「あら、泥臭い同好会じゃない。明日の2回戦、精々惨めに敗退しないことね」
電光掲示板の数字がカチリと動き──逆転の『3-2』を刻んだその瞬間から、ピッチ上のパワーバランスは完全に瓦解していた。
城乃口という最も熱く、頑強なディフェンスの核を物理的に粉砕されたことで、TCG工業の張り詰めていた連携は、まるでドミノ倒しのようにガラガラと、一瞬で機能停止に追い込まれたのだ。
「ずっと、うちらのターンって、言ったはずなんよ」
チャッパチュプスをピコピコさせながら、ベンチで勝利を確信するカスミ。
ここからの八々花は、まさに怒涛のワンターンキル返し──城乃口を失って文字通り足の止まった相手ディフェンスへの、容容なきトドメの宣告だった。
動揺して致命的にバグった相手の隙を見逃さず、今度は桐子のレーザーのような弾丸シュートが突き刺さって『4-2』。
さらに試合終了間際、萩子が野生の勘で泥臭くゴール前へ押し込み、電光掲示板の数字は一気に『5-2』へと跳ね上がる。
──ピッ、ピッ、ピーーーッ!!!
試合終了の長いホイッスルが、苫小牧の夜空に鳴り響いた。
終わってみれば、前半の『0-2』というチームの呪縛を、後半だけで一気に5得点を叩き出してひっくり返すという、歴史的な大逆転劇を演じてみせたのだ。
芝生の上に大の字になって「オレの意地がぁぁぁ……」と、顔を真っ赤にしたまま白目を剥いている城乃口のもとへ、あやめが晴れやかな笑顔で駆け寄り、そっと右手を差し伸べた。
「ナイスデュエル!……って言い方で合ってる、かな?」
「……へへ、完敗だぜ……! でも、最高に熱いデュエルだったじゃねえか!」
あやめの手を掴んでガシッと起き上がった城乃口の表情には、サムズアップが似合う清々しい笑みが浮かんでいた。
こうして、八々花女子サッカー同好会の、どこまでも熱く、熾烈を極めたインターハイ全国大会初戦は、極上の大逆転の旋律とともに幕を閉じたのだった。
◇
「ひゃあぁぁ、勝ったぁぁぁ! 全国大会の1回戦、本当に突破しちゃったよぉぉぉ!!」
試合後のミーティングを終え、手配された遠征用の大型バス。その群青のシートが並ぶ後部座席で、萩子が拳を突き上げて絶叫すると、車内にはどっと疲労感と達成感が入り混じった笑い声が広がった。
「前半はどうなることかと思ったけど、あやめっちがピッチに降臨(特殊召喚)してからの無限コンボ、本当に無敵だったぜ!」
「も、もう、その『特殊召喚』って言い方、やめてください……!」
アップにした髪を少し直したあやめが、隣の座席で顔を真っ赤にして小さな拳を握りしめる。
そんな彼女の天然パニックをニヤニヤと眺めながら、カスミが口に咥えたチャッパチュプスの棒をピコピコと揺らした。
「でもあやめっち、あの車内でのアクロバティック生着替えのおかげで、後半の無限フリーロールのウォーミングアップはバッチリだったんよ」
「カスミちゃんまで! ……でも、三芳野先生が箏曲の発表会の先生方から、公式な『引率』として私を完全合法的に連れ出してくださったお力添えがあってのことです。先生、本当にありがとうございました」
あやめが前方の座席へと上品に頭を下げると、そこには、最前列のガイド席で「お、お箏の重鎮の先生方の目が……みんな笑ってなかった……」と未だに虚空を見つめて震えている三芳野先生の哀れな背中があった。先生のSAN値の回復には、まだまだ北海道の美味しい空気と時間が必要なようだった。
「──さあ、みんな。初戦を突破した余韻に浸るのもいいけれど、戦いはまだ始まったばかりよ」
運転席の後ろから、天堂任見監督が涼しい顔でイレブンを振り返った。
「今夜泊まるホテルには、全国から集まった他の強豪校も大勢滞在しているわ。ピッチの外だからって、あんまり気の抜けた姿を見せて八々花の底を悟られないようにね。特に──猪目萩子。あなたのことよ」
「えっ!? なんでアタイだけ指名手配なんだよ監督ぅ!?」
「日頃の行いのせいですわよ。実際、赤点取って出場制限をかけられそうになっていたではありませんか」
牡丹が上品にそう窘めると、バスの車内からはどっと笑い声が起こった。
バスの窓の外には、夏の北海道らしい涼しく澄んだ夜空と、遠くにきらめく苫小牧の街の灯りが流れていく。
これから向かう宿舎が、まさかあんな『一癖も二癖もある強豪たち』の巣窟になっているとは、この時の八々花イレブンは、まだ誰も予想していなかったのだ──。
◇
萩子の一件が極上の笑い話へと調律された頃、バスは今夜の遠征宿舎である大型ホテルへと滑り込む。
チェックインを済ませ、お腹を空かせた八々花イレブンが1階の大食堂へなだれ込むと、そこは全国の強豪たちが放つ異様な熱気で満ち満ちていた。
「……みんな、あそこのテーブル、近づいちゃ駄目なんよ」
カスミが口に咥えたチャッパチュプスの棒(すでに飴は食べ終わっている)をピコッと揺らし、食堂の最奥を指さす。
そこに陣取っていたのは、純白のジャージを纏った絶対王者──神園学園女子サッカー部のフルデッキ(イレブン)。
完璧に栄養計算された山盛りご飯を淡々と胃袋へ収める《スペードのQ》原アテナをはじめ、鋭い眼光を放つ《スペードのK》籠目六星、どこか掴みどころのない佇まいの《スペードのJ》大路月。
さらには、静かに箸を進める《ハートのK》茉優・シャロンに、《ハートのQ》井樋柚、《クラブのQ》有路寧々など、決勝で激突するであろう絵札の怪物たちが揃い踏みしていた。
「あら、泥臭い同好会じゃない。明日の2回戦、精々惨めに敗退しないことね」
不敵に笑ってあやめの前に立ち塞がったのは、《スペードのA》剣崎英子だった。
しかし、普通の女の子の感覚を持つあやめは、怪訝そうに眉をひそめて等身大の正論を返した。
「私たちは明日の試合も全力で戦うだけです。剣崎さんも、ちゃんとご飯をたくさん食べて明日に備えてくださいね」
「う、うぐっ……! なによその身も蓋もない真っ直ぐな良い子発言は……っ!?」
お嬢様の純粋無垢なストレートを顔面に喰らい、剣崎英子ががっくりと膝を折る。
「アリスちゃん、見苦しいですわよ。早くなさいな」
最後は《スペードのQ》原アテナに首根っこを掴まれ、そそくさと退散していく絶対王者の面々。
そんな強者たちの奇妙なギャップに呆れつつ、夕食を終えた八々花同好会のイレブンが部屋に戻った──まさに、その直後のことだった。
「……みんな。ウチらの本当の戦いは、ここからなんよ」
カスミが全員分の汗まみれのユニフォームが詰まったクソデカいカゴを抱え、青ざめた顔で立ち上がる。
「インターハイ名物──」
悲壮な決意を瞳に宿し、カスミは宣言した。
「──『洗濯機戦争』の開戦なんよ!」
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
TCG工業高校との試合から、バスの車内、そして宿舎での食事シーンと、3回も場面転換するという謎回でした。
そして、ついに、神園学園のメンバーが出始めます!
まだ全員は出してませんが、ちょっと小出しにしてみました。
個人的には、スペードのキングの、籠目六星の名前の付け方が気に入ってます。
スペードのキングのモデルがダビデ王なので、ダビデの星の形状に似た日本古来の文様の籠目模様と、その形が六角の星となることから六星。そしてそれをロゼと読ませる、という、いくつかの連想で作りました。
さて、次回は『洗濯機戦争』の開戦です!
「アリスちゃん相変わらずのポンコツ嫌味www」
「決勝のラスボスがオムライスで自爆してる場合かてwww」
「全国の初戦を突破した次の戦いがまさかの洗濯機戦争(笑)」
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次回の第133話も、どうぞお楽しみに!




