってるね」
「ありがとう!あやめちゃんも似合ってるよ!」
「ふふふ、ありがとう」
「先日は、桜まつりでの奉納演奏、お疲れ様でした。ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、生徒たちの発表の機会になり、いつも助かっています」
菊鞠はあやめと。母、鞠花は燕と。それぞれが会話に花を咲かせつつ菊堂神社の参道の坂道を下る。八々花女子高等学校までは直線距離にして約1キロほど。父の喜和が車で送り迎えすることを提案してきたが、氏子企業の祈祷の依頼が重なった為にそれは叶わず、本当に悔しそうだった。それに、おそらくは同じような車で学校周辺は混雑することが予想できる。わざわざ車で行く距離でもない。四人で会話しながら行けば、あっという間だ。
歩いていると、だんだん同じ制服の親子が増えてくる。彼女たちも新入生なのだろう。
やがて、ブロック塀とフェンスが見えてくる。あやめが先月まで通っていた八々花女子中学校、そしてこれから二人が通う、八々花女子高等学校だ。
校門には「令和七年度 第一〇〇回 入学式」とある。
「第百回だって。すごいね・・・」
「うん、八々花女子は大正14年、1925年創設だからね。色々ともう、凄いのよ?」
受付を済ませると母達は入学式の会場となる講堂に向かうために別行動となる。菊鞠とあやめはクラス分けの掲示板を確認する。一クラスあたり40人でA〜Eまでの5クラスのようだ。
「あやめちゃんと同じクラスだと嬉しいんだけどな」
「そうだね。私も、菊鞠ちゃんと一緒のクラスがいいな」
クラス分けの表を見て一喜一憂する新入生達を尻目に、二人はクラス分け表をAクラスから追っていく。
「あっ、私はBクラスだ!」
「え、私もBクラス!」
願いどおりの結果に抱き合い喜ぶ二人。
「よかったぁ!これから一年間、よろしくね!」
「こちらこそ。幼馴染みだけでなく、ついに同窓生だね!」
二人は先ほど以上に笑顔になって、Bクラスの教室を目指す。
Bクラスの入り口から中を覗くと、そこには真新しい制服に身を包んだ女子たちが既に数人集まっている。菊鞠たちが教室に入ると視線が集まり緊張する。
「あっ、八橋さん、おはようございます!」
「おはようございます小倉さん。また同じクラスですね。今年も一年、よろしくお願いしますね」
「こちらの方は?」
「彼女は神酒盃菊鞠さん。二中から編入試験に合格してきたの」
「わ、あの試験、けっこう難しいって噂ですよ?あ、すみません。私は小倉杏といいます。えっと、みかづきさん、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、新参者ですが、どうぞよろしくお願いします、小倉さん」
さすが、中学校からの内部進学だったあやめのおかげで緊張はすれども孤立もしないし相互の紹介もスムーズにいきそうで助かる。
「ああ、神さま仏さまあやめさま!」
「えっ?急にどうしたの?」
「ううん、持つべきは幼馴染みだなって・・・・・・」
「ふふっ」
新入生達もほとんどがクラスに来て、いよいよ賑やかになる。さすがに自分の席に着かないといけないだろう。
菊鞠は出席番号31番。廊下側から数えて2列目、前から3番目の席だ。
あやめは出席番号38番で、一番廊下側の列の前から3番目。まさかの隣同士だ。同じクラスというだけでもありがたいぐらいだ。
「まさか、席までお隣同士だなんてすごい偶然!」
「ラッキーだね!」
まだざわつき、立ち話に興じる生徒たちもいたが、クラス担任と思われる教師が二人入ってくると、急いで自分の席に着席する。
教師二人のうち、教壇にはベージュのスーツ姿の中年の女性が立ち、その教壇の脇にはもう一人、紺色のスーツの若い女性が立つ。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私はこのクラスを担当します松居明良といいます。一年間、よろしくお願いします」
「皆さん、ご入学おめでとうございます。私は副担任の三芳野咲桜里といいます。私自身、まだ教員生活が初めてなので、皆さんと一緒に勉強していきたいと思っています。どうぞ皆さん、よろしくお願いします」
担任と副担任がそれぞれ軽くお辞儀をして挨拶を締めくくる。
「この後すぐ、皆さんは講堂に向かっていただき、そこで入学式が行われます。それが終わりましたら再びこの教室に戻ってきて自己紹介の時間と、皆さんの父兄を交えての一年間のスケジュールをご説明します。」
「間もなく入学式の時間となります。皆さんは出席番号順に従い、廊下に並んでください。並び次第、講堂へと案内します」
他の教室からも騒然とした雰囲気が感じられる。Aクラスが講堂へ移動を始めたのだろう。Bクラスもまた講堂に向かうべく、教師の案内に従って列を組んで講堂に向かうのであった。
花札の五月の札はカキツバタですが、語感をよくする為に“あやめ”にしています。
その代わり、母親は燕子花から一字使って燕としました。