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「あんたは綺麗に落とさず受けてくれるんやろ? 楽しみしちょきよ、巫女さん」

 スタジアムのロッカールーム。

 そこに並ぶ選手たちは、一様に晴れやかな顔つきで立っていた。


 牡丹が呼んだ一流のマッサージ師、あるいは美芳野のマッサージを受け、さらには1日の休養日で充電したことで、リフレッシュしたのだろう。

 過酷な連戦による肉体の軋みは完全に消え去り、肌の奥には確かなエネルギーが満ち満ちていた。


「皆、いい顔になったわね。期待しているわよ」


 天堂監督が満足げに、ニヤリと笑った。


「ええ、とてもいい休養日でした。マッサージ師を招いて正解でした」


 牡丹が、左右の縦ロールを優雅に揺らしながら、当然の権利を行使したと言わんばかりに胸を張る。


「咲桜里先生のマッサージも、とても優しくて温かい気持ちになれました」


 あやめがふんわりと微笑むと、褒められてまんざらでもない顔をする咲桜里が、嬉しそうに小さく胸を張った。


「みよティー、学校クビになってもマッサージ師の道があるっしょ!」


 まつりがスマートフォンを片手にケラケラと笑う。


「……それは、なんか微妙に喜べない、複雑な気分になっちゃう……」


 顧問としてのアイデンティティに最高にチャーミングな敗北感を浮かべる咲桜里の姿に、ロッカールームの緊張が一気に和らいだ。


「それじゃあ、戦闘服に着替えなさい。ピッチに立つ準備よ」


 天堂監督の鋭い声が響き、全員の表情が同時に引き締まる。


 濃緑を基調としたユニフォームへと袖を通し、スパイクの紐を1本ずつ、硬質に締め上げていく。


 桜は、ストッキングを引き上げながら、自身の脳内データを激しくアップデートしていた。


 脳裏を過るのは、昨日の北駒牧場、四星製菓での穏やかな時間だ。馬を愛でて、ハスカップジャムを口元にベタベタにしながら名物ロールケーキにかぶりついていた、あの天真爛漫な少女たち。


(待って待って、昨日までは完全に馬好きの超絶陽キャな少女たちだったじゃん! なのに昨夜のミーティングを経て、私の脳内データが完全にコンマ数秒単位の確定カウンターを叩き込んでくる『冷徹な最適化の塊』に上書きされてるんだけど! ギャップで脳がバーストしそうなんだけど!)


 オタク特有の高速思考で熱暴走を起こしかける桜だったが、スパイクの金属鋲が床を叩く冷たい音が、彼女の意識を強制的に戦場へと引き戻した。


 データは冷徹。

 だが、そのデータの怪物を無力化し返すための「奇策」は、すでに全員の脳内でガチガチに噛み合っている。


「──行くわよ」


 天堂監督を先頭に、イレブンがロッカールームを出る。


 ピッチへと続く入場ゲートの通路には、太平洋から流れ込む湿った冷気がじっとりと満ちていた。

 そこは、真夏とはいえ、やはり北海道といったところか。


 通路の奥からは、地響きのような大歓声が壁を伝って足元から容赦なく五感を叩いてくる。

 全国ベスト4──準決勝の重圧が、目に見える空気の壁となって行く手を塞ぐ。


 その通路の右側。

 隣の列に、彼女たちは並んでいた。


 梅原商業高校。


 昨日の「一緒に苫小牧観光しようや!」と笑いかけてきた陽気な空気は、微塵も残っていなかった。


 梅原商業のゴール前に君臨するはずの金王美輪は、傷ひとつない完璧に磨き上げられたスパイクで通路に立ち、左右の縦ロールの奥にある切れ長の瞳で、こちらの動線を見切るかのように冷徹な光を湛えている。


 入場アナウンスが鳴り響き、カクテル光線が燦然と輝くピッチへと足を踏み出す。


 濃緑と深紅。


 スタジアムを白々と照らし出す強烈な光が、緑の芝生の上で火花を散らす両チームのユニフォームを鮮やかに浮かび上がらせていた。


 コイントスが終わり、イレブンがそれぞれの定位置へと散っていく。

 八々花の「中央の背骨」を担う菊鞠が、中盤の底(レジスタ)のポジションへと足を踏み入れた、その瞬間だった。


 センターサークル外の自陣。


 凛とした静寂をまとう菊鞠のすぐ傍らを、梅原商業の最前線へと向かうポニーテールの少女がすれ違う。


 春乃うらら。

 アクティブな髪を静かに揺らす彼女の肉体は、完全に無駄な力が抜けた極限の脱力状態にあった。


 昨夜、監督が提示したデータ──予備動作が完全に「0」の状態からトップスピードへ移行する、野生の獣の気配が、カクテル光線の下で狂おしいほどの威圧感となって膨れ上がっている。


「──昨日の裏庭のパス、まだ足の裏に残っとるわ」


 うららは前線を見据えたまま、歓喜に突き動かされるように小さく喉を鳴らした。

 戦いを楽しむ子供のように純粋なその瞳が、カクテル光線の下で酷く獰猛に煌めく。

 土佐弁の響きが、夏の夜の張り詰めたピッチに冷たく突き刺さる。


「ただのボール回し(パスゲーム)のつもりやったに、あんなワクワクするパスが返ってくるとは思わんかったき。──うちの『最初の一歩』から放つパス、試合のスピードの中でも、あんたは綺麗に落とさず受けてくれるんやろ? 楽しみしちょきよ、巫女さん」


 それは、同じ次元の技術を持つ者への、最上級のリスペクトと闘志が混ざり合った挑戦状だった。


 菊鞠はゆっくりと歩みを止め、凛とした佇まいのまま、去り行く背中へと静かに微笑みを返した。


「ええ、受けて立ちます」


 互いの闘志が完全にピッチの熱量と同調し、限界突破で火花を散らす。


 ピッ、ピーーーーーーッ!!


 主審のホイッスルが激しく鳴り響き、スタジアムを震わせた。


 千年培われた伝統の型(お作法)と、研ぎ澄まされた現代の合理。

 全国日本一をかけた準決勝の火蓋が、ついに切って落とされた。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 さて、今回、このページを書くにあたり、真夏の北海道、7月の苫小牧の夜の気温を調べてみると、なんとだいたい17℃前後にまで下がるそうです!


 本州に住んでいると、近年は35℃とか38℃とか信じられない猛暑が続くので、「ああ、やっぱり夏の北海道の夜は、カクテル光線を浴びても最高に涼しくて快適なんだな」と感じますね。過酷な連戦を戦う彼女たちにとっては、まさに最高の環境かもしれません。


 その代わり、北の大地だし冬はさぞかし豪雪なんだろうな……と思いきや。


 実は苫小牧って、海(太平洋)に近いから、北海道の中では「驚くほど雪があまり降らない地域」なんだそうです! その代わり、冬は雪が積もらない代わりに路面がガチガチに凍るスケートリンク地帯になるとか。さすがアイスホッケーの街……!


 そんな、本州とは一味違う真夏の北の大地で、ついに準決勝のホイッスルが鳴り響きました。


 濃緑の八々花と、深紅の梅原商業。


 うららちゃんの「最初の一歩」に対して、菊鞠たちが昨夜授かった『奇策』がどう炸裂するのか。


「うららちゃんの土佐弁での宣戦布告、ゾクゾクした!」

「カクテル光線に映える濃緑と深紅の対比、最高に絵になる!」


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