「……よくは、ないです。……ウチ、最低ですぅ……」
「――いえ。おかげで、動画が投稿された大体の経緯と、悪気がなかったという状況だけはよく把握できました」
「……ですが、どうやらこの中で、一番ネットリテラシーの指導が必要なのは、明莉まつりさん。貴女のようですね」
松居先生の、眼鏡の奥の鋭い眼光が、まつりを真っ直ぐに射抜いた。
「えっ!? あーし!? なんで!? 意味わかんなくない!?」
突如として主犯宣告を受けたまつりは、大慌てで助けを求めるように周囲を見回した。
だが、その場の誰もが「まぁ、仕方ないよね」「そうなるよね……」という納得の視線を返してくる。
特に、隣の牡丹からは、あからさまな敵意を孕んだ鋭い視線がキッと突き刺さっていた。
菊鞠はといえば、自分の下着を全世界に晒された今回の最大の被害者なのだが――。
入学早々にいきなり四面楚歌となってしまったクラスメイトの姿を見ると流石にいたたまれなくなり、そっと気まずそうに視線を外すのだった。
「そうですね。順番を追ってお話しましょうか。――まず、種村さん」
「は、はひっ!」
蛇に睨まれた蛙のように、カスミがビクッと小さな身体を跳ねさせた。
これほど激しく怯えているのに、よく口元のチャッパチュプスの棒を床に落とさなかったものだと、菊鞠は妙なところで感心してしまう。
「貴女は、『この神動画を撮影しないのは神に対する冒涜』と仰いましたね」
「――ですが種村さん。貴女は撮影をする際、被写体である鹿戸さんや神酒盃さんたちに、ちゃんと事前の承諾を得たのですか?」
「――それは……して、ませんでした……」
萌え袖の先をぎゅっと握りしめ、カスミが蚊の鳴くような声で白状する。
「でしたら、いくら悪気がなかろうと、この動画は法的・倫理的に“盗撮”という扱いになってしまう。それは理解できますね?」
「――っ!! ……はい」
「貴女は、盗撮……言い換えれば『盗品』をこっそり眺めて悦に浸る、そのような卑しい在り方でご満足なさるの?」
「……よくは、ないです。……ウチ、最低ですぅ……」
国語の教師らしい、気品があるからこそ胸に深く突き刺さる松居先生の言葉に、カスミは完全にノックアウトされてうなだれた。
「そうよね。分かってくれればいいのです。でしたら、これからはこのようにご本人の承諾を得ていない撮影は、絶対に、お控えなさいな」
「はいっ……」
「さて。問題は次です。……明莉さん」
松居先生の鋭い視線が、ついに本丸であるまつりへと移動した。
「……はい」
クラスメイトやサッカー同好会のメンバーからの痛いほどの視線を一身に受け、先ほどまでの「フォロワー3万人増ラッキー!」という元気は、まつりからすっかり消え失せていた。
「入学式の日、ロングホームルームの自己紹介で貴女がなさったお話――『TickTack』での動画撮影が趣味だという言葉。私も、昨日のことのように実によく覚えていますよ」
「……あ」
「そしてその時、私は貴女に……いえ、そうではありませんでしたね。Bクラスのクラスメイト全員に対して、何と言ったか、正確に覚えてらっしゃる?」
「――――――!!」
まつりの背筋に、ドッと冷たい汗が噴き出した。
松居先生は腕組みをしたまま、国語教師らしい明瞭で厳しい声で、当時の言葉を完璧に暗唱してみせた。
「『SNSの視聴や投稿という趣味、それ自体は否定しません。ただ、動画の投稿や扱い方を間違えると、友人や学校、何よりも皆さん自身を危険に晒すトラブルの原因となります」
「――特に、許可なく学校敷地内で動画を撮影・拡散するような『規律を乱す行為』は厳禁。ネットリテラシーをしっかり持って利用してください』――こう、お話ししたはずですが、どうですか?」
松居先生が、デスクの上のタブレットをコンコンと指先で叩く。
「今回の一件は、まさにこの時に私が注意したことの『全て』。伝統ある八々花女子高の敷地内でゲリラ撮影を行い、全世界へ無断拡散した、弁解の余地なき『規律を乱す行為』そのものではなくて?」
正面から突きつけられた、あまりにも完璧な大ブーメラン。
(うわあああああ……! 松居先生、自分の言ったセリフを恐ろしい精度で暗記してる……! 記憶力が神の領域っ……!)
菊鞠はおっとり澄ました顔の裏側で、先生の覇気にブルブルと震えていた。
同時に、画面の中で今もピコンピコンと再生数を伸ばし、自分の下着が世界中の七万人に『共有』し続けている動画の存在を思い出し――恥ずかしさでまた頭から湯気が出そうになる。
生徒指導室がシーンと静まり返る中、まつりはついに完全にうなだれ、自分のしでかした事の重大さに肩を震わせた。
「――はい。そのとおりです。……あーし、本当にサイテーなことをしちゃいました。それなのに、さっきまでバズって浮かれたりして……ホント、自分にやんなっちゃう……!」
涙を浮かべ、今度こそ本気で大猛省するまつり。
悪気は1ミリもなく、ただ推し(鹿戸っちしか勝たん!)の尊さを広めたかっただけのお調子者だったからこそ、その涙の謝罪には、嘘偽りがなかった。
「……分かってくれれば、良いのです。貴女たちに悪意がなかったことだけは、今の言葉でしっかりと伝わりましたからね」
まつりの涙を見て、松居先生の般若のような表情が、ほんの少しだけ大人の教師としての優しいものへと緩んだ。
「さて。経緯と反省は、これで全員の確認が取れました。……ここからは、この『大バズりしてしまった動画』の処遇と、これからの皆さんの活動についての本題に入りましょうか」
松居先生がそう言って、隣でオロオロと立っていた副担任の三芳野先生へと、意味深な視線を向けるのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「あちゃ〜……。じゃあ、完全に『ケストフエール』が発動しちゃってるんよ……」】
どうぞお楽しみに!
――
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