「――でも、毎日あんなにグイグイ来られたら、胃に穴が空きそうになるの、わかるんよ」
あの日の以降、薔薇色に輝くはずだった菊鞠の学園生活は一変した。
いや、正しくは――菊鞠の日常『だけ』が、最悪の方向に激変したというべきだろう。
朝――。
「神酒盃くん、おはよう! どうだろうか、サッカー同好会の件、前向きに考えてくれただろうか?」
昼――。
「――神酒盃くん!一緒に青春の汗を流そう!」
放課後――。
「――神酒盃くん!」
日を置くことなく、堂々と菊鞠たちの教室へ押し入ってくる鹿戸椛。
これでは、中学時代にサッカー男子から無闇に言い寄られていた時と変わらないではないか。
今回は交際の申し込みではないだけマシかもしれない。
しかし、興味のない勧誘をお断りし続けるのは、精神がゴリゴリと削られるものだ。
ちなみに、あやめはというと――。
「実家の母から『サッカーは小学生まで、お琴に専念しなさい』と厳しく言われておりますので。本当に申し訳ありません」
と、初日に上品に頭を下げたところ。
真面目な椛たちは「……そうか、家庭の事情なら無理は言えないね」と、あっさりと納得して引いたらしい。
(……おかしい。絶対におかしい。あやめちゃんを救い出すために頑張ったのに……)
(――なぜ、私だけが狙われてるのかしら)
微妙に、というか猛烈に納得のいかない理不尽さを感じて白目を剥く菊鞠。
「ごめんね、菊鞠ちゃん。私のせいで――」
そんな菊鞠を見て、申し訳なさそうに手を合わせるあやめ。
「う、ううん……あやめちゃんが安全なら、それでいいの。それでいいのよ……」
大好きな親友を恨むわけにはいかないが、机に突っ伏したくなる衝動は抑えきれない。
「……なんか、神酒盃ちゃんも大変だねぇ」
お弁当の箸を止め、クラスメイトの種村カスミが心底同情を込めた目を向けてくる。
「ごめんね、種村さん。毎日クラスをお騒がせしてしまって……」
「ううん、ウチらはあのイケメンな鹿戸さんたちが毎日見られてちょっと……いや、かなり眼福なんだけどね~……」
思わず涎が垂れるのを、長いカーディガンの袖で隠すように拭うカスミ。
「――でも、毎日あんなにグイグイ来られたら、胃に穴が空きそうになるの、わかるんよ」
最初は何事かと色めき立っていたBクラスの女子たちだったが……。
今ではすっかり菊鞠の「避難シェルター」となり、椛たちから菊鞠を隠してくれるようになったほどだ。
「ただいま帰りました……」
帰宅し、拝殿に一礼してから家に入る。
今日は両親と祖父が、氏子さんの神式の葬式――神葬祭のために揃って出掛けていた。
祖母が留守番として、のんびりと社務所で待機しているだけで、夕方の境内には参拝客の姿もなく、静まり返っている。
菊鞠はいつもの巫女装束に着替え、使い慣れた鞠を抱えて境内へと降りた。
もちろん、足元は鞠沓だ。
これから夕飯までの1時間ほどが、菊鞠にとって学校の憂鬱を忘れられる、唯一の至福の時間だった。
――だった、はずなのだが。
「…………な、なんで、ここにいるの……っ!?」
「やはり、ここの神社だったんだね」
「貴女のこと、徹底的に調べさせていただきましたわ」
「っても、二中出身のクラスメイトからちょっと話を聞いただけだけどねー!」
夕日に照らされた賽銭箱の前。
そこに並んで立っていたのは――、鹿戸、蝶名林、猪目の三人だった。
ついさっきまで神妙に参拝をしていたのだろう。
しかし、菊鞠にとっては悪夢の再来でしかない。
「まさか、実家にまで押しかけてくるなんて……! もしかして、ストーカー!?――変質者っ!?」
後ずさりする菊鞠。
「いや、それは誤解だよ、|神酒盃さん……!」
ジリ、ジリと菊鞠との間合いを詰めようとするのは宝塚のトップスターのような椛。
――だが、今の行動は、かえって不審に映る。
「あれだけしつこく教室へ突撃していれば、ストーカー扱いされても文句は言えませんわよ椛さん――」
「猪突猛進は萩子さんだけで十分ですわ」
「困りますわ」とばかりに、頬に手を当てて首を傾げるのは、縦ロールのお嬢様の牡丹。
「おい牡丹! 今アタシを遠回しにイノシシ扱いしたか!?」
ウガーッ!と牡丹に抗議するのはウルフカットの萩子だ。
「萩子さん、少しお黙りになって。――もちろん、椛さんもですわよ」
「んぐっ!? ……はぁい……」
「……はい」
ツンと顎を引いた牡丹の一喝に、椛と萩子――高身長の二人は、完全に気圧されて縮こまる。
コホン。
上品に咳払いをして菊鞠の正面へと一歩踏み出る牡丹。
「実は本日、わたくしたちがここへ参りましたのは――神酒盃さん、貴女の『蹴鞠保存会』に入会させていただきたく、お願いに上がりましたの」
「……えっ?」
予想もしなかった単語に、菊鞠はパチパチと瞬きをした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「あの……もしよろしければ、少しだけでも『蹴鞠』、体験していきませんか?」】
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
よろしくお願いいたします!




