「カスミんの言う通り『神に対する冒涜』なら、世界に布教して人類全員で共有しないのも同じくらいギルティじゃん!」
「――1年C組の蝶名林牡丹、ほか5名、参りました」
牡丹が、生徒指導室の重厚な引き戸をコンコン、と鋭くノックした。
「――どうぞ、お入りなさい」
部屋の奥から返ってきたのは、僅かな言葉。
けれど、そこから漏れ出る「本気で怒気を押し殺した覇気」が空気を通じてビシビシと伝わり、菊鞠はヒッと息を呑んだ。
「……終わった。ウチの高校生活、完全に終わったわ……」
隣の小倉杏にいたっては、その一言だけで魂が口から抜け落ちたように顔面蒼白になっている。
「……失礼します」
牡丹が戸を引いて室内に入ると、そこは普段の穏やかな様子からは想像もつかない、眉間に深い皺を寄せた松居先生が、腕組みをしてどっしりと座っていた。その隣に座るのは、C組担任の梅原先生。
さらにその傍らには、副担任の三芳野先生と、C組副担任の安代先生が、困惑した表情で所在なげに立っていた。
新任の三芳野先生などは、気の毒なほど肩をすぼめている。
「――ここに呼ばれた理由は、ご存知ですよね?」
極力、感情を排した冷徹な声で松居先生が問う。
「…………そうですわね。昨日の、中庭でのボール遊びではないのでしょうか」
菊鞠たちが固唾を呑んで見守る中、同好会を代表して牡丹がアタマを下げて対応した。
「それは、半分は正解です。ですが、学校敷地内での無断のボール蹴りなど、さほど大きな問題ではありません」
「その様子だと、まだ自分たちが何をしでかしたか、本当にご存じないようね」
松居先生が、所在なげに立っていた三芳野先生へと視線を送る。
「――!……は、はい。」
三芳野先生がオロオロしながら手元のタブレットを操作し、その画面を菊鞠たちのほうへと向けた。
液晶画面に映し出されていたのは――昨日の中庭での、あのゲリラ練習風景。
しかも、よりによって、菊鞠がローファーの硬いカカトで《後ろ鞠》を鮮やかに決めた、まさにその瞬間だった。
スピンがかかって舞い上がるボール。
ひらりと円を描いて美しく翻るプリーツスカート。
――底の硬いローファーでの奇跡の神キックと、そして、春の突風によって無慈悲にふわりとめくれ上がった、
『菊鞠のスカートの中身』
(うわああああああ!!!!)
自分の下着が映り込んだ問題のシーン。
よりによって生徒指導の教師陣とクラスメイトの全員で大画面鑑賞させられるという、人生最大の公開処刑。
菊鞠は顔を耳の裏まで真っ赤に紅潮させ、あまりの恥ずかしさに脳溢血で倒れそうになっていた。
ピコン、ピコン――。
画面の右下では、高評価のハートのカウンターが今も電子音を立ててリアルタイムで数字を加算させ続けている。
それは間もなく『七万』を突破しようという恐ろしい勢いを見せていた。
「うっひょ~~! すっげえ!! なにこれ、アタシたちの動画!?誰が撮ったの!?めっちゃバズってるじゃん!!」
見たこともない数百万再生の数字に、純粋に無邪気に喜ぶ萩子。
「……なるほど、こんな動画が拡散されていたなら、呼び出されたのも納得できるね」
得心がいったという顔で顎に手を当てる椛。
「…………いつの間に、こんなものが撮影されていたのですの!?」
そして、ギリッと奥歯が砕けんばかりの音を立てて憤慨する牡丹。
牡丹の顔は、すでに松居先生の般若の表情が100%伝染したかのようだった。
「それについては……明莉さん、種村さん。貴女たちが一番、よく分かっているのではなくて?」
松居先生の鋭い眼光がBクラスの二人に向けられると、カスミはビクッと小さな身体を震わせた。
「――ウチは……ウチはただっ! 鹿戸パイセンと神酒盃ちゃんの、あの国宝級のボール蹴りをマイフォルダに永久保存したかっただけなんよ!……あんな美しい神画面を見ちゃったら、録画して保存しないのは、神に対する冒涜だっておも、思ったんよぉぉぉ……!!」
ボロボロと大粒の涙を零しながら、長いカーディガンの萌え袖で必死に顔を拭って弁明するカスミ。
口に咥えたチャッパチュプスの棒が、涙と一緒にガタガタと情けなく揺れている。
対する、真の戦犯――まつりはというと。
「――それって、なんか問題なんですか?」
ポカンと首を傾げて、驚くほどケロリと言い放った。
その瞬間、生徒指導室の室温が、一気に絶対零度の氷点下にまで叩き落とされるのを菊鞠は肌で感じ取った。
「やーーー……だってさ、こんな神動画を見ちゃったら、ネットに投稿するしかないっしょ! カスミんの言う通り『神に対する冒涜』なら、世界に投稿(布教)して人類全員で共有しないのも同じくらい罪じゃん!」
「一緒にしないでほしいんよお!! ウチは、マイフォルダにひっそり保存しといて、夜中にお布団の中で時々見返して『ふふふ……眼福ぅ……』って満足できればよかっただけなんだし!!」
「え〜……あーしはみんなで『鹿戸っちしか勝たん!』ってキャッキャしたかったんだもん! 共有してこそじゃん!」
お互いの「オタクとしての布教論」を熱く語るあまり、生徒指導の教師たちの目の前だということも忘れ――いつの間にか、いつもの教室のような騒がしさで言い合いを始めるまつりとカスミ。
「お静かになさい!!」
ギロリ、と牡丹が般若の目で二人を睨みつけ、凄まじい一喝で黙らせた。
瞬時に静まり返る室内。牡丹はすっと姿勢を正すと、
「――失礼いたしました。先生、どうぞお続けください」
と、上品に言葉を教師側へと譲る。
(……すごい。蝶名林さん、完全にこの部屋の主導権を握ってる……)
松居先生は、そんな1年生たちのどこかコミカルで凸凹なやり取りを見つめ、ふぅ、と小さくため息を吐き出した。
「――いえ。おかげで、動画が投稿された大体の経緯と、悪気がなかったという状況だけはよく把握できました」
「……ですが、どうやらこの中で、一番ネットリテラシーの指導が必要なのは、明莉まつりさん。貴女のようですね」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「……よくは、ないです。……ウチ、最低ですぅ……」】
次回、新章の五光編になります。
どうぞお楽しみに!
――
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