「美輪さん、いなされた──!?」
菊鞠のロングロブパスが、スタジアムのカクテル光線を反射させながら、梅原商業のバイタルエリアへ向けて、空を駆ける。
白黒の球体が描く、最高密度の放物線。
その落下点へと一番槍で突進したのは、背番号11番の柳だ。
チームトップクラスの俊足が、真夏の夜の芝生を獰猛に蹴り上げる。
だが、その眼前に、深紅の壁が即座に立ち塞がった。
梅原商業の誇る盾、有楠智英と智佳紗の2枚看板──『あるくす姉妹』だ。
(──右、いや、左に流れる重心……!)
智英の切れ長の瞳が、柳の首の傾きと、踏み込もうとした右足のスパイクの角度をコンマ数秒単位で捕捉する。
梅原商業の予測守備は、すでに柳が「地上にボールを落として、得意のキレ味鋭いフェイントで仕掛けてくる瞬間」を完璧に先読みし、その選択肢を完全に無力化するための最適ステップを完了させていた。
にもかかわらず。
柳は、迫り来る深紅の盾を視界の端に捉えながら、唇の端を不敵に吊り上げた。
うららが披露した、あのイエローカード級の人間離れした超絶アクロバット。
エースとしてのプライドが、その野生の暴発力に対して激しい対抗心を剥き出しにしていた。
柳は落下点の1歩手前で、あえて敵に背を向けるようにして跳躍した。
地上の予測の網など、一瞥すらしない。
カクテル光線に照らされながら、真夏の夜空へとその身体を鮮やかに投げ出す。
「ふっ!」
(嘘、オーバーヘッド──!?)
有楠姉妹の網膜が、あり得ない選択肢に大きく見開かれた。
しかし、柳の放ったそれは、ゴールを狙うシュートではない。
空中で美しくしなった右足の甲が、菊鞠からのロブパスをノーバウンドのまま完璧に捉え──すぐ隣を爆速で並走していた、もう1人のフォワードへと鋭く弾き返した。
超絶技巧の「空中オーバーヘッドパス」。
「ナイスだ、柳くん!」
その声を置き去りに、弾道へ突撃したのは背番号10番の椛だ。
172cmの華麗なる体躯が、柳の供給した空中パスを胸トラップで美しく迎え入れる。
「明日香、カバー!」
中盤から決死の形相で戻ってきた霧神霞が叫び、DFの誉田明日香がコンマ数秒の予測ステップで椛の行く手を遮ろうと、その低い体幹を滑り込ませてくる。
地上でトラップした瞬間に重心を刈り取る、梅原商業の冷徹な地上の守備。
だが、八々花の『空中庭園』は、すでに完全起動していた。
「遅いね」
椛はボールを地面に落とさない。
胸で弾ませた球を、そのままノーバウンドのダイレクトロブでさらに前線へとループさせる。
梅原商業の誇るガチガチのDFラインが、地上に釘付けにされたまま、その頭上をぽっかりと浮き球で破られた。
段階的な攻略。
トラップの瞬間を狙う予測守備に対し、八々花は全行程ノーバウンドという前提破壊の戦術で、梅原商業の鉄壁のバックラインを1枚、また1枚と、まるで薄皮を剥ぐように無力化していく。
ついに、深紅のディフェンス陣が完全に崩壊した。
バイタルエリアの最深部、ゴール前わずか数メートルの完全なる絶対領域。
「勝負──ッ!!」
椛が、空中のボールをダイレクトボレーで叩き込まんと、その長い右足を爆発的なスプリントの勢いのまま振り抜いた。
──ゴールマウスの正面。
迎撃の網をすべて破られたかに見えたその刹那。
──傷ひとつない、完璧に磨き上げられたスパイク。
カクテル光線の下、左右の縦ロールを優雅に揺らしながら、その少女はそこにいた。
梅原商業の守護神、背番号1番の金王美輪。
美輪は、椛がシュートモーションに入るその最初のコンマ数秒──右膝がわずかに上がった瞬間には、すでに椛が最も体重を預けたいはずの、そして放たれる弾道が最も通過する確率の高いスペースへと、移動を完了させていた。
天性の勘ではない。
コンマ数秒単位で最適化された、鉄壁のポジショニング。
ゴール前に君臨するその姿が、圧倒的な威圧感をもって、まるで「最初からそこにいた」かのように鎮座している。
(ここが、データの壁の、絶対的な領域……!)
椛は、右足を振り抜くその空中の刹那、網膜に映る金王美輪の立ち姿に、肌が粟立つような戦慄を覚えていた。
美輪は上品な縦ロールを微塵も乱さず、ただそこに立っている。
しかしその位置は、椛が放とうとするシュートのすべての弾道を、コンマ数秒の計算によってあらかじめ完全に無力化するために最適化された、無慈悲なチェックメイトの空間だった。
(──だめだ。このまま叩き込んだら、確実に金王さんの正面でクリアされる……!)
脳裏に過るのは、昨夜の天堂監督の不敵な笑みだ。
──空中で、さらに軌道を変えなさい。
美輪の予測守備は、コンマ数秒単位で最適化されている。
最適化されているということは、相手の「この瞬間に放たれる」という最高の1歩を逆算して動いているということだ。ならば──その前提を、空中でさらに狂わせる。
「……っ!」
椛は、宝塚のトップスターの如き麗しい理性を限界まで研ぎ澄まし、振り抜くはずだった右足の力を、空中で強引に脱力へとシフトさせた。
力任せの強烈なダイレクトボレーではない。
空中に浮いたボールの側面に、スパイクのインサイドを優雅に添わせ、さらに上空へとふわりと押し上げる──シュートに見せかけた、空中でのいなしループパス。
瞬間、金王美輪の切れ長の瞳が、初めて激しく揺らいだ。
「ここにシュートが来る」と確信してステップを踏んでいた美輪の身体が、椛の意図的な滞空時間の引き延ばしによって、わずかコンマ数秒、完全にピッチの上に硬直させられる。
予測が完璧すぎるが故に、前提を崩された瞬間に生じる、絶対的な硬直。
「美輪さん、いなされた──!?」
有楠智英が悲鳴のような声を上げる。
美輪の頭上を優雅にすり抜けたボール。
しかし、八々花の『空中庭園』は、まだ終わっていない。
ノーバウンドのまま美輪の背後へとふわりと流れたその球の落下点へ、猛然と飛び込んできた影があった。
背番号11番の柳。
先ほどオーバーヘッドでパスを配給し、そのまま全力のスプリントでゴール前へと侵入していた彼女が、無人のゴールマウスと、宙に浮いたボールを捉える。
「──んっ!」
カクテル光線が、跳躍する柳の姿を真っ白に照らし出した。
完全に予測守備を崩し切った独自の奇策。
ゴールマウスの正面、いよいよ決定的な衝撃が放たれる、その瞬間──。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
前の149話でうららがスピニングバードキックをかましましたが、それに全力で対抗して、八々花のエース・柳がオーバーヘッドキックでのパスをブチかます場面ですね。
お互いの譲れないプライドが空中で火花を散らす展開、楽しんでいただけていれば幸いです。
さて、作者、往年の名サッカー漫画で初めてオーバーヘッドキックという存在を知って以来、割とオーバーヘッドキックという技が大好きでして。
小学生の頃は、自分も格好よく真似しようとして、校庭のグラウンドの上で思いっきり跳躍し──。
見事に頭を打ちましたw
あれは、常人離れした身体能力が高いことが前提の超絶技ですね。
どんくさい僕には、到底無理ゲーでした。だからこそ、作中の彼女たちには、私の代わりにピッチの上でいくらでも華麗に舞ってもらおうと思っております(笑)。
そんな柳の執念のオーバーヘッドから、美輪さんの『絶対対空』をいなし、ついに無人のゴールへと肉薄した八々花女子。
記念すべき150話の大台を迎え、準決勝はいきなり最高潮の盛り上がりを見せておりますが、果たしてこのまま先制点となるのか……!?
「美輪さんがいなされた瞬間のコマ硬直、ゾクゾクした!」
「作者さんの小学生時代の頭ごっつんエピソード、可愛すぎるw」
と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、続く第151話への執筆の大きな大きな、本当に大きな励みになります!




