「ねぇ、サッカー同好会の皆さん。地上の道がないなら、空を使えばいいじゃない」
ピッ!
カスミの「パイセン頑張って……!」という想いが籠ったような悲痛なホイッスルが響き、二点差からのキックオフが切られる。
だが、状況はさらに最悪だった。
フットサル同好会の幕ノ内桜や薄満月が、アスファルトの狭いコートを完全に面で封鎖しており、地上のパスコースが1ミリも残されていない。
「くそっ、ハメられてる! パスが出せない……!」
「コースが完全に塞がれてますわね。八方塞がりですわ……」
足元のスニーカーが滑り、完全に手詰まりになって冷や汗を流す椛と牡丹。
脳筋の萩子すら、動きを封じられて地団駄を踏んでいる。
(――ハッ。……何を怖がることがあるの)
絶体絶命のチームメイトの苦渋の顔を見た瞬間、菊鞠の胸の奥で、鎌倉時代から続く坂東武者の家柄。
そして所領安堵のために天下人の前に直談判に向かい、三日三晩の蹴鞠勝負を勝ち取った先祖の末裔としての『修羅のプライド』が、カチッと静かに音を立てた。
(地面がこんなに狭くて、スニーカーで滑るから苦戦するというのなら……私は『空』を使って、この場を支配してみせる!)
菊鞠はおっとりした微笑みの中に、ド黒い打算をギラリと滾らせながら、静かに、しかしながら凛とした声で請い声を上げる。
「あーりやー……ありっ!」
「「「――えっ!?」」」
お嬢様学校の中庭裏に突如として響き渡った、あまりにも異質で雅な、けれど有無を言わせぬ覇気を孕んだ声。
あまりの美しさに椛たちが息を呑み、パスコースを探していた椛の右足が、完全に本能に引きずられるようにして、最後方に立つ菊鞠へとグラウンダーのパスを転がしてしまった。
「バックパス!? バカめ、素人にボールを下げたぞ! 柳、一瞬で狩り取れ!」
フットサル同好会の桐子が鋭い指令を飛ばす。
「んっ!」
刹那、神園のエースFWである【飛燕】の道風柳が、追うように靡くローツインテールを激しく揺らし、ツバメのような鋭さを以て、最後方の菊鞠へ向けて猛然とトップスピードのプレス(突進)を仕掛けてきた。
アスファルトの床を激しく蹴る、凶暴なサッカー狂の恐ろしい足音。
――ふわっ。
突進してきた柳の目の前で、中庭に奇妙な「完全消音」の静寂が訪れた。
菊鞠は新調したばかりの真っ白なスニーカーの甲をすっと差し出す。
突っ込んできたボールの凄まじい衝撃を、ゴム底のしなやかなクッション性で100%完璧に吸収してみせたのだ。
あの桜舞い散る菊堂神社の境内で誰に見せるわけでもなく披露した、至高の妙足――
《すり吸》
激しい弾道だったはずのボールは、まるで生卵を真綿で受け止めたかのように。
――ひた。
彼女のつま先の上に、ノーバウンドのまま吸い付くように『静止(載せ鞠)』した。
「……んんっ!?(突進の衝撃ごと、ボールの勢いが完全に消えた……!?)」
体当たりを仕掛けようとしていた柳が、まるで幽霊でも目撃したかのように目を丸くして硬直する。
相手が驚愕で足を止めたまさにその目の前で。
「あり。よう。おう」
ぽん。ぽん。とん。
菊鞠はおっとり澄ました顔のまま、スニーカーの反発力を活かして請い声に合わせて地上の楔からボールを完全に解き放った。
「ねぇ、サッカー同好会の皆さん。地上の道がないなら、空を使えばいいじゃない」
おっとりとした極上の微笑みの裏側で、マリー・アントワネットもかくやという『強者の傲慢』をこれ以上ないほど雅やかに言い放つ菊鞠。
一歩も走らないまま、彼女の足元から放たれたのは、五光の頭上を優雅に越える、風にも流れない完璧な弾道の『おもてなしの空中パス』。
「うっひょおおおおおぉぉぉぉ! 神酒盃ちゃん、トラップの変態(神)なんよーーっ!! 触れた瞬間すべての物理法則がログアウトしたんですけどーーっ!!」
ピピピピピピピピ……ッ!!
あまりの異次元不条理チートを目の当たりにし、カスミがホイッスルを震えるように鳴らしながら、長いカーディガンの萌え袖を激しく振り回して絶叫する。
「な、何ですか今のトラップと浮き球は……!? 完全に意味が分かりませんわ!」
「おうっ」
とーん――。
牡丹が驚愕する中、菊鞠から放たれた極上の空中パスは、フットサル同好会のDFライン(幕之内桜たち)の頭上をふわりと綺麗に越えて、前線へと走り出していた椛の胸元へと、まるで綿毛が降り立つような優しさでピタリと収まった。
「――っ! 最高の優しさが詰まった、最高のパス……!」
自分の欲しいまさにその位置へ吸い付くように届いたノーバウンドの神パスに、椛の瞳にバチバチと本物のストライカーの炎が灯る。
フットサル同好会のDF陣が驚愕で硬直する中、椛は激しく躍動した。
(さっきのミドルシュート……君はすべて僕の弾道を完璧に読み切って止めてみせた。だけど、松明さん――!)
ゴール前で仁王立ちする【神盾】千鶴の鋭い眼光。放たれるであろう強烈なダイレクトシュートへ向けて、千鶴の身体が完璧な予測のもとに微動だにせず身構える。
だが、椛が選択したのは、シュートではなかった。
菊鞠から手渡された『空の支配』のバトンを繋ぐように、椛は胸トラップから、空中で右足の甲を使ってフワリと真横へボールを優しくすくい上げたのだ。
トンッ――
「萩子くん――!!」
「――っ、任せろモミィーーーッ!!」
地べたの守備にハメられて地団駄を踏んでいた萩子が、地鳴りのような咆哮と共にアスファルトを蹴って弾け飛んだ。
「な……っ!? パス……空中で、横への揺さぶり……!?」
千鶴の完璧な予測が、その一瞬で完全に崩壊した。
千鶴が慌てて重心を切り替えたまさにその瞬間、宙に浮いた極上のボールへと、萩子が身体を真横に投げ出すような、凄まじいジャンピング・ダイレクトボレーシュートを叩き込む!
――ズドォォォォンッ!!!
アスファルトの硬いコートを激しく震わせる、重戦車のような大砲の轟音。
千鶴の伸ばした指先を遥かに超える速度で放たれた弾丸は、簡易ゴールのネットを今度こそ引きちぎらんばかりの勢いで激しく揺らした。
ピッ……ピピ、ピピィーーーッ!!
カスミが興奮のあまり口元のホイッスルを「ピピピピ……」とマヌケに震わせながら、長いカーディガンの萌え袖を千切れんばかりに振り回して絶叫した。
「は、入ったぁぁぁーーっ!! 鹿戸パイセンの空中の神アシストから、猪目パイセンの脳汁大爆発ジャンピングボレー!! これ、一文字学園の黄金コンビの大復活じゃん! 大優勝どころか、宇宙一の大優勝なんよぉぉぉーーっ!!」
「よしっ!!」
「素晴らしかったよ!」
ガシィン!! と腕と腕を合わせて吠える椛と萩子。
「――ふん。上品ではありませんが、まぁ合格点ですわね」
牡丹も不敵に縦ロールを揺らす。
二対一。
鉄壁を誇った神園(五光)の無失点神話の『盾』が、菊鞠の放った一筋の空中パスによって、ついに完璧に、粉々に打ち砕かれた瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「神酒盃さん、一瞬で狩る!」】
どうぞお楽しみに!
――
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