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156/158

「美輪、上がれ! 前線(ボックス)に入れ!」

 後半戦残り10分。


 スタジアムのカクテル光線が、満身創痍のイレブンを白々と照らし出していた。


 小梅も藤乃も、激しいコンタクトと度重なるスライディングによって、ユニフォームに青黒い芝のシミを色濃く焼き付けている。

 掴み取った「1−0」のリードを死守せんとする緑の壁は、深紅の猛威を前にしてなお、一歩も退く気配はなかった。


 しかし、梅原監督の門下生たちは、焦燥の極限にあってなお、その牙の鋭さを増していく。


「──ここからだべ! うちらの風は、まだ止まってないよ!」


 神居那子が、道産子弁の咆哮と共に中盤のルーズボールを強引に引き裂いた。


 那子は上空へのパスを警戒するディフェンスラインの虚を突くように、上体を極限まで低く沈め、地を走るような超低空ドリブルで突進してきたのだ。


 しなやかなステップから放たれる、直線的で容赦のない一気呵成の強襲。


「くっ……!」


 あやめが、藤乃が、そして小梅が――。

 必死に足を伸ばすが、地表数センチを滑るように切り裂いていく那子の超低空ドリブルは、守備網の下段を完璧に破ってバイタルエリアへと突き刺さる。


 梅原商業は、八々花の仕掛けた地表数センチの空中庭園すらも瞬時に学習し、地上の最深部を無力化するための最適化をこの土壇場で完了させていた。


 後半35分──タイムアップは目前。

 第四審判が掲げたボードの数字は、アディショナルタイム3分。


 その刹那、梅原商業のベンチから、冷徹にして不敵な最後の指示が飛んだ。


「美輪、上がれ! 前線(ボックス)に入れ!」


 スタジアムが、この日一番のどよめきに包まれる。


 深紅のゴールマウスを完全に空っぽにし、左右の縦ロールを激しく揺らしながらペナルティエリア内へと猛然と突っ込んできたのは、梅原商業の守護神、金王美輪だ。


 ゴールキーパーまでを前線へ上げる、なりふり構わない正真正銘の総力戦。


「藤乃! 小梅! ──体を張れ! 意地でも入れさせるなっ!!」


 千鶴の荒々しい叫びが響く中、美輪の170センチを超える長身が、空中に放たれたロングボールへ向かって跳躍する。


 地表数センチから再び上空へと釣り上げられた、極限の空中戦。


 アディショナルタイム、残り30秒。

 頭上で、地上で、火花を散らす両チームの執念。


 梅原商業のMF、竹内優佳の足元へボールがこぼれる。


 彼女は八々花が美輪の高さに意識を奪われたその僅かなコンマ数秒を完璧に見切り、ゴール前へと、一筋の閃光のような鋭い弾道のショートパスを放った。


 梅原商業が試合を通して学習し尽くした、ディフェンスの僅かな隙間。


 そこに、春乃うららのスパイクの刃が、予備動作ゼロの最初の一歩で完全にシンクロして滑り込もうとした、まさにその極限の1秒──。


 その絶対的なカウンターのパスコースを、最後方から完璧に予測していた左センターバック、桜の瞳が、世界の動きをスローモーションへと叩き落とした。


 向こうの監督の脳が、こちらの型を学習すればするほど、後半のハメ返しが美味しくなる。


 ハーフタイム直前、天堂監督が不敵に言い放ったあの言葉の真意が、桜の脳内回路の中で鮮烈に弾けた。


 梅原商業が「ここに隙が生まれる」と予測守備を最適化しきって放ったその決定的なパスは、八々花にとっては、相手の動きを完全に指定位置へ誘い出すための、究極の罠に過ぎなかったのだ。


 だが、向こうの監督の脳がこちらの型を学習すればするほど、後半のハメ返しが美味しくなるという天堂監督の言葉の真意を、中盤の底で誰よりも冷徹に理解していたのは──菊鞠だった。


 相手の動きを完全に指定位置へ誘い出すための、究極の罠。


 その軌道の先へと、バックラインまで下がっていた菊鞠の身体が、完全にシンクロして滑り込む。


 うららのスパイクがボールに触れるよりも早く──

 菊鞠は自身の右足を正確に滑り込ませた。


「おうっ」


 菊鞠が蹴り上げたボールは、カクテル光線を反射させながらスタジアムの空を高く高く飛んでいく。


 それは守護神すらも攻撃に上げて完全に無人となった、梅原商業のペナルティエリアまで届いたところで、急速に落下していく。


 誰も追いつくことのできない無人のゴールマウス。

 白黒の球体は、そのまま吸い込まれるようにして静かにゴールネットを揺らした。


 ピッ、ピッ、ピーーーーーーッ!!!


 劇的な追加点と同時に、真夏の苫小牧の夜空を切り裂き、試合終了のホイッスルが燦然と鳴り響いた。


 八々花女子高校、絶対王政を完璧にハッキングし、2−0での決勝進出決定の瞬間だった。


 ピッチの上で互いに激しく抱き合い、あるいは拳を握りしめたまま、熱い安堵の涙を流す桜や藤乃たち。

 その満身創痍のイレブンの向こう側で、天堂監督はただ1人、不敵に、私最高に美味しそうな笑みを浮かべて指示ボードのデータを完全にクローズした。


 濃緑の戦術が完全勝利を飾った準決勝の夜。


 選手たちは誰もが、さらなる延長戦やPK戦の死闘すら予感させる、約束された最後の戦場──「決勝戦」の頂を、静かに、しかし鮮烈に見据えていた。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

 梅原商業戦、これにて終了となります。


 1-0で終わらせるつもりでしたが、何故か追加点が1点入ってました。

 どうして……。


 さて、いよいよインターハイ全国大会の決勝戦です!

 対戦相手のネタを考えなくてすむぞヒャッホイ!(それは、過去の自分が既に考えてあったからではある)

 決勝戦の相手は、ついに!あの!神園学園です!

 松明千鶴、幕ノ内桜、薄満月、道風柳、そして――鳳桐子。

 この5人の古巣であり、また天堂監督にとっても古巣でもある、因縁の神園学園!


 ──と、ここまで盛大にハードルを上げておいてなんですが、次回はまた、激戦の合間の息抜き(?)としてインターミッションを挟みます。

 たぶん宿舎の廊下かどこかで、神園学園の選手たちと偶然鉢合わせてバチバチに火花をやり合うんですかね(笑)。


 かつてのチームメイト、かつての師弟、そして今や日本一をかけて牙を剥き合う最大のライバル。


 運命の最終決戦を前にした、宿舎での最高にひりつく「前哨戦日常回」となる次回【第157話】も、どうぞお楽しみに!


「美輪さんが上がった瞬間に超ロングシュートをハッキングする菊鞠ちゃん優秀すぎるw」

「決勝の相手が神園学園とか熱すぎて鳥肌立った! 宿舎でのバチバチも全裸待機します!」

と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、決勝前夜(第157話〜)への執筆の大きな大きな励みになります!

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