「あちゃ〜……。じゃあ、完全に『ケストフエール』が発動しちゃってるんよ……」
「まずは、明莉さん――その動画は今すぐ、この場で完全に削除(アカウントから消去)しなさい」
「は、はいっ! 今すぐ消しますっ!」
まつりが大慌てでスマホを操作し、ネットの海から問題の動画を削除した。
ピコンピコンと鳴り続けていた不快な通知音がようやく止まり、菊鞠は「ふぅぅぅ……」と本日一番の安堵のため息を吐き出して胸を撫で下ろした。
世界への恥の垂れ流しは、これでようやくストップしたのだ――。
「――あの、マツリス……消した?」
静まり返った室内で、長いカーディガンの萌え袖から指先を出したカスミが、ゴクリと唾を飲み込んでボソッと呟いた。
口元のチャッパチュプスの棒が、不穏にピコピコと揺れる。
「うん、完全にデリートしたよ! ほら、跡形もなーし!」
「あちゃ〜……。じゃあ、完全に『ケストフエール』が発動しちゃってるんよ……」
「……けすとふえーる? ド◯えもんのひみつ道具?」
菊鞠が怪訝そうに首を傾げると、カスミは顔面蒼白のまま、がたがたと言葉を震わせた。
「違うんよ、神酒盃ちゃん……! ネットの世界には不磨の定理があってね……。バズった動画は『消すと(さらにコピーされてネットのあちこちに)増える』の法則――通称『ケストフエール』の呪いが発動するんよ……! もう手遅れなんよ……!」
ピキィィィィン、と生徒指導室の空気が、今日一番の冷気で凍りついた。
――ギロリ。
松居先生の眼鏡の奥の眼光、そして隣に立つ牡丹の般若の視線が、余計な爆弾発言をしたカスミへと一斉に突き刺さる。
「ひ、ひえっ……! ご、ごめんなさいんよぉぉぉ……!!」
自分の口癖を完全に恨みながら、再び萌え袖で顔を覆って縮こまるカスミ。
(増える……? 私の、あの風でめくれた下着の動画が、消したことによってさらに世界中に増殖して拡散され続けてるっ……!?)
終わった。私の清らかなる乙女のプライドは、本日を以て地球上から完全に消滅。
【悲報】神酒盃菊鞠、終了のお知らせ。
菊鞠はついに耐えきれなくなり、恥ずかしさと絶望のあまり机に突っ伏して、そのまま動かなくなった(菊鞠のライフ=0)。
「……小倉さんの言う通り、一度ネットに流れたものは完全に消えることはありません。すでに学校の特定も進んでおり、職員室には問い合わせの電話が入っている状態です」
松居先生は大きくため息を吐くと、腕組みをしたまま、今度は椛たちを見つめた。
「本来なら、規律を乱した罰として、貴女たちの『サッカー同好会』は即時解散、活動禁止処分にするところですが……」
「動画を撮影した人、そして拡散した者は、同好会の会員ではなく今回は被害者であること。――同好会側に非があるとすれば、認められた活動の範囲外で練習を始めたこと。これも、れっきとした規律を乱した行為には間違いありません」
松居先生は「頭が痛い」とばかりに、指でこめかみを強く押さえた。
「――C組の、蝶名林さん。だったわね」
「――はいっ!」
松居先生から突如名指しされ、背筋をピンと極限まで伸ばして返事をする牡丹。
そんな牡丹へ向けて、松居先生は腕組みをしたまま、冷徹な追及の言葉を突きつけた。
「部活動、あるいは同好会の新設に必要な『新規活動申請書』ですが、まだ未提出のようですね」
「――っ!?」
――バッ!
指摘されて、牡丹は隣に立つ椛のほうを猛然と睨みつけた。縦ロールが怒りで激しく揺れる。
「椛さんっ! 貴女まさか、まだ新規同好会の申請書を提出していなかったんですのっ!?」
「あはは……ほら、僕らも色々忙しかったんだし、さ」
「『忙しかった』って、貴女、四六時中サッカーボールを蹴るか、神酒盃さんを追い回してばかりだったじゃありませんの!」
「わたくし、貴女が――『牡丹くん、申請については僕に任せてくれ(※完璧な宝塚キザ声)』――と仰るから、すべてお任せしましたのよっ! それを! 貴女という人はっ!!」
今にも掴みかからんとする剣幕で、椛に詰め寄る牡丹。
だが――牡丹が怒りのあまり無意識に演じた椛のキザ声の真似が、あまりにも、あまりにも本人に似すぎていた。
「!?!? ちょ、ちょっと、皆さん、何がおかしいんですの!?」
激怒する牡丹の横で、張り詰めていた室内の空気が一瞬にして大決壊した。
「ぶふっw ボッタン、モミィの真似、クソ上手いじゃん!」
萩子が豪快に茶化して笑う。
「ちょっ、お腹痛いwwwwww 蝶名林パイセンっwwwwww 鹿戸パイセンのモノマネ似すぎwwwwww 大優勝なんよおぉぉぉwwwwww」
カスミもカーディガンの萌え袖を激しく振り乱し、口元のキャンディの棒をピコピコと激しく揺らしながら大爆笑して追従する。
先ほどまでの絶対零度だった空気が一転、生徒指導室の中に一瞬にして和やかな笑いの渦が流れ始める。
菊鞠もおっとり澄ました顔の裏側で、(ふふっ、蝶名林さん、高飛車令嬢かと思ったけれど――意外とお茶目で面白い方なのね……)と、彼女たちへの心の壁がまた少し、優しく融解していくのを感じていた。
「くすっ、ふふ……ごめんなさい、蝶名林さんの物真似が、あまりにもおかしくて……」
なんと、あの般若のようだった松居先生までもが、口元を資料で隠しながらプルプルと笑いを堪えていた。
コホン、と小さく咳払いをして、松居先生がようやくいつもの落ち着きを取り戻し、牡丹を見つめる。
「そうね、蝶名林さんのようなしっかりされた方が、部活動の申請書を出していなかったのは少し意外だったのですが……そういう事情なら理解しました」
「……お恥ずかしい限りですわ、先生」
「ですが、その『部活動の申請書が未提出だったこと』が、今回は逆に――怪我の功名、プラスに働いている、とも取れるわね」
「え……? それは、一体どういうことですの?」
牡丹が不思議そうに小首を傾げる。
松居先生は腕組みを解くと、デスクの上のバズり動画を指差して、不敵に微笑んだ。
「部活でも同好会でもない、ただのいち生徒たちが、昼休みに中庭でボールと戯れていただけ――という言い訳が、今ならまだ100%通る、というお話なんですよ」
「「「……っ!!」」」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「うう、菊鞠ちゃん、おっとりしてるのに悪魔だぁぁ〜〜っ!」】
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
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