「バグ発見! あの4番、カードを怖がって列(ライン)を詰めてこないよ!」
後半最初のキックオフは、八々花だった。
天堂監督の「システムごと全消ししてハメ殺し返せ」という獰猛な指示に基づき、柳や椛はもちろん、萩子、そして廊下で啖呵を切った藤乃自身もまた、自分が得点に絡んでやるとばかりにエゴを剥き出しにして一斉に前線へと突進していく。
──だが。
全国シード校のプライドを懸けた、落果成学院の対応もまた、死に物狂いだった。
前半で叩き込まれた柳のバナナボレーの軌道と、菊鞠の無音のトラップ。落果成のシステムは、その未知のバグを警戒し、最終ラインをミリ単位でスライドさせてパスコースを限界まで狭めにかかる。
──萩子の渾身のパワー突進と、落果成の堅牢な密着ブロックが激しく火花を散らし、ピッチ中央で泥臭いセカンドボールの奪い合いが勃発。
その激しい混戦の隙を突くようにして、羽豆竜子が執念のインターセプトを成功させた。
「よしっ! ──みんな、一気に全消し(バースト)しちゃうよ!」
ボールを呼び込んだ落果成学院が、一転して『超前傾全力連鎖シフト』へと移行する。
馬路雫がピッチの左右を激しく往復しながらルーズボールを高速で投げ返し、両替響貨が小さなショートパスを大きなサイドチェンジへと一瞬で展開。
さらに文文字中が八々花のディフェンスラインの僅かな隙間にピタッと正確に体をハメ込んで、目まぐるしい高速のパスラインを完成させていく。
カチッ、カチッ、と音が聞こえてきそうなほど精密に加速していく、落果成学院の完全体の多重連鎖カウンター。
前傾姿勢から急いで自陣の守備レーンへと戻ろうとする藤乃だったが、その行く手へ落果成の青いユニフォームの列が怒濤の勢いで殺到した。
(──ここや! これ以上、絶対に前へ進ませへんぞ……!!)
鋭い眼光で迎撃のタックルを仕掛けようとした──。
──その、瞬間だった。
地方予選の決勝戦で喰らった、あの忌々しい退場処分の記憶が、藤乃の脳裏に冷酷な現実の鎖となって巻き付いた。
(……あかん。ここで突っ込みすぎて、またあの時と同じようにカードを出されたら──自分のせいで、チームがまた終わってしまう……!)
ほんのコンマ数秒。脳裏を過った激しいトラウマが肉体を縛り、藤乃の踏み込みが無意識のうちに甘くなる。
バシッ。
いつもなら確実にボールごと刈り取っていたはずの藤乃の右足が、わずかに届かない。
最前線にいた名座愛歌はその歪みを見逃さず、ニシシと獰猛に笑った。
「バグ発見! あの4番、カードを怖がって列を詰めてこないよ!」
一度ハメ込みの甘いスペースを見つければ、執念深くそこを狙い撃ちにするのが落果成のパズル戦術だ。
「藤乃さん! 距離が遠いですわよ!」
最終ラインを統制する、ボランチの牡丹の悲鳴のような指示がスタジアムに響く。
藤乃の背後をカバーすべく、桜が泥を飛ばしてスライディングを放ち、至近距離のクロスを身を挺してブロック。
跳ね返ったセカンドボールも、小梅が絶妙なポジショニングで相手の文文字中に身体をぶつけ、強引にクリアボタンを押しにいく。
──だが。
2回。
そして──3回。
八々花が死に物狂いで身体を張り、首の皮一枚で落果成の連鎖を阻むものの、そのこぼれ球のすべてを完全体のシステムに拾われ直していく。
ギリギリのところでゴールマウスを死守し続ける、息詰まるような猛攻と防衛の応酬。
誰よりもその事実に焦り、自身の遅れをカバーし続ける仲間の姿に、藤乃は激しく歯噛みしていた。
(分かっとる……分かっとるわボケ! でも、足が、あと一歩が出えへんのや……!!)
猛攻を耐え忍ぶたびにマークのズレは限界を迎え、八々花の強固だった守備網に、藤乃の担当レーンからハッキリとした破滅的な『隙間』が形成されていく。
これは、マズい──。
ベンチで見守るカスミが思わず身を乗り出し、ピッチ上の椛やあやめたちの顔にも冷たい戦慄が走る。
その八々花の陣形の完全な瓦解を見届け、多重連鎖の終着点として、ペナルティエリア中央へ向かって愛歌が完全にノーマークの状態で走り込んだ。
愛歌が勝利を確信し、あの絶望的なシュート体勢へとその右足を振り上げる──。
「──っっっ!!!」
ドバシィィィン!!!
スタジアムの夜空に、肉厚なグローブが弾道のすべてをねじ伏せる凄まじい衝撃音が響き渡った。
完全にノーマークから放たれた愛歌の決定的なシュートに対し、八々花の守護神・千鶴が、長身を極限まで投げ出していた。
千鶴が決死の覚悟で引き絞ったその掌が、至近距離の弾道を強引にゴール左へと弾き出す。
失点こそ免れ、落果成学院のコーナーキックを告げるホイッスルが鳴る。
──だが。
プレイが一瞬だけ止まったそのセットプレーの準備中、八々花のディフェンスラインには、息の詰まるような重苦しい焦燥感が漂っていた。
自らのレーンを何度も崩され、仲間に命懸けのカバーを強いてしまった責任。そして、脳裏にまとわりついて離れない最悪の退場処分の記憶。
藤乃は泥のついた芝生を見つめたまま、完全に足を竦ませて下を向いていた。
「──藤乃ちゃん。藤乃ちゃんっ!!」
激しい耳鳴りの向こうから、聞き馴染んだ幼馴染の声が、閉ざしかけた恐怖の壁を力強く突き破って飛び込んできた。
気付けば、隣に滑り込んできた小梅が、泥にまみれた両手で藤乃の頬をがっちりと掴み、強引にその顔を上へと向けさせていた。
「? 小梅……っ、離せ、また自分、あの時みたいに──」
──ガツッ!!
「おごごごごおおおぉぉ……」
「──ふにゅううううっ!!」
至近距離で派手な音を立てて激突した、お互いのおでこ。
あまりの激しい衝撃と痛みに、藤乃が思わず涙目で悶絶する。
かつて自分が、トラウマに怯える小梅の目を覚まさせるためにやったことの、完全な、泥臭いまでの恩返しだった。
「痛ゥ! ……何すんねんボケ小梅! 痛いやろが!」
「藤乃ちゃんこそ、ウジウジ下向いとる場合ですか!!」
自分もおでこを押さえながら、しかし小梅の頭のてっぺんのアホ毛は、敵をハメ殺すためのレーダーとしてピンと力強く逆立っていた。
その瞳には、逃げ場をなくすほどの真っ直ぐな、絶対的な熱量が宿っている。
「見てました! 廊下であんなに格好いい啖呵切った藤乃ちゃんが、過去のカードなんか気にしてビビってるの見たくないです! 藤乃ちゃんがどれだけカードを貰おうが、退場になろうが、後ろは小梅が、うちらが死ぬ気で守り切ります!!」
スタジアムの喧騒を突き破るように、小梅は泥まみれの顔で、さらにその声を張り上げた。
「だから……小梅の、うちの信じる、最高に格好いい藤乃ちゃんのエゴで、真っ正面から落果成をブチ抜いてくださいよぉぉぉ!!!」
スタジアムの歓声を突き破るようにして響き渡った、幼馴染の魂の咆哮。
おでこに残るジーンとした痛み。
そして、両肩から伝わってくる、誰よりも自分の強さを知ってくれている幼馴染からの、絶対的な信頼の熱量。
──その瞬間。
藤乃の心を縛り付けていた退場処分という名の呪縛の鎖が、音を立ててバキバキに砕け散っていった。
藤乃は涙をグッと拭うと、不敵に、激しく、臨戦態勢の野獣の笑みをその口元へと回帰させる。
「──自分がビビっとるって?……よう言うてくれたわ小梅。おかげで目ぇ覚めたわ!」
恐怖を完全に破壊した藤乃の瞳に、本来の獰猛な闘志の炎が再点火する。
落果成学院のコーナーキック。
ショートコーナーから再び中盤へと戻され、襲いかかってくる愛歌の完全体のパズルシステムに対し、藤乃は軸足を爆発的に踏み込み、有言実行の特大のフィジカルブロックで粉砕すべく、真っ正面から猛然と突っ込んでいった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
後半戦、八々花が先行している状態でのキックオフです。
1点を守らなければいけないという場面で、藤乃が自身の過去の退場がトラウマとなり、思い切った守備に徹しきれない、という場面にしてみました。
そして、かつて稲田ブリリアント学園との試合で藤乃が小梅に対して檄を飛ばした場面に対する、逆転としても描いてみました。
この二人の掛け合いは、この作品の中でも特に「くそでか感情」として熱い気がします。
てぇてぇ。
さて、累積退場の呪縛が解けた藤乃と、そのバディとしての小梅。
どうやってこのピンチを切り抜けるのか!?
次回もお楽しみに!
「やはり、藤乃と小梅てぇてぇ」
「ヘッドバットで通じ合う関係、それが藤梅」
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