(──恐ろしく速いパスカット。私じゃなきゃ見逃しちゃうね)
梅原商業の右サイド深くからのスローイン。
ピッチの白線の外側に立ったDFの誉田明日香が、鋭い眼光でゴール前を睨みつけ、両腕に持ったボールを力強く振りかぶった。
──まだ、梅原商業の連撃は途切れていない。
那子のはたき落としから桜の決死のクリアを経てもなお、深紅の包囲網は容赦なく敵陣へと居座り続ける。明日香の手から放たれたボールは、ペナルティエリア手前の中盤へと鋭く投じられた。
落下点へ走り込むのは、幻惑のステップを誇る一國杜華だ。
そこから再び地上の高速パスワークを繋ぎ、完全に無力化しにいくための、無慈悲な二次攻撃が今まさに再起動しようとしていた。
スタジアムの誰もが、再び始まる深紅の猛攻に息を呑んだ、まさにその刹那だった。
「──そこですっ!」
中盤の底で、凛としてピッチ全体を俯瞰していたボランチ、背番号5番のあやめの短い請い声が静寂を切り裂く。
その高い戦術眼は、梅原商業が攻撃を急ぐが故に、その予測守備の足元に生じさせたほんの僅かな連携の隙間を完全にとらえていた。
バシィィィンッッ!!
カクテル光線の下、あやめの右足がスローインからのファーストパスを鮮やかにインターセプトする。
梅原商業の誇る絶対カウンターの根元を、その卓越した戦術眼によって完璧に断ち切ってみせたのだ。
(──恐ろしく速いパスカット。私じゃなきゃ見逃しちゃうね)
すぐ後ろの位置でカバーに入っていた左センターバック、桜の脳内回路だけが、この極限の戦況の中でオタク特有の不敵なパロディミームを平然と叩き出していた。
しかし、あやめの調律は、単なるパスカットだけでは終わらない。
「菊鞠ちゃんっ」
あやめは奪い取ったボールを、地上の芝生へと落とさなかった。
インサイドですくい上げられた球体は、地上の密集を一瞬で飛び越え、すぐ隣の菊鞠の頭上へと正確に届けられる。
カクテル光線を反射しながら、ふわりと舞い上がる白黒の球体。
落ちてくるその弾道を、菊鞠が静かに迎え入れる。
吸い付くように収まったボールは、完全に無音のまま、空中でピタリと息を潜めた。
ピンチの完全脱出。
開始早々から続いていた梅原商業の息の詰まるような猛攻を完璧にしのぎきり、八々花がその主導権を完全に奪い返した瞬間だった。
菊鞠はボールを足の甲に載せたまま、凛とした佇まいで深紅のライバルたちを見据えた。
その網膜の奥には、すでに次なる反撃のルートが鮮烈に描き出されている。
再びピッチ上に再点火された『空中庭園』が、中盤の緑の芝生を優雅に支配し始め、濃緑の反撃の狼煙が、カクテル光線の下で静かに燃え上がろうとしていた。
「おうっ」
菊鞠の右足から放たれたノーバウンドの浮き球が、地上の密集を一瞬で飛び越え、ライトサイドの背番号8番の満月へと繋がれる。
満月は堅牢な体幹で梅原商業のマークを背負いながら、頭でワンタッチパスを中央の背番号6番の牡丹へと落とした。
トラップによる遅れが一切存在しない、全行程ノーバウンドのダイレクト空中ネットワーク。
梅原商業の誇るコンマ数秒の予測守備は、あくまで地上のボールを前提に最適化されていたため、頭上を不規則なステップで跳ね回る白黒の球体に対し、その冷徹なバックラインが初めて明確な戸惑いを見せていた。
完璧な戦術の逆転。
濃緑のイレブンが、深紅の要塞を完全に押し込んでいく。
だが、梅原商業のベンチにどっしりと構える梅原監督の瞳に、焦りの色は微塵もなかった。
「──空中戦への対応に切り替えろ。美輪の対空を信じろ」
冷徹な指示がピッチへ飛び交う。
ボールが動くたびに、梅原商業の選手たちの動きが、まるで最速の仕様変更のように一瞬で最適化され始めた。
八々花の放つ浮き球の「弾道」と「落下点」をコンマ数秒単位で再計算し、空中のボールそのものではなく、その影の着地点を完璧に潰しにくる、驚異的な組織防衛の修正力。
「……監督、梅原のやつら、空中のボールじゃなくて影の着地点を狙って潰しにきてるんよ」
中盤のハッキングをベンチでスコアボードを管理しながら見ていたカスミが戦術眼の高さゆえの焦燥を漏らすが、ハーフタイムを目前にした天堂監督は不敵に唇を歪めるだけだった。
「いいのよ、想定内。向こうの監督の脳がこちらの型を学習すればするほど、後半のハメ返しが美味しくなるんだから」
前半35分──。
40分──。
「ライン下げるなっ! 押し返せっ!!」
梅原商業の驚異的な戦術アップデートによる猛攻を、千鶴の的確なコーチングと藤乃と小梅の泥臭いブロックが防波堤となって跳ね返し続ける。
スコアは0−0。
だが、八々花のバックラインにかかる負荷は、すでに限界値を超えようとしていた。
互いの最高峰の戦術と対策が、ピッチの上で目まぐるしく火花を散らす。
八々花が『空中庭園』の変幻自在な滞空時間で翻弄すれば、梅原商業は最適化された予測守備と金王美輪の鉄壁のポジショニングで、決定的なシュートをことごとく叩き落としていく。
一瞬の油断が即座に失点へと直結する、息を呑むようなハイレベルな攻防の連続。
真夏の夜の熱気を吹き飛ばすほどのひりついた時間が、圧倒的なテンポで一気に駆け抜けていく。
ピッ、ピッ、ピーーーーーーッ!!
スタジアムに響き渡る、前半終了のホイッスル。
濃緑と深紅、互いに一歩も譲らぬまま、前半戦のスコアは0−0のタイ。
ピッチを降りる両チームの選手たちの肩は、激しく上下していた。
まだ開始から45分しか経過していないというのに、脳と肉体をコンマ数秒単位で酷使し続けた彼女たちの瞳には、極限の疲労と共に、これ以上ないほど獰猛な勝負師の光がギラギラと灯っていた。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
そういえば、スローインの描写って初めてだったなぁ、と思いながら。
昔、小学生の頃に友人たちとサッカーをやっていた時に、フェイントのスローインとして向いてる方角とは違うほうへとスローインする、というのをやったことがあるのですが。
後々に知りました。
――それ、反則。
以前触れた、オーバーヘッドキックの失敗談に加えて、僕の運動音痴エピソード(黒歴史)でした。
さて、前半戦を0ー0のタイで折り返した両チーム。
天堂監督の不敵な笑みの正体は――!?
次回もお楽しみに!
「桜のHUNTER×HUNTERネタwww ホントにブレないなw」
「スローインのフェイントでセルフ反則する作者wだからこんなトンデモ作品ができるのかw」
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