それが守れるなら――私も、あなたたちのサッカー同好会に入ってあげようじゃないですか!
「――なぁ。……蹴鞠体験、もう終わりなのか?」
萩子が頭の後ろで手を組みながら不満げに零す。
その表情は、まだまだ蹴り足りないと全身で主張していた。
「……そうですね……」
四月も下旬に差し掛かり、徐々に日は延びている。
とはいえ、相手は他クラスの女子生徒だ。
あまり暗くならないうちに帰宅してもらいたいところなのだが。
「あら、帰り道の事でしたら気にしないでくださいまし。車を待たせてありますわ――ほら、あちらに」
牡丹が視線を向けた先には、神社の駐車場に黒塗りの高級外車がデン!と駐められていた。
「アタシらも帰りに送ってもらうから、暗くなっても大丈夫だぞー!」
ニシシ、と萩子が自慢げに笑うが、凄いのは牡丹の家であって萩子ではない。
(……送り迎えの専用車があるなんて、やっぱり本物のお嬢様は格が違う……!)
菊鞠が内心、あんぐりと口を開けていると。
今度は椛が獲物を見つけたような不敵な笑みを浮かべ、一歩前へ踏み出してきた。
「それに神酒盃さん。君だって、本当はまだ物足りないんだろう?」
椛の、額に手を当て「君の気持ちは全部お見通しだよ!」と言いたげな、宝塚ばりの完璧なドヤ顔。
確かに図星だった。
十年以上、毎日鞠を蹴り続けている蹴鞠の修羅ではあるが。
一人で蹴り続ける日々。
そしてたまに来る練習相手はお爺ちゃんばかり。
種目は違えど、同年代の人との蹴鞠は、とても新鮮な経験だった。
(それはともかく――なにげにドヤ顔もサマになってるの、なんか猛烈にムカつくわねっ……!?)
おっとり清楚な巫女の仮面が、少女のプライドと共にパリィンと音を立てて割れた。
「はいはい、そうですよ、そうですよっ! 私もまだまだ全く物足りないと感じていました!」
「 ――ですから、私が満足いくまで、とことん付き合ってもらいますからねっ!」
菊鞠は半ばヤケクソ気味に叫ぶ。
「「「望むところだ(ですわ)!」」」
猪鹿蝶の三人の声が、神社の境内でハモったのである。
夕暮れの鞠庭に、再びぽん、ぽんと心地よい音が響き渡る。
12.7メートル四方の格式高き空間で、少女たちは時間の忘れて球を繋いだ。
サッカーのセオリーも。
蹴鞠の厳格なルールも超えて――
ただ「目の前の相手に、世界で一番優しい球を届ける」ということだけに没頭して。
普段であれば、ただひたすらに優雅に鞠を蹴る菊鞠――。
しかし、慣れない三人の相手をして、鞠を絶対に落とさないよう鞠庭を右へ左へと駆け巡った結果――
気づけば顔を真っ赤に紅潮させ、珍しく激しく息を切らしていた。
やがて、境内の灯籠にぽつぽつと明かりが灯る頃。
全員が心地よい汗をかき、息を切らせながら――けれどこれ以上ないほど晴れやかな笑顔で鞠庭の土の上にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ……。凄い、凄いよ神酒盃さん……。やっぱり君は、僕たちの同好会に絶対に欠かせないエースだ……!」
椛が仰向けに寝転んだまま、熱い瞳で菊鞠を見上げる。
「あーーーっ!!――あんたのパス、マジで脳汁出た!」
萩子も大興奮。
「認めざるを得ませんわ。貴女ほどのレジスタ、他のどこを探してもいませんもの」
牡丹も息を整えながら、確固たるリスペクトの目を向けてきた。
「――はい、皆さん、お疲れ様。冷たいお茶でも飲んで休んでね」
ちょうどそこへ、菊鞠の祖母がやってくる。
手に持つお盆には、冷えた緑茶のグラスが載せられていた。
「あ、お祖母ちゃん、ありがとう!」
息を切らせたまま振り返る菊鞠。
寝転んでいた椛と萩子は慌てて飛び起き、牡丹も乱れた縦ロールを直しながら、三人揃って背筋をピンと伸ばした。
「ありがとうございます、お祖母様!」
「いただきますっ!」
冷たい緑茶を喉に流し込み、三人は「生き返る……」「美味しいですわ……」と小さく息を吐き出す。
「ふふ、それにしても本当に嬉しいわねぇ」
そんな彼女たちのハツラツとした姿を、祖母は目を細めて愛おしそうに見つめていた。
「いつもはおじいちゃん達ばかりの保存会に、こんなに若くて元気なお友達が来てくれるなんて。境内が一気に明るくなったようだわ」
「菊鞠ちゃん、本当に良いお友達を持ったねぇ」
そう言って、おばあちゃんはひょこひょこと嬉しそうに社務所へ戻っていった。
祖母を見送る菊鞠の脳内に、ガチッと凄まじい音を立てて『打算のそろばん』が降りてきたのは、まさにその瞬間だった。
(――そうだよ。そうだよね、お祖母ちゃんっ!)
(お祖母ちゃんをあんなふうに笑顔にするためにも――私は神社の娘として、何がなんでも『蹴鞠保存会』を盛り立てるため、勧誘しないといけないよねっ!)
向こうから飛び込んできた、これ以上ない極上の生贄……ではなく新規会員。
菊鞠はフッと、おっとり上品で、けれど最高に強かなビジネス笑顔をその唇に浮かべた。
「……そこまで熱心に誘ってくださる熱意、受け取ることにします。――ただし、交換条件です」
「交換条件……? 何だい、神酒盃さん!」
身を乗り出す椛に、菊鞠は襟元から、まるであらかじめ用意していたかのように『三枚の入会届』をスッと取り出し、3人の顔の前ににビシィッ! と突きつけた。
「お三方には、今すぐ保存会に入会していただきますっ!――これから土曜日の朝六時は、境内の掃除、そして保存会としての練習!」
「それが守れるなら――私も、あなたたちのサッカー同好会に入ってあげようじゃないですか!」
ぐいぐい。
菊鞠は言いながら、入会届を三人の前に突きつける。
「ええっ!? 本当かい!?」
信じられない、というように目を見張る椛。
「交換条件が、蹴鞠保存会への、入会。……それで、いいんですの!?」
すでに保存会への入会を決意していた牡丹も、思わぬ収穫にすぐには呑み込めないでいるようだ。
「やったー! よく分かんねえけど、これで神酒盃が仲間になったな! ハイタッチだ、モミィ!」
「ちょっと萩子くん、話を聞いて――うわっ!?」
――ガシィン!
頭の上で力強くハイタッチを交わす萩子と椛。
牡丹が「これだから脳筋な方々は……」と頭を抱える横で――。
菊鞠は(蹴鞠保存会に新しい風が!)と満面の笑みを浮かべた。
こうして、若い会員を拉致したい下心100%の蹴鞠少女と、世界一のチームを作りたいエースたちの利害が一致。
伝統芸能と女子サッカーが融合した、前代未聞の『サッカー同好会』が、ここに正式に産声を上げた瞬間である。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【 「尊い!尊い!尊すぎて人類の宝だから動画保存しちゃおーっと! ぽちっ」】
次回、新章のTickTack大バズリ事件編です。
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
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