「私たちはそれを『鞠道(きくどう)』――あるいは『蹴鞠道(しゅうきくどう)』と呼んでいます」
タイトル回収です。
「こちら、ありがたく頂戴いたしますね。少しお待ちくださいね」
菊鞠は社務所に併設された授与所の窓口へ向かい、留守番をしていた祖母に、牡丹から貰った高級ショコラの紙袋をそっと預けた。
「菊鞠ちゃん、あちらの子たちは学校のお友達?」
社務所の奥から、境内の様子をニコニコと眺めていた祖母が話しかけてくる。
「んー、お友達……なのかな?」
知り合ったばかりだし、正直に言うと最初の印象は最悪に近い。現時点で素直に『お友達』と呼ぶには、少し躊躇われる間柄だ。
窓口の奥からの視線に気づいたのか、境内にいた蝶名林牡丹がすっと背筋を伸ばして深々とお辞儀をした。
それを見た椛と萩子も、慌てて一歩遅れてペコリと会釈をする。
祖母もまた、嬉しそうに丁寧な会釈を返した。
「よく分からないけど、我が家の蹴鞠保存会に入ってくれるらしい、とっても奇特な方々……かな?」
「そう、それは良かったわねぇ。仲良くするのよ?」
「……うん」
本当に仲良くできるかは未知数だが、祖母の手前だ、大人の対応で返事をしておく。
「お待たせいたしました。それでは『鞠庭』へ案内しますね。と言いましても、すぐ目の前ですが」
ジャリッ、ジャリッ、ジャリッ――。
案内した鞠庭は、参道を挟んで社務所のちょうど反対側。
玉砂利を鳴らしながら、菊鞠は三人を伴って歩く。
テニスコート半分ほどの広さに綺麗に均された土の空間があり、その四隅にはそれぞれ、一本ずつ立派な木が植えられている。
「へえ! あのぽっかり空いてる空間がそうなの?」
「広さはどのくらいなんだろう。サッカーのフットサルコートよりは狭そうだけど」
猪目と鹿戸が、珍しそうに視線を巡らせながら問いかけてくる。
「そうですね。広さは七間――メートルに直しますと、約12.7メートル四方の正方形になります」
「あら……。松に、桜、楓に、柳……。とても風流な佇まいですわね」
四隅の木々を見つめ、牡丹が感心したように細い息を漏らした。
「これらは『式木』と言います。松は冬を、桜は春を、柳は夏を、楓は秋を、それぞれ表しています」
「なるほど、まさに春・夏・秋・冬の『四季木』だな! 風流じゃん!」
拳をポンと叩いて得意げに笑う萩子だったが、菊鞠は彼女が頭の中で思い浮かべている漢字が、根本的に間違っていることに気づいてしまった。
「……猪目さん。春・夏・秋・冬の『四季』ではなく、入学式や卒業式などの『式』、つまり儀式の式、という字を書くんです」
「あっ〜〜! そっちの漢字かよっ!」
萩子が頭を抱えて激しくのけ反る。
おっとりと微笑む菊鞠の横で、牡丹が「これだから萩子さんは……」とこれ以上ない呆れ顔でため息を吐き出すのだった。
「あのさ、靴はこんなスニーカーのままでも、いいのかい?」
自分の履いているルディダスのスニーカーを指差しながら、椛が尋ねてくる。
「そうですね。本来は私が履いているような蹴鞠用の革靴を履くのですが、今日はあくまでも体験ですし、そのままで大丈夫ですよ」
「……その靴って、やっぱり買った方がいいのかな?」
(お高いんでしょう?)という、財布の中身を心配するようなニュアンスを滲ませて椛が言う。
「そうですね。蹴鞠保存会に入会して、ある程度続けられるようなら購入しても損はないとは思いますが……」
「まずは正式に入会し、そして何より『継続し続けること』が購入の前提、ということですわね」
牡丹がすかさず、菊鞠の言葉の真意を綺麗に補足した。
「そういうことですね。さすが蝶名林さん、お話が早くて助かります」
菊鞠は三人を伴い、鞠庭の端をゆっくりと歩く。
南側に位置する『柳』と『楓(紅葉)』の木を直線で結んだ、ちょうどその中央で足を止めた。
「ここが、鞠庭の南。つまり『入口』になります――鞠庭は本殿に対して真向かいの南の方角になるように設えられていて、神様に真っ直ぐ相対するように入るのが古くからの習わしなんです」
そこで菊鞠はすっと背筋を伸ばし、御神前に向けて一礼して鞠庭の中へと足を踏み入れた。
三人もその凛とした空気に引っ張られるように、慌てて一礼して後に続く。
「うわー、なんか急に緊張してきた……!」
「剣道部や柔道部道場に入るときみたいだな」
萩子と椛が、神聖な土を踏み締めながら身震いする。
「あ、その認識は間違いではありませんよ。蹴鞠も柔道や剣道、あるいは華道や茶道のように、心構えや所作について数多くの決まり事があります。私たちはそれを『鞠道』――あるいは『蹴鞠道』と呼んでいます」
「なるほど。この12.7メートル四方の鞠庭こそが、鞠道における『道場』というわけですわね」
牡丹が納得したように頷く。
「その通りです。あ、今は特に言いませんでしたけれど、道場に入る時は『左足から跨ぐ』という決まりがあります」
「えっ!? そういう大事なルールは先に教えてよ!」
「うわ、どっちの足から入ったかなんて全然覚えてねえよ……」
頭を抱える椛と萩子に、菊鞠はおっとりと微笑みながら首を傾げた。
「ふふ、大丈夫ですよ。続けていくうちに、意識しなくても自然と左足から入れるようになりますから」
「要は、身体に馴染むまで慣れることが肝要、ということですわね」
「はい、その通りです。代弁してくださり、ありがとうございます。――それで、蹴鞠をするプレイヤーの事を、私たちは『鞠足』と呼びます」
「――本来は八人の鞠足で行いますが、今は四人ですので、それぞれ式木を背にして対角線上に向かい合うように立ちましょう。えっと、皆さんどの位置にいたしましょうか?」
ここで菊鞠は、困ったように三人を見回した。
「そうですわね……まずは神酒盃さん、ご自身の位置を教えてくださる? これも、本来は鞠道の規則に則った『順番』があるのではないかしら。まずは最上位者の位置を把握してから、私たちの配置を決めましょう」
さすがは元チームの司令塔だ。
伝統芸能の組織的なルールを瞬時に察して、全体のバランスを取ろうとしている。
「私が『軒』を務めますね。――あ、軒というのは、この場における鞠足の一番手、つまりゲームメーカーのような役割なんです。私が軒のままで構いませんか? 他にやりたい方がいらっしゃるなら……」
「やりたい! ……けど、今は神酒盃がやってくれた方が絶対にいいよ!」
「うん。まずは神酒盃さんが、その『軒』として僕たちを引っ張ってくれると助かるかな」
「萩子さんと椛さんもこう言っていますし、神酒盃さん、よろしくお願いいたしますわ」
三人は口々に「菊鞠に任せる」と伝える。
「皆さんがそう言ってくださるのでしたら、私が『軒』を務めさせていただきますね」
三人の信頼の籠もった提案を、菊鞠は心地よい緊張感と共に、静かに承諾するのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「次に蹴るお友達が、世界で一番気持ちよく蹴られるように、最高の優しさで球を置く、それだけなんです」】
どうぞお楽しみに!
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