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「私たちの覇道の邪魔をするなッ!」

「……エグすぎない? ガチで言ってる? たった3分であーしらのディフェンスライン、何もさせてもらえずに崩されるとかワンチャン詰んでない……?」


 八々花のベンチ裏、まつりは手の中のスマホを握りしめたまま、カクテル光線に照らされたピッチを見つめて呆然と呟いた。

 液晶画面の向こう、神園の白いユニフォームが歓喜に揺れる光景が、まるで現実のものとは思えなかった。


「……これが、全国連覇を狙う王国のシステムなんよ」


 カスミは口の中のチャッパチュプスを噛み砕くことすら忘れ、血の気の引いた顔でノートPCの画面に視線を落としていた。

 指先がキーボードの上で小さく震える。


 画面に表示されているのは、先ほどの失点シーンのデータ。

 完全に海沙悠理のデータにハメられ、中盤の茉優・シャロンの一突きで、右サイドから中央へと陣形の歪みをミリ単位で抉り取られていた。


「個の暴力だけじゃないわ。完璧に規律(ドロー)された組織のハメ殺し。データで分かっていても、ピッチの上でこれを3分で実行されたら、防ぎようがない……っ」


 ベンチの最前列。

 深く腰掛けた桐子は、ジャージの上から自身の右膝を、爪が食い込むほどの力で、引きちぎらんばかりに握りしめていた。


 カクテル光線の下、楽しげにマザー・グースを口ずさむアリスの背中が、酷く遠くに見える。

 かつて自分が10番を背負い、その中心にいたはずの王国。


 アリスは今、その王国の新たな主役として完璧に世界を規律してみせたのだ。


(アタシの、アタシの身体がもし、万全だったら――英子のあのステップの前に、割り込んでパスの旋律を書き換えられたのに……っ)


 悔しさと歯痒さで、奥歯がミシリと音を立てる。

 天才ファンタジスタゆえの、そしてかつて同じピッチで戦った仲間だからこその焦燥。


 だが、その桐子の狭まりかけた視界を遮るように、す、と影が前に立った。


 天堂監督だ。


 彼女は腕を組んだまま、静かに、しかし鋭く夜のピッチを見つめていた。

 その横顔には、古巣に先制された動揺など微塵もない。


「たら、ればで勝てれば苦労しないわ。いまピッチで戦っているのは誰? 鳳、彼女たちを信じて見守るのよ」


「っ……、はい、監督」


 天堂監督の低く、静かな一喝。

 それは桐子の焦りをパージし、冷徹な戦術眼を呼び戻すには十分な重みを持っていた。


 そう、まだ試合は始まったばかりだ。

 ハンプティ・ダンプティのように粉々に砕け散ったわけではない。


「――皆、まだ1点だ。十分返していける!」


 夜空を引き裂くような、凛とした、そしてあまりにも劇的な絶叫がスタジアムに響き渡った。

 ベンチにいた全員の視線が、そしてスタジアムのカメラワークが一斉に、ピッチ中央へと引き戻される。


 叫んだのは、キャプテンの椛だ。


 172cmの長身。


 カクテル光線を全身に浴びたその佇まいは、まるで絶望的な劇の最中に、スポットライトを背負って登場した宝塚のトップスターそのものだった。

 椛は腰に手を当て、凛とした佇まいで、失点に肩を落としかけていた八々花のイレブンへと真っ直ぐに視線を送り、不敵に唇の端を吊り上げる。


「最初の3分を神園(あちら)の独壇場にさせてしまったけれど、舞台はまだ幕が上がったばかりさ! 最高の悲劇を最高の喜劇(エンターテインメント)に変えるのが、うちら八々花のフットボールだろう? 落ち込んでいる暇なんてない、僕たちのステップで、あの綺麗な王国を僕たちの色に染め上げてやろうじゃないか!」


 その言葉、その圧倒的な華。


 その言葉、その圧倒的な華。

 アリスの放ったマザー・グースの呪歌を一瞬で払拭するような、主将の猛々しいまでの気高さに、八々花イレブンの瞳に再び鋭い炎が灯る。


「……ハッ。心配するなと、試合前にも言ったはずだ。桐子が来るまで、俺のゴールはこれ以上簡単には破らせない」


 ゴールマウスの前で、千鶴がグローブをパン、と叩いて不敵に口角を上げた。


 その瞳には一片の怯えもない。

 カクテル光線の向こう、ベンチで膝にタオルをかけた桐子を見据え、その約束を果たすために、再び冷徹な守護神の眼光を取り戻す。


 センターサークルにボールがセットされる。


 白緑の芝生の上、ボールの前に立ったのは椛、そしてエースの柳だ。


 神園の布陣を睨みつける柳の横顔に、かすかに獰猛な笑みが浮かぶ。その後方で、菊鞠はただ静かに、その瞬間を待ち構えて呼吸を整えていた。


――ピピッ。


 主審のホイッスルが夜空に短く鳴り響く。


 それを合図に、椛が右足でボールをチョンと前方へ転がし、並び立つ柳がそれをダイレクトで、ふわりと浮かせた美しい低空のロブパスとして後方へと配給した。


 八々花のキックオフにより、ついに反撃の歯車が回りだす。


 夜空に弧を描くような柳の浮き球のパスが、センターサークルのすぐ後ろで待ち構えていた菊鞠の足元へと正確に届く。


 次の瞬間――。


 神園学園の守備ブロック、クラブのKを背負う神田瑠衣が、最強のフィジカルを誇る大柄な身体を弾丸のように連動させ、その圧倒的な運動量で菊鞠を圧殺せんと猛然と間合いを詰めてきた。


「私たちの覇道の邪魔をするなッ!」


 地響きが聞こえそうなほどの神田瑠衣のプレス。――だが、菊鞠は静かに笑みを湛えたまま、それに対峙する。


「ありっ」


 菊鞠は突っ込んできた神田の目の前で、空中にあるボールを右足の甲でフワリと、さらに夜空へ向けて優雅にすくい上げた。

 眩い白光を浴びた球体が、まるで意志を持ったかのように、さらに高みへと舞い上がる。


 神田の強靭な身体が空を切り、菊鞠はステップ一つでその突進を完璧にいなしてみせた。


「よう――おう、あり」


 ピッチの上に、菊鞠の凛とした「請い声」が、高く、晴れやかに響き渡るたび――。


 重力を忘れたかのように、浮かせたボールを今度は右足のインサイド、あるいは巧みな膝のコントロール、そして再び右足の甲へと滑らかに繋いでいく。

 左足は絶対にピッチから離さず、軸足として完璧な静謐を保ったまま、すべての空中戦をただ一本の右足だけで支配してみせる。


 それは、完璧にコントロールされた王国のフットボールを、空中からハメ返す異端のステップ。

 先制の絶望から這い上がった八々花イレブンの、本当の逆転劇がここから幕を開ける――。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 前回のアリスによるマザーグース煽りから一転、今度は八々花サッカー部による反撃が始まるまでの場面。

 神田瑠偉――イスカンダルモチーフということで、「私たちの覇道の邪魔をするなッ!」と叫ぶシーンですね。

 そういえば、少し前に、牡丹が萩子に対して「萩子にかかるとゴルディアスの結び目も形無し」と発言させましたが、神田瑠偉も同類なんでしょうか?

 そうすると萩子、碇蘭々と神田瑠偉の二人を相手にしなきゃいけないんですかね???


神園学園の《絶対の覇王》神田瑠衣が「私たちの覇道の邪魔をするなッ!」と叫んで猛然とプレスを仕掛けてくるシーンをお届けしました。

この神田瑠衣、クラブのKの絵札にちなんで、あの世界征服の英雄「イスカンダル(アレキサンダー大王)」をモチーフにしているキャラクターです。だからこその「覇道」なんですね。


 実は「神田瑠衣(かんだるい)」という名前、「イスカンダル(ISUKANDARU)」のローマ字を並べ替えたアナグラム(KANDARUI)になっていたりします! クラブのKにふさわしい、名前の時点で完璧に規律されたシステムを仕込んでみました。


 ――と、ここまで重厚な覇王設定を語っておいて何なんですが。


 実は筆者、静岡県民(しぞーか民)なんですけれど、静岡の方言で「かんだるい」って「身体がだるい、疲れて重たい」っていう意味があるんですよね。

 完璧なアナグラムで覇王の名前を構築したはずなのに、筆者の脳内では彼女が大暴れするたびに「お疲れ様です……ゆっくり休んでね……」と労いの気持ちが湧き上がってしまって、一人で密かにジワジワきています(笑)。

 静岡近郊の読者様、同じこと思ってたりしませんか?


「菊鞠の請い声によるリフティングシーン、かっけぇ!」

「神田瑠衣がイスカンダルモチーフって重厚すぎてゾクゾクする」

「『かんだるい』の静岡弁オチで全部持ってかれたwww」

と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、右足一本で王国の防衛線を切り裂きにいく次話(第161話〜)への執筆の大きな大きな励みになります!どうぞよろしくお願いいたします!

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