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「ボールも、あなた達も、全部まとめて落っこちるの。ハンプティ・ダンプティみたいにね♪」

 夜空へと溶けていくホイッスルの残響。

 その刹那、神園学園のキックオフによって、インターハイ女子サッカー競技・決勝戦の幕が切って落とされた。


 ボールの前に立つアリスが、不敵な笑みを浮かべたまま右足のインサイドでボールを後方へと転がす。


 バックパスを受けたのは、神園の心臓《微笑みの調律師》こと茉優・シャロン。

 シャロンは襲いかかる八々花のFW陣をまるで意に介さないエレガントな身のこなしで、タッチライン際へと、地を這うような正確無比なミドルパスを供給した。


「――来たねえ!」


 萩子が獰猛な笑みを浮かべてスプリントを開始する。

 神園のパスの先、その広大なスペースへ牙を剥いて突っ込んできたのは、ハートのJを背負う《深紅の戦斧》碇蘭々だった。


「――邪魔だよ、新参者がッ!」


 ――ドゴォッ!


 カクテル光線の下で肉体と肉体が激突する、凄まじい打突音が響いた。


 優れたフィジカルと直線最速の推進力を誇る萩子に対し、ハートのJを背負う《深紅の戦斧》碇蘭々は、激しい闘志を剥き出しにしたパワープレイで真っ向から身体をぶつけてきたのだ。

 互いの肩と肩が猛烈な勢いで衝突し、ユニフォームの生地が引き裂かれんばかりに軋みを上げる。


 スタンドの最前列で見つめる観客たちが、その衝撃波に思わず息を呑んだ。


「力比べってか、面白れぇ!――受けて立ってやんよ」


「調子に乗るなよ、昨日今日で部になったばかりの分際で! オレの圧倒的な暴力(フィジカル)は、お前らの小細工ごと叩き割るためにあるんだ!」


 萩子の執拗で泥臭いボディコンタクトに対しても、蘭々は強靭な体幹を1mmもブレさせない。

 それどころか、強引に萩子の体躯をねじ伏せるようにしてボールをキープし、さらに前線へと力強く踏み込んでいく。


 タッチライン際で繰り広げられる、お互いのプライドと骨肉を限界まで削り合う究極の肉弾戦。


「萩子、深追いするな! ラインを上げすぎるな!」


 最後方から千鶴の鋭い警戒の声が飛ぶ。


 だが、サイドで爆発した蘭々の圧倒的な推進力は、八々花の守備陣に強烈な心理的圧迫感を与えるには十分すぎた。

 バックラインを守る小梅や藤乃の意識が、一瞬だけ右サイドの激しい局地戦へと引き寄せられてしまう。中央のバイタルエリアに、わずかなエアポケットが生まれた。


 ――それこそが、王国のゲームメイカーが描き、待ち望んでいた完璧な盤面(ドロー)だった。


 蘭々が強引な反転から、背後へ鋭いバックパスを選択する。


 萩子の決死のスライディングを紙一重でかわしたボールは、中盤の底、完全にマークから外れてフリーになっていたシャロンの足元へと吸い込まれるように収まった。


 その瞬間、シャロンの脳内には、ピッチ全体を真上から見下ろすチェス盤のような光景が無機質に構築されていた。

 蘭々の暴力的突進によって、八々花のディフェンスラインがほんの数十センチだけ右に引きずられ、中央に致命的な「陣形の歪み」が生じている。


(美しいわ。これぞ王国の規律――安易に牙を剥いた代償を、その身に刻みなさい)


 シャロンの足元から、狂気すら感じるほどに冷徹なまでに洗練されたパスが放たれた。


「――陣形が、右に歪んでいますわよ!」


 牡丹が鋭く叫ぶのと、シャロンの放ったロースルーパスが小梅と藤乃の間を冷酷に貫いたのは、完全に同時だった。


 誰もいない八々花の裏のスペース。


 そこへ、カクテル光線を浴びた純白の閃光が、まるで最初からそこに現れることが決まっていた死神の影のように滑り込んできた。


 スペードのA(エース)。

 キャプテン、剣崎英子――アリスだ。


「言ったでしょう? ドードー鳥さん。手札の少ないあなたたちの動きなんて、すべて私たちの規律の上。――これで、チェックメイトよ」


 アリスの瞳に、冷酷な光が宿る。

 完璧に八々花のDFラインを単騎で解体し、千鶴と完全な1対1の局面を作り出したアリス。


 その右足が、夜のスタジアムの照明を反射して、しなやかに振り抜かれた。


(――舐めるなッ!)


 千鶴の脳裏に、怒涛の闘志が爆ぜる。


 超人的な反射神経で跳躍し、長い右手をゴール左上隅へ向けて限界まで伸ばした。爪の先だけでも引っかかれば、外へ弾き出せる――。


 だが、アリスの放った弾丸シュートは、千鶴の指先が夜空をかすめるよりも数mm早く、そして残酷にサイドネットへと突き刺さった。


 ――ビシィィィッ!!!


 ゴールネットが、引きちぎれんばかりに激しく揺れる。


 スタジアムを包んだのは、爆発的な大歓声……ではなく、あまりの電撃的な秒殺劇に、観客の全員が現実を理解できずに訪れた、真空のような「静寂」だった。


 夜空に浮かぶ巨大な電光掲示板の時計は、前半の開始からわずか3分を指したばかり。

 最初の小競り合いが始まった直後――神園はたった一度のチャンスで八々花を奈落へ突き落としたのだ。


「ねんねん、おやつの木の上のゆりかご♪  風が吹けば、ゆりかごがゆれる♪  枝が折れたなら、ゆりかごは落ちる♪  赤ちゃんも、ゆりかごも、みんなまとめて落っこちる♪」


 静まり返ったピッチに、アリスの鈴を転がすような、しかし酷く冷徹な歌声が響き渡る。


 アリスはゆっくりと振り返り、まだ地面に倒れ伏したままの千鶴を見下ろしながら、不敵にその端正な唇の端を吊り上げた。


「ボールも、あなた達も、全部まとめて落っこちるの。ハンプティ・ダンプティみたいにね♪」


 神園学園、電撃の先制点。


 アリスの言葉通り、八々花が誇る無双のステップが披露されることすら許さない、完全なる王国の戦慄が、夜のピッチをどこまでも無慈悲に凍りつかせた――。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 決勝戦の火蓋が切って落とされた第159話、いかがでしたでしょうか!

 前半開始早々、文字通りの『ワンターンキル』を食らい、八々花女子がまさかの大ピンチに陥るという大波乱の幕開けとなりました。


 最初は、剣崎英子――アリスによるワンターンキルからいきなり始めてクリフハンガーにしようと考えていたのですが、決勝の立ち上がりとしての重厚感や文字数のバランスを考慮し、まずは猪目萩子と神園の碇蘭々の一騎打ち(局地戦)を前座として挟み込んでみました。


 この碇蘭々、実はハートのJの絵札にちなんで、百年戦争でジャンヌ・ダルクと共に戦った猛将「ラ・イル」をモチーフにしています。

 だからこそのあの一人称「オレ」であり、《深紅の戦斧》という異名通りの圧倒的な暴力(フィジカル)なんですね。

 振り返ってみると、うちの作品は千鶴の「俺」や萩子の「アタイ」を含め、一人称が強めな戦闘的キャラクターが割と多い印象ですが、王者のプライド全開で「昨日今日で部になったばかりの分際で!」と新参者を圧殺しにくる蘭々は、書いていて非常に滾るものがありました。


 そして、やはりアリスのシーンは書いていて本当に楽しいです!


 「不思議の国のアリス」や「鏡の国のアリス」、そして「マザー・グース」に擬えた比喩表現をこれでもかと差し挟み、お洒落で残酷な皮肉や揶揄の意味を込めていく作業は、作者的にも大好物だったりします。

 「絶対にボールを落とさない」うちらの蹴鞠フットボールに対して、「全部まとめて落っこちるの。ハンプティ・ダンプティみたいにね♪」と残酷に歌い上げるクリフハンガーは、彼女の不気味な美しさと中二病的な魅力が最高に表現できたと自負しています。

 一度粉々に割れてしまったら、二度と元には戻れないハンプティ・ダンプティの絶望。

 この王国の完璧な規律を前に、奈落へ落とされた八々花はどう立ち向かうのか……!


「ラ・イルモチーフの蘭々、フィジカル強すぎて痺れる!」

「アリスのマザー・グース煽り、お洒落だけど最凶に不気味で草」

「全部まとめて落っこちるの絶望感、次回からの反撃が待ちきれない!」


と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、決勝戦の執筆への大きな大きな励みになります!どうぞよろしくお願いいたします!

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