「問おう、貴女が私のティーチャー(マスター)か」
「……みんな。ウチらの本当の戦いは、ここからなんよ」
夕食後のロビー。種村カスミは、全員分の汗まみれのユニフォームが詰まったクソデカいカゴを抱え、青ざめた顔で立ち上がっていた。
「インターハイ名物──」
悲壮な決意を瞳に宿し、カスミは高らかに宣言した。
「──『洗濯機戦争』の開戦なんよ!」
シーン、と一瞬だけロビーに静寂が訪れる。
宿舎のコインランドリーは、どこもかしこも他校の選手たちで超満員。
無情にも回り続けるドラム式、そして乾燥機の前には、絶望的な長蛇の列ができあがっていた。
「いや、開戦なんよ! じゃないわよ」
すかさず、背後から丸めたスポーツタオルでカスミの頭をパシッと叩いたのは、八々花女子高サッカー同好会の顧問──三芳野咲桜里先生だった。
ジャージ姿の彼女の手には、まったく説得力のないことに、同じくらい大きな洗濯袋がしっかりと握られている。
「だって先生、明日は大事な2回戦なんよ! レギュラー陣は全員、部屋で足を休めさせるのがマネージャーの使命なんよ! まつりちゃん、ココちゃん、外のコインランドリーへ遠征するんよ!」
「ういーっす! 蝶名林さまのユニフォームはあーしが死守するっしょ!」
相変わらずのノリで元気に拳を突き上げたのは、まつりだ。
「は、はい……っ。夜遅いですけど……神酒盃先輩たちのために、が, がんばります……!」
憧れの先輩の力になろうと、恋々もあの頃と変わらないおどおどした様子で、頼りなげにカゴの端をギュッと握りしめた。
三芳野先生は呆れたようにため息をつきつつも、その瞳をキリリと鋭く光らせて言った。
「女子高生だけで夜中に外のランドリーなんて、絶対に許可できません。私もついていくわ。……いい? これはただの夜間外出じゃない。明日を万全で迎えるための、命懸けの遠征よ」
その瞬間、ロビーの蛍光灯が一瞬だけ明滅した──ような気がした。
カスミの脳内で、宿舎のロビーが青白い月光の差し込む召喚の儀式の場へと完全調律される。
これより始まるは、夜のコインランドリーを舞台とした、たった一つの『自動洗濯脱水機』を巡る泥泥の戦い──。
カスミはクソデカいカゴを厳かに床へ置くと、三芳野先生の前に片膝を突き、その右手を真っ直ぐに突き出した。
「問おう、貴女が私のティーチャー(マスター)か」
あまりにも完璧なポージングとシリアスな声に、まつりは「おおーっ!」と手を叩いて拍手し、恋々はおろおろと後ずさりする。
重々しい沈黙の中、三芳野先生は丸めていたスポーツタオルを首にポンとかけ直し、いつも通りの口調で即座に言い放った。
「何言ってんの。当たり前でしょう? ほら、サッサと行ってサッサと帰るわよ!」
三者三様の限界リアクションを響かせながら、頼もしい顧問(三芳野先生)の引率のもと、マネージャー3人組は夜の街へと飛び出した。
「ランドリー・ウォー♪ このみーちー♪ ずーっとー♪ 行けば―♪」
クソデカい洗濯カゴを抱えながら、カスミが名曲『カントリー・ロード』のメロディーに乗せて、呑気な替え歌を夜空に響かせる。
さっきまでの悲壮感はどこへやら、最高権力者のバフを得たオタクの足取りは、ダボダボのカーディガンの袖と一緒にフリフリと揺れていた。
少し歩いた大通り沿い、白々と蛍光灯が灯る24時間営業のコインランドリー。
ガラガラと自動ドアを開けると、そこは幸いにも先客が一人いるだけで、洗濯機は空いていた。
「助かったんよ……! よし、急いで入れちゃうんよ!」
カスミたちが胸をなでおろした、まさにその時だった。
「あー、またここで連鎖が途切れちゃった。……ん、あ、もう終わってる」
すぐ隣の乾燥機の前にいた少女が、気だるげに声を漏らした。
彼女はスマホの画面から顔を上げると、自分の洗濯物がとっくに乾燥し終えていることに気づいたようだ。
特徴的な、毛先に少し遊びのあるボブカット。私服のTシャツの上から、鮮やかなグリーンのジャージを羽織っている。
彼女が慌てて乾燥機の扉を開け、中から衣類を抱え出そうとした──まさに、その瞬間だった。
バランスを崩した彼女の腕から、小さな柔軟剤のボトルがするりと滑り落ちる。
──重力に従い、真っ直ぐに落下するボトル。
誰もが息を呑んだ刹那、少女は驚異的な反応速度で自らの膝を深く曲げた。
床に激突する寸前、衣服の隙間から伸びた自らの足の甲へとボトルを正確に乗せ、そのまま極上のクッションコントロールで手元へふわりと弾ませてキャッチしてみせたのだ。
まるで最初からすべての軌道が計算されていたかのような、精密な「着地」。
「ふぅ、危ない危ない。ジャージにカレーを零したばかりなのに、また操作ミスで落とすとこだったよ」
ニシシ、と悪戯っぽく口元を緩める少女。
だが、その一連の動きを、カスミのオタク特有の『観察眼』が見逃さなかった。
(いまの、ただの偶然じゃないんよ……。落下の軌道を完璧にハメ込んで計算したトラップ……それにあのグリーンの一軍ジャージ……!)
少女はまじまじとカスミたちや、後ろに立つ三芳野先生を見比べ、やがてポンと洗濯物をテーブルに置くと、腰に手を当てて不敵に胸を張った。
「へえ、そのカゴの中身……噂の『八々花』のユニフォームじゃん。ってことは、君たちが明日ボクたちの相手になるチームの人たちだね?」
少女はそこまで言うと、まつりが手に持つカメラ、そしてカスミのダボダボのカーディガンに視線を落とし、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
「そのカメラに、いかにも裏方って感じのカーディガン……。なるほど、君たちがあのバズ動画の『仕掛け人』たちか。選手じゃなくて、マネージャー陣ってわけだ」
「な、何者なんよ……!?」
「ボクの名前は名座愛歌。落果成学院のキャプテンさ。よろしくね!」
落果成学院。
その名前を聞いた瞬間、ココはびくっと肩を揺らし、洗濯カゴの影に隠れながら小さく声を漏らした。
「ら、落果成学院……って、明日の、私たちの2回戦の相手……ですよね……? カスミ先輩の資料で読みました……」
ココは怯えながらも、頭に叩き込んだデータを懸命に手繰り寄せる。
「落ちものゲームのように精密な連鎖パスで、相手を完全にハメ殺すっていう、全国常連のシード校の──」
「そう、大正解!」
「ひゃぅっ!?」
人懐っこい笑みを浮かべた愛歌が、ココのセリフを遮るようにして、パズルブロックさながらの鋭さで一歩距離を詰めてくる。
恋々は慌ててカスミの背中の後ろへと隠れた。
三芳野先生が「あら、明日の対戦相手のキャプテンさん?」と眉をひそめる。
──その瞬間だった。
愛歌の瞳の奥に、鋭い勝負師の光が宿った。
スマホをポケットに放り込み、彼女は真っ直ぐにカスミたちを見つめる。
「君たちがTickTackに上げた、あの『神酒盃菊鞠』の蹴鞠動画、ボクも何度も見たよ。どんな風に揺さぶっても、絶対にボールが地面に落ちない。まるでゲームのバグみたいだ」
愛歌は人差し指をチッチッと横に振る。
「でもね、ボクたちのパスワークは、彼女が落とす暇もないくらいのスピードで、四方八方から連鎖を起こすんだ」
ニシシ、と不敵に口元を緩め、落果成学院のキャプテンは告げた。
「明日の試合、その不可侵の『神域』ごと──ボクたちが完全に相殺してみせるよ」
不敵に笑う、落果成学院のボクっ子キャプテン。
圧倒的な自信を纏う未来のライバルを前に、しかし、八々花の裏方陣もただ圧倒されるだけのタマではなかった。
まつりは「ウケる、ガチの宣戦布告じゃん」と、いつの間にかスマホの録画ボタンを静かにタップしている。
恋々がカスミの後ろで小さく身を縮める中──カスミは、口に咥えて遊んでいたプラスチックの棒を、奥歯でグギギと噛み潰した。
剥き出しの闘志を瞳に燃え上がらせ、落果成のエースへ向けて、不敵なオタクの笑みを返す。
「……やってみやがれなんよ。ウチのひまりっちの『神域』は、そんな簡単にハメ殺せるほどヤワじゃないんよ」
「うん、その意気、その意気! あ、先生も夜遅くにご苦労様です。じゃあ、ボクは一足お先に宿舎に戻るね。ばよえ〜ん、じゃなくて、また明日ピッチで!」
大人の三芳野先生に対しても物怖じしない独特な挨拶を残して、愛歌は洗濯物を抱えて軽快なステップで去っていった。
「……やけにマイペースな子ね」
三芳野先生が不思議そうに首を傾げる中、カスミはすでに即座にスマホを取り出し、チームのグループチャットへ向けて猛然とメッセージを打ち込み始めていた。
明日の2回戦。
──「落とさない」神酒盃菊鞠の『神域』。
──「落としにくる」彼女たちの『連鎖』。
ピッチ外のコインランドリーから始まった前哨戦の火花は、すでに静かに、そして熱く燃え上がっていた。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
さて、洗濯機戦争。
ウォーというわりに、あっさりと終わりましたw
出落ち感凄いな(意味が違う)。
そして、2回戦の対戦相手のキャプテン登場です!
名座愛歌。
いつもの、著作権のチキンレースですよ!
もう何も怖くない(フラグ)
2回戦の相手は落ちものゲームで攻めていきます!
134話、どうぞお楽しみに!
「洗濯機戦争と聖杯戦争とを掛けてたのかw」
「名座愛歌で、なざあるる!?またキラキラネームかよ」
「Country・Roadの替え歌は草」
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