『城ノ口死す!デュエルスタンバイ!』
──ピッ、ピッ、ピーーーッ!
前半終了を告げる無慈悲なホイッスルが、苫小牧スタジアムの夜空に響き渡った。
ベンチへと引き上げてくる八々花のイレブンは、喧嘩っ早い萩子すら息を荒くしてガックリと肩を落とし、かつてない疲弊感を全身から漂わせている。
それもそのはず、前半の四十五分間、八々花は文字通り相手の「ソリティア(無限パス)」をただ見つめることしかできなかったのだ。
TCG工業の主将・不動遊棋が統べる『インフィニティ・ドロー』システムの前に、菊鞠たちの雅な蹴鞠ステップを披露する隙すら与えられないまま、完全にコントロールされ続けた地獄の時間──。
スタジアムの夜空に燦然と輝く電光掲示板。
そこに非情に刻まれたスコアを仰ぎ見ながら、カスミが口に咥えたチュッパチャプスの棒をピコピコと揺らし、のほほんとした調子で呟いた。
「また0-2なんよ。ウチらのチームの呪縛なんよ」
「あんだカスミぃ!? アタイたちが死に物狂いで走ってたっていうのに、その『今週の定食も安定のサバ味噌なんよ』みたいな諦めモードのルーティン感は!?」
萩子がユニフォームの襟元でガシガシと汗を拭いながら、噛みつくようにツッコミを入れる。
だが事実として、一文字学園戦でも、六面山高校戦でも、八々花はいつも前半をこの『0-2』という絶望的なビハインドで折り返してきたのだ。もはや伝統芸能、あるいはシステム上のバグ(様式美)とすら言えるお約束の数字。
「ふふ、でも、これで手札のカードはすべて揃いましたわね。待ちわびましたわよ、あやめさん」
牡丹が上品に汗を拭いながら、ベンチの椅子でユニフォーム姿のまま固くなっていたあやめへと、妖艶な視線を滑らせた。
「は、はい……! みなさん、私の大遅刻のせいで、前半は多大なご苦労をおかけして本当にごめんなさい! 後半からは、私が中盤の底として、あの無限パスを必ず仕留めてみせます!」
「いやいや、あやめっち。後半からのあやめっちの役割は、中盤の『底』じゃないんよ」
カスミがノートPCの画面をシャキィンとイレブンたちへ向け、不敵なギークの笑みを浮かべた。
「相手のパーミッション(妨害)を上回る、超高速の連鎖──後半からは、うちらが“ずっとうちらのターン”をやり返すんよ!」
「……底じゃない、って……じゃあ私はどこに位置すればいいんですの?」
戸惑うあやめに、カスミがチャッパチュプスをピコッと揺らして言い放つ。
「どこでもいいんよ。右でも、左でも、敵陣の最前線でもね。後半のあやめっちは、ポジションの概念そのものを破壊する『無限フリーロール』。菊鞠ちゃんのステップに合わせてピッチの全域に降臨し、相手の計算をすべてバグらせる、ウチらの最強の『切り札』になってもらうんよ!」
「ポジションの概念を、破壊……! ?」
あやめがアップ髪を揺らしながら目を丸くする。
常識外れなオタクのゲームメイクに、誰もが息を呑んだ。その視線の真ん中で、腕を組んでピッチを睨んでいた監督・天堂任見が、フッと好戦的な笑みを浮かべて一歩前に歩み出る。
「──種村カスミからこの戦術を具申された時はね、馬鹿げた妄想と一蹴できない極上の外連味を感じたわ。だから、私からもお墨付きよ。八橋あやめ、そしてみんな。後半から、あの完璧に計算された盤面を根底から叩き割って、思う存分、暴れてきなさい!」
地鳴りのような咆哮と、凛とした気高き鬨の声──イレブンが上げた覚悟の勝鬨が、絶望のビハインドに沈んでいた八々花のベンチを熱く震わせた。
お嬢様の天然空回りとアナリストの奇策、そして名将の覚悟。
すべてが美しく噛み合った八々花女子サッカー同好会は、再びカクテル光線に照らされたピッチへと出陣していく。
◇
「特殊召喚(選手交代)なんよ」
第四審判が掲げた電光掲示板に、鮮やかな赤と緑の数字が灯った。
【 OUT 14 】 ➔ 【 IN 5 】
前半、急造の陣形で相手の猛攻を必死に耐え抜いた一年生の菖蒲田青衣とタッチを交わし、八橋あやめ(やつはし あやめ)が青々とした芝生へと一歩を踏み出す。
その瞬間、八々花イレブンの纏う空気がガラリと一変した。黄金のボランチがピッチの中央に立ったことで、歪んでいた全体のバランスが、精密な歯車のように美しい比率へと調律されていく。
「ふん、手札を一枚入れ替えたところで、私たちの『無限手札』は破れないわ」
TCG工業の絶対的司令塔・不動遊棋が冷徹に呟き、不敵な笑みを深くした。
──その静寂をブチ破るように。
──ピィィィィッッッ!!!
後半開始のクソデカいホイッスルが、苫小牧の夜空に鋭く鳴り響いた──。
キックオフの瞬間、ボールが動いたまさにその刹那だった。
「──いっけえええ、あやめちゃんっ!!」
菊鞠の叫びと同時に、あやめが猛烈なトップスピードでプレスを敢行。集魔珠の放った配球の軌道を、持ち前の天才的な戦術眼で正確に読み切り、右足一本で鮮やかにインターセプト(ハッキング)してみせたのだ。
「なっ……リソース管理が破られた!?」
「ここからは──ずっと私たちのターンですっっっ!!!」
ボールが八々花側へと転がったその刹那、ピッチの底からすさまじい絶叫を響かせたのは、普段は大人しいはずの隠れオタクDF・幕ノ内桜。
アドレナリンの分泌によって脳内の少年漫画脳が決壊し、相手への最大のカウンターとして解き放たれた魂の叫び。
(サクラちゃん……隠せてないんよ。完全にうちら側のデュエリストの顔になってるんよ)
奪い取ったそのボールから、八々花の真のゲームメイクが始まった。
菊鞠、桐子、萩子、そしてあやめの足元で、ボールが一度も地上に落ちることなく、ポン、ふわり、ピシッと雅な音を立てて超高速で回り始める。
それは、ポジションの概念を完全に破壊したあやめが、ピッチの全域に降臨してダイレクトパスを繋ぎ続ける、無限フリーロールの連鎖。
「な、なによこれ……! 右を潰したと思ったら、もう左の最前線に5番がいるじゃないの!?」
白崎雪乃や黒崎真墨が影を踏むことすらできずに空を切る。
八々花の空中パス回しは、TCG工業の計算を遥かに超える速度で、その緻密なシステム網を軽々とハッキングしていった。
「──魔珠! 相手のコンボを打ち消し(カウンター)なさい!」
絶対的司令塔・不動遊棋の声に、初めて明確な焦燥が混じる。
だが、リソースを完璧に管理していたはずの集魔珠の顔は、すでに絶望へと青ざめていた。
「キャプテン、無理……っ! 相手のコンボ数が多すぎて、こちらの処理が追いつかない……っ!」
前半の絶望をそっくりそのまま倍返しにするかのような、圧倒的なハメ殺しサッカーの逆転劇。
1点、また1点と八々花が猛追を刻み──ついに『2-2』の同点へと追いついた。
ボールは依然として、八々花の絶対的な支配下にある。
一ミリもボールに触らせてもらえない屈辱と、逆転される恐怖。TCG工業の最終ディフェンスラインの中央で、城乃口克己の額に大粒の汗が滲んでいた。
(クソっ、なんだよあのステップ! アタイたちの3年間、この無骨なモノづくり(クラフト)のサッカーが、あんなお上品な空中泥棒に全否定されてたまるかってんだよ……!)
なら、残されたのは『凡骨の意地』だけだった。
「ふざけるなあああ! 綺麗に回されるくらいなら、そのコンボごとアタイの身体でブチ割ってやるぜええええ!!」
剥き出しの闘志。
城乃口は本当に顔面ブロックも辞さない凄まじい形相で、ゴール前へ侵入してきたあやめの至近距離ボレーシュートの軌道上へと、文字通り泥臭く身体ごと投げ出して突っ込んでいく。
完全にシステムを破られたデュエリストの、理性をかなぐり捨てた決死の肉弾特攻(捨て身ブロック)。
あやめの放った容赦のない極上のインステップボレーが、苛烈な弾道で城乃口の顔面の真っ芯へと、一直線に向かっていく──。
その瞬間、ベンチに佇むカスミの思考(脳内)に、あの伝説の次回予告BGMが脳天を突き抜ける大音量で鳴り響いた。
(お願い、死なないで城乃口! 貴女が今ここで倒れたら、不動キャプテンやみんなとの全国制覇の約束はどうなっちゃうの!? ライフ(体力)はまだ残ってる! ここを耐え抜けば、絶対に勝てるんだから! ──次回、『城ノ口死す』。デュエルスタンバイなんよ!)
完璧な次回予告が完了した、まさにその瞬間──。
──ベキィィィィィンッッッ!!!
サッカーボールが人間の顔面に直撃したとは思えない、鈍く強烈な破壊音がスタジアムに響き渡る。
城乃口はあやめのボレーを本当に『顔面』だけで受け止めるものの、黄金のボランチが放ったシュートの凶悪な威力(パスの旋律)を殺しきることはできない。そのままボールごとゴールネットへと、派手に吹っ飛んで突き刺さった。
あまりにも綺麗すぎる、顔面ブロックからの失神KO。
電光掲示板の数字がカチリと動き──ついに運命の逆転、『3-2』。
「そんな……城乃口の決死の壁が、文字通り物理的にブチ抜かれた……!?」
絶対的司令塔・不動遊棋の顔から、ついに余裕の仮面が剥ぎ取られる。驚愕にその目を見開いた。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
よりによって、前回に『次回の第131話「城ノ口死す!デュエルスタンバイ!」も、どうぞお楽しみに!』などと大々的に予告してしまったがために、この1話の中に意地でもあのシーンをねじ込まなければいけなくなったという(笑)。
あちこちを必死に削って、ギリギリの許容範囲の文字数(約4,000字)に収めながら、なんとかあの顔面ブロックのシーンを形にいたしました。
だいたい普段の執筆シーンも、こんな感じのチキンレースです。
いつもはもっと酷くて、「文字数超えちゃった! ページ増やせばいいかー」のノリでどんどん話を盛ってしまう弊害が、完全にここでブーメランになって返ってきました。
◇
「城ノ口死すwww(本当に有言実行で逝った)」
「作者、著作権だけでなく、文字数でもチキンレースでもやってる説」
「お願い、死なないで城ノ口!」
「顔面ブロックで本当に消し飛ぶやつがあるかwww」
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逆転の『3-2』──。
完全にシステムをバグらされたTCG工業に対して、ここから八々花が仕掛ける怒涛の「ワンターンキル返し(一気3失点)」の結末はどこへ向かうのか!?
次回の第132話も、どうぞお楽しみに!




