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(嘘、オーバーヘッド!? 空中のボールにあのスピードで飛びついてくんの!?)

ピッ、ピーーーーーーッ!!



 主審のホイッスルが、真夏の苫小牧の夜空に高く鳴り響いた。


 全国高等学校総合体育大会、女子サッカー準決勝。


 濃緑の八々花女子と、深紅の梅原商業による、日本一をかけた決戦の幕が開く。


 センターサークルに立つのは、背番号10番の椛。


 通常であれば、チョンと前に転がして味方に預けるだけのキックオフ。

 しかし、椛は静止したボールの底へ、スパイクのつま先を優雅に、かつ鋭く滑り込ませた。


──ふわり。


 カクテル光線に向かって、白黒の球体が美しく舞い上がる。


 地を這うパスではない。

 あえて上空へと放たれた、あまりにも異質な浮き球のバックパスだった。


 ボールが動いた最初のコンマ数秒。


 深紅のユニフォームを翻し、予告通りの「最初の一歩」を踏み出してきたのは、梅原商業のエースストライカー、春乃うららだ。


 通常の選手にあるはずの沈み込みが一切ない、予備動作0の爆発的なスプリント。

 地上のプレスで無力化しにくるかと思われた深紅の猛威だったが、すでにボールは彼女の頭上、遥か高みにあった。


「あり」


 地面に落ちる寸前のボールの下へ、音もなく滑り込んだのは菊鞠。


 雅な請い声を響かせながら、右足のインサイドで極限の脱力トラップを披露する。

 ボールは地面に触れることなく、まるで磁石に吸い寄せられたかのように菊鞠の足元にひたと着いた。


 菊鞠はそれを優雅に浮かせたまま、すぐ隣のボランチ、あやめへとノーバウンドのパスを繋ぐ。


「よう」


 これこそが、昨夜天堂監督から授かった戦術コード『空中庭園(カムイミンタラ)』。


 自陣から敵陣まで、全行程をノーバウンドのダイレクトパスで制圧する。

 地上の予測守備を根底から腐らせるための、独自の奇策だ。


 あやめが空中リレーでタメを作り、梅原商業の守備陣を地上に釘付けにしたその刹那、前線のメンバーが一斉に相手のバイタルエリアへとスプリントを開始した。


 誰も見たことがない、空中戦によるビルドアップ。

 完璧な初手。


 勝負あり──誰もがそう思った、次の瞬間だった。


「──甘い、き!」


 突撃の勢いのまま中盤に侵入していた春乃うららの身体が、あり得ない角度でしなった。


 芝生を捉えた両手を軸に、弾かれるように跳躍する。


(嘘、オーバーヘッド!? 空中のボールにあのスピードで飛びついてくんの!? 野生の反応速度がバグり散らかしてるんだけど!!)


 自陣からその異次元の挙動を目撃した桜の脳内回路が、一瞬で消し飛ぶ。


 うららの鋭い爪がボールに届くかという、極限のコンマ数秒の刹那。

 バネのように跳ね上がった両足が、カクテル光線の下で狂おしいほどの水平回転を始めた。


 両足を大きく広げ、コマのように回転しながら滞空時間を強引に引き延ばす、アクロバティックな空中機動。

 それは、地上の予測だけでなく、上空のスペースすら力技で支配しにいく、野生の獣の「対空迎撃」だった。


 凄まじい風圧が、スタジアムの冷気を巻き込んで渦を巻く。


 コマと化したうららの足先が、あやめの放った空中パスの軌道を無慈悲に刈り取りにいく。


(空中まで、あの反応速度で飛びかかってくるの……!? 野生のポテンシャルがバグり散らかしてるんだけど!)


 桜が脳内で大熱暴走のツッコミを炸裂させる中、ピッチ上の選手たちが一斉に息を呑む。


 うららのスパイクがボールに届くかという、極限のコンマ数秒の刹那。


 しかし、中盤の底でボールの軌道を見つめる菊鞠とあやめの脳裏には、驚愕ではなく、昨夜の天堂監督の冷徹な言葉が鮮烈にフラッシュバックしていた。


『対空の意識がどれほど強力でも、それは落とす側が地上で待ち構えているから成立するの。もし、空中に放たれたボールが、着地することなくその場でさらに高度を変え、軌道を変え、予測不能なタイミングで滞空時間を引き延ばされ続けたら?』


『最適化されているからこそ、一度狙いを定めて動いてしまえば、コンマ数秒の硬直が生まれる。その空振りした瞬間こそが、彼女の完璧な戦術が唯一崩壊する隙よ』


 狙いを定めて動いてしまえば、そこには必ず、硬直(すき)が生まれる。


「おう」


 菊鞠の集中が極限に達した瞬間、スタジアムの大歓声は完全に消え去った。


 流れる時間が一瞬だけ静止したかのような無音の世界。回転しながら迫るうららの足先を視界に捉えながら、菊鞠はあやめからのパスに対し、あえて右足を一瞬「引いて」迎えた。


 極限の脱力から放たれる、滞空時間をさらにコンマ数秒だけ遅らせるための、無音のフェイントトラップ。


 うららの放った超高速の回転キックが、菊鞠が意図的に生み出した「空白の空間」を、虚しくすり抜けていく。


「──っ、当たらん……っ!?」


 空中で体勢を崩したうららの目が、驚愕で見開かれた。


 完璧なタイミングで捉えたはずのボールが、空中で一瞬だけ不自然に減速したのだ。

 そのわずかな時間の狂いが、うららの予測を完璧に打ち砕いていた。


 空振り。

 そこに生じる、肉体の絶対的な硬直。


 宙を舞うボールは、うららの頭上を優雅にすり抜け、完全なノーバウンドのまま、再び菊鞠の右足の甲へと吸い付くように収まった。


 菊鞠は凛とした佇まいのまま、着地してわずかに姿勢を乱したうららを一瞬だけ見据え、すぐさま前線に向けて、最高密度のロングロブパスをノーバウンドのまま蹴り上げた。

 

 開始わずか数十秒。

 完全なる予測の要塞と、野生の獣を同時にいなし返した『空中庭園』が、準決勝のピッチを完全に支配し始めていた。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 土佐弁で喋らせるせいで、元キャラのイメージがずれそうになる錯覚を覚えながら執筆しております。いえ、あえてこのギャップと錯覚もまた、この準決勝ならではの面白さだと感じていただけていれば幸いです。

 というわけで、うららちゃん、ピッチの上でスピニングバードキック(回転的鶴脚蹴)、やってやりましたぜ!!!!


 ……。


 いや、よくよく冷静に考えると、サッカースパイクの刃を突き立てて空中でコマのように大回転するだなんて、普通ならこれ、危険なプレーでイエローカード待ったなしだよなぁ、なんて作者自身も内心突っ込んでいたりします(笑)

 それをファウルにさせない極限の身体制御こそが、彼女の「野生のポテンシャル」ということで……!


 うららの旋回する脚を、見事にいなし返した菊鞠。


 大台となる次話【第150話】、菊鞠の放った超高密度のロングパスが、ついに梅原商業の誇る気高き守護神・金王美輪さんの『絶対対空』の領域へと突き刺さります。


「スピニングバードキックはイエローどころかレッドカードものだろw」

「つか、相手チームのプレイ、どこまでいってもイエローかレッドが付きまといそうw」

と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、記念すべき第150話への執筆の大きな大きな、本当に大きな励みになります!

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