「──Намертво!(ナーミェルトヴァ!!!)」
あやめが放った、ミリ単位の精度を誇る極上のパス。
落果成学院のディフェンスラインが作ったわずかな死角──その広大なスペースへと鋭く突き刺さるボールを完璧に呼び込んだのは、柳だった。
カクテル光線の下、低い位置で結ばれたツインテールを激しく揺らしながら、柳は爆速のスプリントを開始する。
試合前の、どこか気弱そうだった少女の姿はもうそこにはない。
現在の彼女の魂は──獰猛な野生の捕食者そのものへと完全豹変していた。
「うにゅにゅにゅにゅにゅにゅ──っ!!」
獰猛な唸り声をカクテル光線の下に轟かせながら、トップスピードを1ミリも落とさないまま、落果成のペナルティエリアへと侵入する柳。
その行く手を遮るように立ちはだかったのは、センターバックの柱円香だった。
「にゅっ!!」
(──ここ、一瞬で抜き去る!)
柳は軸足を鋭く踏み込むと、カミソリの如きキレ味を誇る、十八番の高速Vフェイントを繰り出した。
左右への凄まじい上体の揺さぶりと、一瞬でトップスピードへと回帰する爆発的な切り返し。
並のディフェンダーであれば、逆を突かれて地面に這いつくばるか、その場に凍りつくしかないはずの超絶技巧。
──だが、落果成の防壁は焦りすら見せなかった。
「──『スライド』から、右へ『回転』」
柱円香が冷静にその不気味なコールを響かせる。
次の瞬間、彼女の肉体は、クルリと反転させるかのような驚異的なボディバランスで、その場で鋭く回転した。
正面から柳のフェイントに対応するのではない。
自らの体を独楽のように回しながら軸をズラし、柳がフェイントで切り返したまさにその先の、わずかな空白のスペースへと、吸い込まれるように背中や肩のブロックをピタッと「ハメ合わせる」ように滑り込ませてきたのだ。
「んんんっ……!?」
進路を完全に予測され、完璧な防壁としてハメ殺された野生の捕食者が、カクテル光線の下で初めて驚愕に目を丸くした。
柳の瞳に驚愕が走る。
フェイントのキレ味を完全に予測され、一分の隙間もなく進路を敷き詰められていく絶望。
それは落果成のシステムによる、精密なる地上戦のハメ込み密着ブロックだった。
スピードを殺され、完全にディフェンスの網の目にハメ殺されかけた──まさに、その時だった。
「──どけ柳ィ!! 理屈だのパズルだの、アタイがまとめてドカンとブチ抜いてやるぅぁぁーーーーっ!!」
背後から地響きのような足音と共に突進してきたのは、萩子だった。
細かな足運びや器用な戦術など一切持ち合わせていない、チーム一の大型フィジカル。
萩子は、柳の進路を塞いでいた青いユニフォームの回転防壁に対し、ただ左足一本の圧倒的な推進力だけで真っ正面から激突しにいった。
文字通りの──『弾丸列猪』。
精密に敷き詰められていた落果成のパズル空間が、萩子の理不尽なまでのパワー突進によって、力尽くでこじ開けられる。
激しい接触によって柱円香たちの陣形が崩れ、弾け飛んだルーズボールが、ペナルティエリアの最深部へと転がっていく。
「──柳、萩子、ナイスだ!」
そこへ、キャプテンの椛が猛然と走り込んできた。
カクテル光線が、まるでピンスポットライトのように彼女を照らす。
椛は滑り込みながら、転がるボールへ向かってその右足を一閃。
放たれたダイレクトシュートが、強烈なライナーとなって落果成のゴールへと突き刺さる──はずだった。
「──Намертво!(ナーミェルトヴァ!!!)」
椛のシュートの瞬間に、ゴールマウスの真ん中で、ピタッと完璧にポジショニングを静止させた少女がいた。
落果成学院の絶対守護神、GK四角てとら。
地を這うようなロシア語の咆哮とともに彼女が威風堂々と立ちはだかった瞬間、四角いゴールマウスという枠のすべてが、まるで一分の隙間もなく敷き詰められたかのように、完全に塞がれて見えた。
ドバシィィィン!!!
スタジアムの夜空に、今日一番の硬質な激突音が鳴り響いた。
滑り込みながら放った椛の痛烈なダイレクトシュートは、カクテル光線を切り裂く弾丸ライナーとなって、落果成ゴールの右上隅──まさに『隙間』へと一直線に突き刺さる軌道を描いていた。
誰もが「決まった」と確信した──その、刹那。
──ガシィィィッ!!!
肉体と球体が完全に噛み合う、不気味なほどの摩擦音がスタジアムを支配した。
カクテル光線の真下、微動だにせず空中にその両腕を突き出していた四角てとらの肉厚なキーパーグローブが、椛の放った弾丸シュートの勢いを、真っ正面から完全に死滅させていた。
衝撃をすべて吸い込み、ボールを胸元へガチッと抱え込んだまま、てとらは音もなくピッチへ着地する。
その顔は、氷のように無表情だった。
「……はは、まいったね。あれを完全に掴みとられちゃうとはね」
シュートを放った椛が、どこか自嘲気味に、しかし不敵な微笑みを消さないままフッと息を吐いた。
柳、萩子、そして椛──。
三人が死に物狂いで繋いだ理不尽なまでのパワーと極上の連動。
そのすべてを、落果成学院の絶対守護神は、ただの『一列の消去』として完璧に処理してみせた。
てとらは表情を一切変えないまま、抱え込んだボールをすぐさま右手に持ち替えると、鋭い眼光で前線を見据えた。
「──竜子!」
冷徹な一言とともに放たれたのは、ピンポイントで中盤の底へと突き刺さる、超低空の高速パントキックだった。
そのボールの先で待ち構えていたのは、ボランチの羽豆竜子。
てとらのセーブから、わずかコンマ数秒。
八々花のディフェンスラインが押し上がり、萩子たちが激突した余韻で中盤にほんのわずかな『歪み』が生じた、まさにその刹那を、落果成のシステムは見逃さなかった。
羽豆竜子が足元でボールをスライドさせた瞬間、前線で完全にフリーとなった名座愛歌に向かって、何重ものパスの『超絶コンボ』が再び超高速で回り始める。
「あはは、次はボクたちのターンだね! 連鎖、ハメ込み開始!」
ボブカットを揺らし、青いユニフォームを纏った愛歌が、八々花のバックラインの死角へと無音のスピードで走り出す。
たった一回のキャッチから、瞬時に陣形をひっくり返してハメ殺しにかかる、全国シード校の圧倒的なパズルカウンター。
前半戦、たった「1点」の先制を巡る、息詰まるような極限の主導権争いが、カクテル光線のナイターピッチ上で激しく加速していく。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
八々花側の攻撃となったこの136話、最後はキーパーの四角てとらのキャッチでした。
彼女には、ロシア民謡の「トロイカ」を歌わせようかと考えたんですが、日本語訳の「トロイカ」の軽快感と違い、ロシア語版はもの凄い哀しい歌詞で、試合中に歌わせるにはあまりにも不向きでした。
ちなみに、四角てとらはたぶんデレません。
声優はきっとあの人です。
さて、再びボールは落果成学院。
またも愛歌の連鎖が炸裂するのか!
「いや、普通に日本語の歌詞でいいじゃんw」
「ロシア語でデレないてとらさんw」
「あのロシア大好きな人気声優さんかw」
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