「次に蹴るお友達が、世界で一番気持ちよく蹴られるように、最高の優しさで球を置く、それだけなんです」
「それじゃあ皆さん、位置につきましたね? ――それでは、参ります! ……ありーやー、ありっ!」
菊鞠の凛とした請声が響く。
とーん。
本物の『鞠』が、夕日の中に舞い上がった。
サッカーボールとは違い、鹿の皮で作られた鞠は中が空洞。
驚くほどに、軽い。
「ようっ!」
ぽん。
右足の甲で綺麗に真上へ跳ね上げ、隣の椛へとふわりと優しいパスを送る。
「よし、僕がもらう――っておっと、軽っ!? うわ、風で流れるっ!?」
――ボフッ!
いつも通りにトラップしようとした椛。
しかし、サッカーボールとは全く違う「軽さと不規則な軌道」に目を見張る。
体勢を崩しながら、なんとか萩子へと不恰好なパスを回した。
ボンッ!
「おわわっ! なんだこの感触、全然飛ばねえ! 牡丹、拾ってくれ!」
――ボフン!
萩子が力任せに蹴るものの、鞠はヘロヘロと頼りなく明後日の方向へと流れていく。
「ちょっとお二人とも、野蛮に蹴りすぎですわ! ――って、きゃっ!?」
気高く構えていた牡丹。
しかし、不恰好に突っ込んできた鞠をコントロールしきれない。
鞠は牡丹のつま先をかすめ――無慈悲に地べたへと落下していく。
誰もが「あ、落ちた」と、目を瞑ったまさにその刹那。
「――おうっ!」
するり。
緋色の袴が、夕日を浴びてはらはらと美しく舞った。
いつの間にか対角線から滑り込んでいた菊鞠。
地面スレスレのところで、長い右足をすっと伸ばす。
スライディング気味に、つま先を鞠の真下へと滑り込ませた。
とーん。
心地よい音が響き、地べたに激突する寸前だった鞠が、息を吹き返したように優雅に真上へと跳ね上がる。
「――やあ」
菊鞠はすぐさま軸足を美しく固定。
ぽーん。
落ちてきた鞠をもう一度優しく蹴り上げる。
今度は三人の中央へと、ふわりと一番見やすい高さで静かに滞空させた。
すとん。
着地し、腰まである黒髪を揺らしながら、菊鞠はおっとりと微笑む。
「ふふ、危ないところでした。サッカーは相手を力でねじ伏せる球技かもしれませんが……」
「蹴鞠は、『次に蹴るお友達が、世界で一番気持ちよく蹴られるように、最高の優しさで球を置く』、それだけなんです」
泥だらけになるのも厭わず、ただ「鞠を落とさない」ためだけに美しく舞った菊鞠の姿。
そして、その口から語られた「おもてなし」の本質。
それらを目撃した瞬間、萩子、牡丹、椛の三人の全身に、鳥肌が立つほどの凄まじい衝撃が走った。
「相手が、一番次のプレーをしやすい……最高の優しさを込めた、パス……?」
牡丹が、信じられないものを見るように目を見開く。
「それって……サッカーにおける、味方を120%活かすための究極の『アシスト』の精神そのものではなくて……!?」
「なるほど……! 自分のエゴを捨ててチームのために球を繋ぐ……。神酒盃さん、君の言っているその『おもてなし』こそが、僕たちの同好会に足りなかった、最高のラストピースだ……!」
目を輝かせて勝手に大感動し始める椛たちを見て、菊鞠はパチパチと瞬きをするのだった。
「……サッカーにも、何か通ずるものがある、ということでしょうか?」
菊鞠は「こてん。」と首を傾げる。。
「ええ、もちろん、似て非なる球技ではありますが、違う中にも同じ精神が息づく、ということもあるでしょう?――わたくしたちは今、それを感じ取って、心が震えていますのっ!」
牡丹がその感動を反芻するように胸に手を当て、そっと目を瞑った
「――なぁ。……蹴鞠体験、もう終わりなのか?」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【それが守れるなら――私も、あなたたちのサッカー同好会に入ってあげようじゃないですか!】
次回、猪鹿蝶編 終了です。
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
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