「あの……もしよろしければ、少しだけでも『蹴鞠(けまり)』、体験していきませんか?」
「実は本日、わたくしたちがここへ参りましたのは――神酒盃さん、貴女の『蹴鞠保存会』に入会させていただきたく、お願いに上がりましたの」
「……えっ?」
予想もしなかった単語に、菊鞠はパチパチと瞬きをした。
「その前に……勝手ながら、神酒盃さんの中学時代のお話を、二中出身の生徒から伺いました」
「私たちの度を越した勧誘が、貴女のトラウマを刺激してしまっていたこと……本当に、申し訳ありませんでしたわ。私たちは全面的に非を認め、深く反省しております」
「すみませんでした!」
「――したぁっ!」
牡丹が深々と頭を下げ、椛と萩子も同じように頭を下げる。
「は、はぁ……」
突然のことに、菊鞠は戸惑うしかなかった。
「それはそれとして――私たちは貴女のあの素晴らしい技術を目の当たりにし、図らずも伝統ある蹴鞠保存会の存在を知りました」
「自分たちの好きなサッカーだけを押し付け、貴女が狂おしいほどに愛する伝統芸能を『単調だ』などと見くびるのは、あまりにも無分別。――そう思い至り、まずはご神前に対してお詫びしたく、参りました」
牡丹は、菊鞠の目を見据えて話す。
あくまでも筋を通そうとする姿勢が感じられる。
「――こちらは、私たちのほんの気持ちですわ」
差し出されたのは、チョコレート色の高級そうな紙袋。
紙袋には、お洒落なロゴマーク。
金箔で、流麗な筆記体で“Tetteh Quarshie”と書かれている。
――知る人ぞ知る、最高級のショコラティエなんだろう。
中身は、女子高生のお小遣いではとても買えそうにない。
目玉が飛び出るほど、お高い代物に違いない。
思わず受け取ってしまったものの、手に伝わるずっしりとした重み。
漂ってくる甘い気品に、菊鞠は完全に戸惑っていた。
「もし……もし神酒盃さんが許してくださるのなら、私たち三人、貴女の蹴鞠保存会で一から修行をさせていただけないでしょうか? 」
「――もちろん、引き換えに『サッカー同好会』への勧誘の件は、本日を以て完全に白紙にいたしますわ――」
「――牡丹くん!? それは話が違うよっ!」
牡丹がお嬢様らしい凛とした口調で宣言すると、椛が弾かれたように抗議の声を上げる。
どうやら、この神社への突撃、三人の間でも100%意見が一致していたわけではなかったらしい。
「少しお黙りなさい、椛さん」
「――無理強いをしてまでメンバーを増やすものではありません。自重なさい」
牡丹は、キッと椛を睨み、有無を言わせぬ圧で椛を叱る。
「……はい」
お嬢様然とした牡丹の一喝に、宝塚のトップスターを思わせる椛が、耳を垂らした大型犬のようにすっかり大人しくなる。
「ひひひっ、おーこらーれたー!」
「――萩子さん、笑い事ではありませんよ? 貴女も教室で毎日やらかしていますからね?」
「……はぁい」
茶化していたウルフカットの萩子すらも一喝。
どうやらこの三人組の中では、蝶名林牡丹こそが絶対的なストッパーにして、冷徹な司令塔ボスであるらしい。
「見苦しいところをお見せして失礼いたしました、神酒盃さん。私たちの意思疎通が足りなかったようですわ」
牡丹はスッと顎を引き、真っ直ぐな瞳で菊鞠に向き直った。
「それで……いかがでしょうか。自分勝手で虫の良すぎるお話だということは重々承知しております。即答くださらなくても構いません。ただ、私たちの謝罪の気持ちだけでも、ご一考いただけると幸いですわ」
「……。」
おっとりと微笑んだまま、菊鞠は手元の最高級チョコの紙袋を見つめる。
一旦は「サッカーは白紙にする」と言いつつ、椛たちのあの落ち込みようを見れば――保存会への入会が『暗にサッカー同好会への交換条件』になっているのは見え見えだ。
(ふふ、本当に滑稽で……そして、なんて律儀な人たち)
中学時代の約束をブッチして逃げたサッカー男子たちとは、根本的に中身が違う。
どう返答したものか菊鞠が少し悩んでいるのを見て、牡丹は潮時とばかりに退出の挨拶へと切り替えた。
「それでは、本日はこれで失礼いたしますわ」
「えっ、牡丹くん、もう帰ってしまうのかい!?」
「アタシ、てっきり本物の蹴鞠を体験できるかと期待してたんだけどなぁ……」
椛と萩子が露骨に不満げな声を漏らす。
牡丹が社会人のような建前でスマートに引こうとしているのに、脳筋な二人が本音をボロボロとこぼしてしまうせいで、全く目的を果たせていない。
その凸凹な様子が、菊鞠には少し愛おしくすら思えていた。
「あの……もしよろしければ、少しだけでも『蹴鞠』、体験していきませんか?」
「「えっ! 本当かい!?(マジで!?)」」
食い気味に身を乗り出してくる椛と萩子。対して、牡丹だけは少し申し訳なさそうに眉を下げる。
「……それは、お邪魔ではございませんか? 神酒盃さん」
「ええ、せっかくここまで来ていただきましたし、一度本物を体験してみてから、改めて入会を判断されたほうが良いかと」
「――このような素敵な手土産までいただいて、そのままお帰ししては、菊堂神社の名がすたります」
おっとりと微笑みながら、抱えていた紙袋をぽんと片手で叩く。
「なるほど……。確かに、神酒盃さんのおっしゃる通りですわね。では、お言葉に甘えさせていただきますわ」
「「やった――!!」」
牡丹が優雅に首肯した瞬間、椛と萩子が子供のように歓声を上げてハイタッチを交わした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「私たちはそれを『鞠道』――あるいは『蹴鞠道』と呼んでいます」】
どうぞお楽しみに!
――
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