「うう、菊鞠ちゃん、おっとりしてるのに悪魔だぁぁ〜〜っ!」
「部活でも同好会でもない、ただのいち生徒たちが、昼休みに中庭でボールと戯れていただけ――という言い訳が、今ならまだ100%通る、というお話なんですよ」
松居先生のその『起死回生の案』に、椛たちの瞳が一瞬でパッと輝いた。
「ですが」
松居先生はすぐに声を引き締めて、涙目になっているまつりを見つめた。
「悪気がなかったとはいえ、学校を巻き込む大騒動を引き起こした責任は取ってもらいます。明莉さん。その五百万再生された動画は当然ですが――」
「貴女のその『TickTack』のアカウント自体を、今すぐこの場で完全に削除(解約)しなさい。格式ある八々花女子高校の生徒として、ネットでの軽率な有名人ごっこは本日を以て終了です」
「ええええええっ!? アカウントごと削除ぉ!? あーしのフォロワー三万人が、一瞬でゼロに……!? うう、ホントにやんなっちゃう、あーしのバカぁぁぁ……!」
涙目でスマホを操作し、しばらくの逡巡を経て――アカウント削除のボタンをタップするまつり。
一晩だけのきらびやかなインフルエンサーの夢が音を立てて爆破され、まつりはその場にガックリと膝を突いた。
(……ん、んん? ちょっと待って……!)
その涙目のクラスメイトを見つめていた菊鞠の脳内で、パチパチパチッと、今日一番の凄まじい音を立てて『打算のそろばん』が弾け飛んだのは、まさにその瞬間だった。
(……明莉さんはお祭り好きのお調子者だけど、一晩で500万再生を叩き出す、本物の『バズりの天才』。――だとしたら。彼女に新しくアカウントを作らせて、うちの高齢化社会の縮図――蹴鞠保存会の広報をさせれば……世界中から、若くて元気な会員が入れ食い間違いなし、なんじゃ!?)
お葬式状態の指導室の片隅で、菊鞠の瞳がギラリと強かな光を帯びる。
菊鞠はすっとまつりの隣にしゃがみ込むと、優しく肩を抱き寄せ、おっとり気品あふれる「ビジネス笑顔」で耳元に囁いた。
「明莉さん。……悲しむのはまだ早いと思うの。松居先生が禁止したのは、あくまで『学校敷地内での無断投稿』です」
「――もし貴女が、我が『菊堂神社』の公式インフルエンサーとして、私の全面協力(※ただしパンツは映さない)のもと、境内で本物の蹴鞠の神業動画を世界へ発信するというのであれば……アカウントの再作成、お手伝いしても構わないですよ?」
「ええっ!? 菊堂神社の公式アカウント……!? 菊鞠ちゃんの神キック、また撮ってアップしていいの!?」
「ええ、神社の『正当な広報活動』ですから、校則違反には当たらないでしょう。――ただし、交換条件です」
菊鞠はブレザーのポケットから、書類をスッと取り出し、まつりの前に差し出した。
「明莉さん。ここに『新規会員』として、自筆のサインをお願いします(にっこり)」
「あーし、ケマリなんてやったことないんだけど!?」
「名前も『まつり』だし、我が神社の例祭を、お祭り騒ぎで華やかに盛り上げてくれるって信じてるからっ!……さあ、ペンを取って。これが、貴女の新しいインフルエンサーへの第一歩よ!」
にっこりと優雅に、けれど1ミリの退路も残さずに微笑む菊鞠。
「うう、菊鞠ちゃん、おっとりしてるのに悪魔だぁぁ〜〜っ!」
まつりは泣きながら蹴鞠保存会の入会届にサインをさせられるのだった。
(ふふ、これで若い会員をまた一人、合法的に入会……!)
菊鞠が内心でガッツポーズを取っていると、松居先生が腕組みをしたまま、椛たちに向けて最後の条件を突きつけた。
「さて。これで活動の言い訳は立ちますが――今後、正式に『サッカー同好会』としての活動を認められたいのであれば、部規律に則り、部を監督する『教員の顧問』を今すぐこの場で立てなさい。それが条件です」
「顧問……っ!?」
椛、牡丹、萩子の三人がガタッと顔を見合わせた。入学したばかりの一年生、今から引き受けてくれる奇特な先生のアテなど、あるはずがなかった。
(……ふふ、アテなら、目の前にいるじゃないですか!)
行き詰まる一同の横で、所在なげに「うう、大変なことになっちゃったなぁ……」とオロオロしながら、ジャージの袖をいじっている人物。
新任の副担任にして、健康美あふれるハツラツとした――『体育教師』の、三芳野 咲桜里先生。
その姿をロックオンした瞬間、菊鞠の『蹴鞠ガチ勢としての打算』が再び火を吹いた。
(……三芳野先生は新任の『体育教師』。つまり、筋肉の仕組みや体幹トレーニングや、長時間走り続けるための最新のスポーツ科学のノウハウを知っているのでは!? )
(先生を顧問にして、その知識を私が教えてもらえば――三日三晩蹴り続けるといわれる《蹴鞠の舞》を――蹴り続けられる『神の領域のスタミナ』が手に入るんじゃ……!?)
これ以上ない、二人目の極上の素材がすぐ隣にいた。
菊鞠は満面のビジネス笑顔を浮かべると、スッと三芳野先生の前に歩み寄る。
――ガシッ!
「えっ、何なに!?神酒盃さん、なんですかっ!?」
急に腕を掴まれてパニックになる三芳野先生をよそに。
菊鞠は手を上げた。
「松居先生! 素晴らしいアイデアがあります! そこにいらっしゃる、ハツラツとして生徒想いな三芳野先生が、私たちのために喜んで『サッカー同好会』の顧問を引き受けてくださるそうです!」
「ええええええっ!? わ、私ぃぃぃぃっ!?!?(聞いてないよ!)」
突如として顧問に指名された三芳野先生が、文字通り飛び上がって目を丸くした。
「そ、それは本当ですか、三芳野先生? 貴女が面倒を見てくれるなら、生徒指導部としても安心ですが……」
「さすが体育の先生だ! 頼みます、三芳野先生!」
「お上品な私たちの監督役として、これほど相応しい方は他にいませんわ!」
「みよセンしか勝たん! 飴ちゃんあげる!」
椛、牡丹、萩子がグイグイと便乗し、カスミにいたっては萌え袖からチャッパチュプスを差し出す始末。
「ううう、わ、私、まだ赴任してきたばかりで、サッカーの戦術なんて全然教えられないよぉ〜〜っ!」
「問題ありません。先生には、私たちの『フィジカルトレーニング(足腰の強化)』だけを、死ぬ気でしごいていただければ問題ありません(※ただし個人的な打算のもと)」
おっとりと微笑みながら、三芳野先生の退路を完璧に断裂していく菊鞠。
「……ううう、私、なし崩し的にもの凄い厄介ごとに巻き込まれてる気がするよぉ〜〜っ!」
頭を抱えて涙目になる新任体育教師の悲鳴が、生徒指導室に虚しく響き渡る。
よし、これで自分の打算(保存会の生贄と、フィジカル知識の搾取)はすべて完璧に完了した――と菊鞠が満足げに胸を撫で下ろした――まさにその時だった。
「――神酒盃さん」
後ろから、松居明良先生の冷徹な声が降ってきた。
「はい?」
「貴女が今、明莉さんに書かせたのは『神社の蹴鞠保存会の入会届』でしょう。そして、三芳野先生を篭絡して満足している場合ではありませんよ。――サッカー同好会の新規活動申請書、今なら私がすぐに生徒指導部としての判子を取り付けます。設立に必要な人数は最低『五名』。明莉さんと種村さんの合計六名、今すぐこの場で申請書を準備してきなさいっ!」
「――っ!? ぶ、部活の申請書は、椛さんたちが持っているはずで……!」
「あはは……ほら、神酒盃くん。さっき牡丹くんに怒られた通り、僕らまだ紙自体をもらってなくてさ……」
「貴女という人はーーーーーっ!!(怒)」
今度は菊鞠が般若の顔になって椛の胸ぐらを掴みそうになる番だった。
こうして、下心とやらかしが100%交錯したまま、前代未聞の『サッカー同好会』が、ドタバタの怒号の中で正式に産声を上げたのだった――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「知っているのか、ボッタン!?」】
次回、新章の五光編になります。
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
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