(一瞬だけ風でめくれた下着が世界中の五百万人に見られちゃってるんだよ……!?)
中庭でサッカー同好会の、記念すべき最初のゲリラ練習を行った、まさに翌日の放課後。
ピンポンパンポン♪
「――今から名前を挙げる生徒は、至急、生徒指導室まで来るように」
お馴染みの軽やかなジングルの直後、それとは完全に反比例した、ピリピリとした重苦しい緊張感を孕んだ声がスピーカーから校内中に響き渡った。
「1年B組――明莉まつり。種村カスミ。神酒盃菊鞠」
自分のクラスと名前が呼ばれた瞬間、菊鞠はビクッと肩を跳ね上げ――。
同じく呼び出されたカスミは、包装フィルムを剥いて咥えたばかりのチャッパチュプスを口から落としかける。
菊鞠とカスミは、お互いの顔を見合わせた。
「続いて、一年Cクラス――猪目萩子。鹿戸椛。蝶名林牡丹。――以上六名、繰り返す。至急、生徒指導室へ――」
ブツッ、と冷徹に切れる放送の音。
今日も放課後はサッカー同好会の活動を――。
そんな四人の出鼻を完全に挫くような、最悪のタイミングでの校内放送。
だが、菊鞠には、この異常な呼び出しの『本当の理由』が、嫌というほど分かっていた。
【お嬢様学校の制服ローファー女子が、重力を無視してサッカーボールを操り、おまけに春風でスカートがふわりと舞う奇跡の5秒動画】
カスミが軽い推し活のノリで撮影し、まつりがこれまた軽いノリでネットの海へ放流したあの隠し撮り動画は、一晩にして5五百万再生を突破。
背景に映り込んだ歴史ある校舎や、特徴的な制服から、ネットの特定班によって一瞬で『八々花女子高』の名前がすでに暴かれていた。
そして今や世界中のサッカーファンや海外のプロ選手から「この東洋の少女は何者だ!?」と怒涛のリポスト(拡散)をされ続けているのだ。
(………………終わった。私のバラ色の女子高ライフも、蹴鞠保存会を盛り立てる計画も、蹴鞠の舞の復元も、何もかもが本日を以て木っ端微塵……!さようなら、短かった私の理想郷……)
『学校敷地内での動画投稿は規律違反として厳禁!』という松居先生のあの恐ろしい警告が、地球上で一番最悪な形でブーメランのように突き刺さっている。
世界中に自分の顔。
ローファーの背面神技。
そして何より『ハプニング』が完全配信されてしまったという、耐え難い羞恥と絶望。
菊鞠にとって、スピーカーから流れたその声は、優雅な理想郷から引きずり下ろし、生涯消えない黒歴史の生き地獄へと誘う――本物の『悪魔の処刑宣告』に他ならなかった。
「……え、嘘、なんでウチまで……? 昨日の中庭の球蹴り、1ミリも参加してないのに……。ただ教室の窓から飴ちゃん食べながら動画撮ってただけなのに、なんで生徒指導室に連行されてるのぉ……?」
カスミがずるずると長いカーディガンの萌え袖を震わせ、口元のキャンディの棒をガタガタと揺らす。その大きな瞳には、リアルな絶望の涙が浮かんでいた。
「明莉さんが、その動画をTickTackへ無断転載したからでしょうね。完全に連帯責任ですね、コレ」
教科書をカバンに仕舞いながら、菊鞠は白目を剥きそうな衝動を必死に堪えて答えた。
同時に、今朝の登校中に青ざめたあやめから、動画アプリ『TickTack』の画面を見せられて卒倒しそうになったあの最悪の瞬間を思い出し、菊鞠の脳内にカーーーッと凄まじい勢いで血が上る。
「――え〜? カスミん、ひまりん、そんなに怯えなくても大丈夫だって! 怒られるって言っても、ちょろ~っと注意を受けるだけっしょ?」
二人の横で、動画をネットの海へ放流した真の主犯――明莉まつりだけは、スマホをいじりながら、驚くほど軽い調子でケラケラと笑っていた。
(だって、あの動画、一晩で五百万再生だよ!? アタシの『TickTack』のアカウント、フォロワーが一気に三万人も増えちゃったもんね! 学校にバレたのはちょっび~っとヤバい感じけど、これでもしアタシがインフルエンサーとしてデビューできちゃったりしたら……ラッキーなヤツじゃん!)
自分が学校全体を震撼させる特大のスキャンダルを引き起こした戦犯だという自覚は、今の彼女には1ミリもない。
インフルエンサー気取りでニヒニヒと笑うまつりを、カスミは咥えていたチャッパチュプスを噛み砕かんばかりの目で見つめ、心の中で猛烈に頭を抱えていた。
(こンの、お調子者ぉぉぉ……! ネットリテラシー皆無なんよ! ウチが録った鹿戸パイセンの国宝級映像と、菊鞠ちゃんの奇跡のパンチラハプニング動画が、一晩で五百万人に拡散されて世界中でお祭り騒ぎになってるんよ!? 学校が『ちょっとの注意』で済ますわけないんよ! 完全にこれ、ウチら退学の危機なんよーーっ!?)
ネット事情に明るいオタクだからこそ、これから生徒指導室の扉の向こうで待ち受けている「本物の地獄」の重さが、杏には手に取るように分かっていた。
隣を歩くまつりの脳内お花畑な横顔をチラリと見つめ、菊鞠の拳もまた、別の意味(羞恥と殺意)でピキピキと震える。
(お気楽すぎるのよ、明莉さん……! 貴女がフォロワーを増やしてキャッキャしている裏で、私の妙足《後ろ鞠》と、一瞬だけ風でめくれた下着が世界中の五百万人に見られちゃってるんだよ……!? こんなの、万死に値するでしょうに……!)
観念してBクラスを後にした三人は、西校舎の長い廊下を歩いていく。すると、向こう側の階段から、同じく呼び出された一年Cクラスの三人が怪訝そうな顔で近づいてくるのが見えた。
「やあ、神酒盃さん。……君たちも呼び出されたんだね。どうして僕たち六人がピンポイントなんだろう。やっぱり、昨日の中庭での練習が原因なのかな?」
「そうなん……? でも、アタイら、昼休みにボールと戯れていただけじゃん」
高身長の椛と萩子が、これまた呑気な見通しを口にする。
「……そうですわ。ただの球蹴りですもの、行けば分かりますわよ。ほら、椛さん、萩子さん、少しは神妙な顔をなさい」
縦ロールをピコピコと揺らしながら、牡丹がため息を吐いて3人をリードする。
完全に魂が抜けかけている菊鞠。
事の重大さに気づいて、連帯責任の恐怖に泣きそうな杏。
フォロワー三万人増の余韻でムフムフと笑うまつり。
そして、ただの校則違反の注意だと思って堂々と歩く椛たち。
強烈すぎる「それぞれの思惑」を孕んだまま、六人はついに、運命の『生徒指導室』の重厚な引き戸の前へとたどり着いた。
「失礼いたします――」
牡丹が戸を引いた瞬間、部屋の奥から、室内の空気を一瞬で氷結させるような、凄まじい「般若の覇気」が吹き抜けてくるのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「カスミんの言う通り『神に対する冒涜』なら、世界に布教して人類全員で共有しないのも同じくらいギルティじゃん!」】
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
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