「カ、カスミちゃん……カムイコタン(神々の集落)はここにあったのかな!?」
「ねぇねぇ、せっかくやき、一緒に苫小牧観光しようや!」
その春乃うららの圧倒的な陽キャエネルギーの突撃に巻き込まれる形で、八々花女子の貴重な完全自由行動は、誰も予想し得なかった大混乱の4人観光へと変貌を遂げていた。
広大な北駒牧場を後にした一行は、雄大な大自然が広がるウトナイ湖の景色を車窓からさらりと眺めつつ、そのまま苫小牧の市街地へと向かう順路を進んでいた。
──快晴の空の下、その途中に立ち寄った『四星製菓』の本店。
ガラスケースの向こうに並ぶ地元の名物ロールケーキを前に、さっそくうららは、おねだりしていた桜よりも早く、そのハスカップがたっぷり塗られた銘菓に目を輝かせていた。
「んおーっ! これ、めちゃくちゃハスカップが甘酸っぱくて美味しいちやーっ!!」
ポニーテールを嬉しそうにぶんぶんと揺らしながら、無邪気な笑みを浮かべるうらら。
だが、ロールケーキの表面にたっぷりとおしみなく塗られた極上のジャムは、一切の気取りなく全力でかぶりつく彼女の前には、あまりにも食べにくさのハードルが高かった。
一口かじるごとにハスカップの赤が広がり、気づけば彼女の口元は、ベタベタのハスカップ色に染まりきっている。
「ちょっと、うららさん!? あなた、口元がとんでもないことになっていましてよ!? これだからあなたは……!」
左右の美しい縦ロールを激しく揺らしながら、高飛車なお嬢様口調で本気で焦り狂ったツッコミを上げたのは金王美輪だった。
美輪は深いため息をつきながらも、迷うことなく自らのバッグから、刺繍の施された一級品の高級ハンカチを取り出す。
そして、「じっとしていなさい」と、至近距離でうららの顎をそっと片手で固定すると、まるでお気に入りの仔馬をいたわるかのような慣れた手つきで、そのベタベタになった口元を優しく丁寧に拭い始めたのだ。
「ひえぇぇぇっ……!!!!(尊死)」
その瞬間、店内で八々花女子が誇るオタクバディの脳内データ回路が、同時に深刻な熱暴走を起こした。
長い前髪をガタガタと震えさせて白目を剥きかけている桜。データの死角を突かれたカスミまでもが、完全にその場に崩れ落ちんばかりに悶絶している。
「カ、カスミちゃん……カムイコタン(神々の集落)はここにあったのかな!?」
「サクラちゃん、それを言うなら、カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)やカムイトー(神々の湖)が正しいんよ……っ」
明日、決勝進出を懸けてピッチで死に物狂いで殴り合うはずの絶対的エースコンビ。
その戦いの裏を支える、あまりにも強固な信頼の連携を真っ正面から食らいながら、2人は両手にお土産の『四星製菓』の箱を抱えて、ホクホクとした心地よい疲労感と共に宿舎へと戻ってきたのだった。
──宿舎の裏庭。
「あり。」
「よう。」
「おう。」
夕暮れの茜色の光が差し込む静かな裏庭で、戻ってきた2人を迎えたのは、いつもの凛とした請い声だった。
だが、いつもと決定的に違っていたのは──。
伝統の『鞠』から、白と黒の硬質な『サッカーボール』に変わっていたこと。
そして菊鞠だけでなく、あやめや千鶴、そして桐子までもが加わり、輪を作ってその右足で戯れていたことだった。
請い声が響くたび、1つのボールが夕暮れの空間に美しい弧を描き、吸い付くように彼女たちの間で繋がり、連鎖していく。
それはまるで、別の意味で完璧に完成された、もう一つの『神々の遊ぶ庭』そのものであった。
「──あ、皆さん!」
桜が声を上げた瞬間、菊鞠は《後ろ鞠》で鮮やかにボールを中空へと浮かせ、その白と黒の球体をあやめの足元へと寸分の狂いもなく届けた。あやめがそれをピタッと吸い付くように収めてみせる。
その一瞬の澱みもない連鎖の美しさに、うららと美輪の瞳が、同時にアスリートとしての鋭いものへと切り替わる。
「へぇ、キミたちがウワサの八々花女子! ニシシ、めちゃくちゃ良い体幹しちゅうやん! ねぇねぇ、せっかくだからさ、ちょっとそこのボールで、一緒にパスゲームしようや!」
「うららさん、あなたという人は……! ……ですが、八々花の緻密な戦術の連鎖、その技術、明日を前に少し興味がありますわね」
うららがポニーテールを揺らしてピッチ外の突撃を仕掛け、美輪も高飛車に髪を揺らしてそれに乗る。
あまりにも予想外すぎる強豪からの申し出に、
「え、と……?」
菊鞠は少し戸惑うような顔をして、仲間たちを見回した。
明日、決勝進出を懸けて戦う相手。
その絶対的エースたちと今すぐこのボールで戯れたい──そんな本能的な欲求が胸を突き動かす一方で、明日の決戦を前にした仲間たちの反応を考えて、一瞬その足を逡巡させたのだ。
だが、その迷いを、頼もしい仲間の声が優しく解きほぐした。
「いいんじゃない? ピッチの上ではなく、ここは宿舎の裏庭だしね」
桐子がうっすらと浮かぶ汗を拭いながら答えると、千鶴が「桐子が良いなら構わん」と静かに頷く。
「菊鞠ちゃんが、一番やりたそうな顔をしてるもの。私たちに遠慮しないで」
あやめもまた、菊鞠の内に秘めた欲求を読み取って、優しく微笑むのだった。
お互いの意思を認め合い、固い絆で結ばれた八々花の仲間たちからの、これ以上ないほど温かい後押しだった。
「──ありがとうございます。それでは皆様、お相手願えますか」
菊鞠は腰まで届く黒髪を揺らし、その凛とした瞳に、純粋にボールと戯れることを愛する少女としての晴れやかな笑みを宿した。
夕暮れの裏庭に集う、私服姿の少女たち。
明日、決勝進出を懸けて激突するはずの敵味方が入り乱れ、ボール1個を挟んで、最高に贅沢でわちゃわちゃとした即興のパスゲームの幕が、今ここに切って落とされたのだった──。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
てぇてぇ回です。
さて、桜の口から「カムイコタン」の名が出ましたが、カムイコタンをよくよく調べてみると、「聖地」というよりは、やや「魔境」に近いイメージか?と感じました。
「神々の集落」とは言いますが、アイヌの伝承では「悪神と英雄とが争った場所」という古戦場という意味のほうが強そうでした。
言われてみれば、学生時代に一度訪れたときに、清冽なイメージよりは「触れてはいけない」恐怖を感じたのを覚えています。
なので、カスミの口からは「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」や「カムイトー(神々の湖)」と訂正させる発言をさせました。
ちなみに、「カムイミンタラ」は大雪山、「カムイトー」は摩周湖などを表す言葉でもあるようです。
後半、宿舎でのボール遊び。
最初は菊鞠が一人で朝から夕方まで数鞠(蹴鞠の、練習方法のひとつ)をさせている場面にしようと考えていましたが、仲間たちとパスゲームしている場面にしたほうが良い、と修正しました。
そして、その場面を「カムイミンタラ(神々の遊び場)」という形でシンクロさせてみた次第です。
「カムイコタン、行ったことあるんか!」
「キマシタワーから進化してるw」
「うら美輪てぇてぇ」
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