「そこまで言うのなら――見せてあげるっ!」
「――それにしても、蹴鞠ってなんか単調なんだな」
「――っ!!」
悪気のない、何気ない一言を放ったのは、ウルフカットの少女、萩子。
その瞬間、場の空気が、パキリ、と完全に凍りついた。
「あわ、あわわわ――っ!」
「――えええええっ!?」
「――ちょっと、萩子さん! 今すぐその口をお閉じになって、空気をお読みなさい!」
青ざめ、おろおろするあやめ。
信じられないものを見るような椛。
――そして牡丹が、般若のような顔で萩子を怒鳴りつける。
だが、菊鞠の脳天には、カッ――と凄まじい血が上っていた。
よくボールを落とさなかったと、自分を褒めたいくらいだ。
萩子の一言は、妥協に甘んじようとしていた菊鞠の内心を、正確にぶち抜いていた。
(そこまで言うのなら――見せてあげるっ!)
(私が彼から奪い、神事の領域まで高めた『妙足』を……!)
「――ようっ」
ぽんっ!
菊鞠の瞳から、おっとりした光が完全に消え失せた。
ぽん。
菊鞠は、あえて膝より低い位置へとボールを躍らせる。
刹那。
ボールを蹴り上げた右足が、生き物のような速さで空中を走った。
くるり――
落ちてくる球体の外側を、右足が神速でまたぐ。
そのまま、鋭くジャンプ。
空中で再び同じ右足の甲でボールを捉えると、今度は内側から逆方向へ――。
――くるり。
右足一本による、空中での二重円。
「――っ、ドラゴンフライっ!?」
それまで静観していた椛が、前のめりになって絶叫した。
「いや、違う……! 普通は右足で蹴り上げたあと、左の軸足を使って無理やりまたいでいた。なのに、あの子は――」
右足一本だけで完結させている。
極限まで高さを低くし、回転速度を神の領域まで高めた、完全なる蹴鞠のルール。
元となった現代サッカーの技よりも、遥かに難易度が跳ね上がったオリジナル。
その名も――《青蛉返し(せいれいがえし)》。
当時、悔しさをバネにフリースタイルの動画サイトを見て研究。
すべて「右足一本、落とさない」という蹴鞠のルールにアレンジして習熟させたオリジナルの妙足だ。
――掴みは上々、どころの騒ぎではない。
『猪鹿蝶』の三人は、もはや声すら出せずに固まっていた。
(……それにしても、これ、いつまで続ければいいのかしら?)
ぽん。
とーん。
とん。
額にうっすらと汗を浮かべながら、菊鞠が内心で首を傾げたその時――。
椛が深く感服したように息を吐き出した。
「……なるほど。神酒盃さん、君のトリックが宇宙一素晴らしいことは骨の髄まで理解できたよ」
お手上げ、といったふうに、大げさに両手を挙げて椛は笑う。
「……それで、確か蹴鞠という競技は、こうして一人で魅せるだけでなく、複数人でパスを回し合うものだったと思うんだが――、違ったかな?」
「あら――。そんなことを言いながら、本当は椛さん――。貴女自身が、ボールを蹴りたくて堪らなくなっただけなのではありませんこと?」
菊鞠は、彼女たちが言う意味を理解しようと、おっとりと小首を傾げる。
なんだ、そういうことなら話は早い。
「――ようっ」
ぽーんっ。
と菊鞠は右足の甲で、優しくボールを押し出した。
ボールは椛の胸元の高さで綺麗な弧を描き――、
彼女の足元へと吸い込まれるように収まる。
「おっ!? 最高のパスだ!」
ポンッ――!
血が騒いだ椛がすぐさまボレーで牡丹へと繋ぎ――
――パシュッ!
縦ロールを揺らしながら、牡丹が正確なトラップから萩子へとパスを回す。
「おっと、悪ィ!」
――ズバーン!
テンションの上がった萩子がダイレクトで菊鞠へ返そうとした――。
が、キックが少し力み、ボールは菊鞠から遠く離れた方向へと飛んでいってしまった。
「おうっ」
誰もが「あ、落ちる」と思った次の瞬間。
――ぽす。
菊鞠は左足の膝を滑らせるように地面に突く。
右足を地面に這うようにするりと伸ばし――
今にも地べたに落ちそうだったボールの真下を、つま先で掬い上げたのだ。
「――うわっ!?アレをカバーしちまうのか! ――あはは!」
萩子が本当に愉快そうに大笑いする。
ぽん、ぽんと、放課後の校舎裏に響く、心地よい打球音。
あやめが驚きと感動の目でそれを見つめる中――。
サッカーの悪口ばかり言っていたはずの菊鞠の胸の奥にも、トクトクと温かい高鳴りが広がっていく。
(――あぁ。 私、なんだか――少しだけ、楽しくなってきたかも……?)
自分が今、『鞠』ではなく、嫌悪していたはずの『サッカーボール』――。
それを、サッカー同好会のメンバーたちと一緒に、笑いあいながら落とさずに回し合っている。
そんなことは、今の菊鞠の頭からは完全に消え去っていた。
「――菊鞠ちゃん」
ふいに、少し拗ねたような、あやめの声が聞こえてきて、菊鞠はハッと我に返った。
振り返れば、あやめがジト目で菊鞠を睨んでいた。
「菊鞠ちゃん、私のことをすっかり忘れて、サッカーボールに夢中になっちゃってる」
「あ、あはは……。ごめんね、あやめちゃん……」
「――そもそもなんでここでボールを蹴ることになったのか、目的も完全に忘れちゃってるよね?」
普段は大人しいあやめだが、怒ると怖い。
――めっちゃ怖い。
「あはは……。……本当にごめん」
(言われてみれば、どうして私は、サッカー同好会の人達と、ボール遊びし始めちゃったんだろ……)
(ま、いっか!――楽しかったし!)
菊鞠の開き直る様子が伝わったのか、あやめが再びジト目で睨む。
――そこへ。
「素晴らしい! 素晴らしいよ神酒盃さん!」
「本当に見事な妙足ですわ!」
「あんた、マジでスゲーよ!!」
先ほどまでの疑惑の目はどこへやら。
三 者三様の熱量で『猪鹿蝶』の面々が菊鞠を絶賛してくる。
「どうだろう、八橋さん、神酒盃さん。――僕たちのサッカー同好会に、二人揃って入会してもらえないだろうか!」
キラキラと期待を込めた椛、牡丹、萩子の視線が、二人の少女へと一斉に注がれる。
あまりにも脱線しすぎて忘れかけていたが、元々はこれが本題だったのだ。
熱い勧誘の眼差しを真っ向から受け止め、菊鞠とあやめは顔を見合わせると――驚くほど綺麗に声を揃えて、にっこりと微笑んだ。
「「――ごめんなさい、お断りいたします(お断りします)」」
「「「ええええええええっ!?!?!?」」」
見事にハモった無慈悲な即答に――。
今度は『猪鹿蝶』の三人が大絶叫を上げ。
バタバタバタバタ――!
驚いたハトが、一斉に飛び立っていく。
「神酒盃さん!僕は――諦めないからね!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
次回予告――
【「――でも、毎日あんなにグイグイ来られたら、胃に穴が空きそうになるの、わかるんよ」】
どうぞお楽しみに!
――
「菊鞠のおもてなし無双がもっと見たい!」
「サッカー同好会のドタバタが大好き!」
と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
よろしくお願いいたします!




