「ふふ、悪いけれど──ずっと俺のターンだ」
──インターハイ全国大会初戦。キックオフ、わずか三十分前。
「あばばばばばばば……っ! お、お箏の重鎮の先生方が、どいつもこいつも目が笑ってなかったよぉぉぉぉ! 私、本当によく生きて京都から帰ってこれたよぉぉぉぉぉっ!!!」
新千歳空港から苫小牧スタジアムへと道央自動車道を爆走する、一台の高級黒塗りハイヤー。
その豪華な革張り後部座席で、八々花女子サッカー同好会顧問・三芳野咲桜里は、正気(SAN値)を完全に喪失した状態でガタガタと震え、文字通り魂の抜けたもぬけの殻と化していた。
伝統ある箏曲界の頂点に君臨する怪物たちのプレッシャーのド真ん中に飛び込み、大見得を切ってあやめを連れ出してきた代償は、若い新任教師のメンタルを木端微塵に粉砕していた。
「せ、先生、しっかりしてくださいっ! ──ああもうっ、だから会場を13時に出たら、着物を脱ぐ時間なんて1ミリもないって言ったんですぅぅぅ!!!」
その横では、お上品にアップにした髪型のまま、八橋あやめ(やつはし あやめ)が涙目で絶叫していた。
時速百キロを超える猛スピードで突っ走る車内、あやめは京都の発表会用である高級な着物を、必死に剥ぎ取るようにして脱ぎ散らかしていく。
お抱えのプロによる一切の無駄がないドライビングテクニックによって、車内の揺れは最小限に抑えられていた。
──だが、それでも限界はある。
この遮蔽された狭い空間で、高級和服を脱ぎ捨ててサッカーユニフォームへと生着替えを敢行するなど、あやめの人生において前代未聞の限界ミッションだった。
「ひゃんっ!? ス、スパッツが引っかかって──ああっ、先生、タ、タオルで隠して、隠してぇぇぇ!!」
「あばばばばば、おのれ高体連、おのれ伝統芸能ぅぅぅ……(絶賛現実逃避中)」
「もうっ! 間に合わなかったら、菊鞠ちゃん達に合わせる顔がないんだからぁぁぁ!!」
ハイヤーのフロントガラスの向こうには、夕闇の中に美しく輝くカクテル光線──決戦の舞台、苫小牧スタジアムの巨大な姿が、刻一刻と眼前に迫りつつあった。
◇
──インターハイ全国大会初戦。前半十五分。
カクテル光線に照らされた緑の芝生の上で、八々花イレブンは、大舞台の開幕早々にしてかつてない『絶望』のハメ殺しシステムを目の当たりにしていた。
あやめが欠けた中盤の穴を埋めるべく、急遽スタメンとして全国のピッチへと送り込まれた一年生の新入部員──萩原赤音と菖蒲田青衣。
彼女たちを含めた十一人で必死に陣形を組むものの、急造の布陣ゆえに、相手の仕掛ける異能の前に前半から防戦一方を強いられていた。
対戦相手は、青を基調とした無骨なユニフォームを纏った全国の化物──『 Total Craft Generation (TCG)工業高校 』。
キックオフ直後から、ボールは完全に相手の手中にあった。集魔珠の完璧なリソース管理によって八々花のパスルートはことごとく遮断され、千堂アイが猛烈な先導プレスで前線をかき乱す。
そこへ、絶対的司令塔である主将・不動遊棋の正確無比なタクトが響く。
白崎雪乃の光の翼(右サイド)と、黒崎真墨の闇の翼(左サイド)へ、まるで狂ったようにドローを加速させる超高速のコンボパスが、幾重にも繋がり続けていた。
パン――。
パン。
――パン。
目にも留まらぬ速さでピッチを支配していく青い残像。
菊鞠の『絶対にボールを落とさない蹴鞠技術』を以てしても、そもそも相手が無限にパスを回し続けている現状では、ボールに一ミリも触ることすら叶わない。
「ふふ、悪いけれど──ずっと俺のターンだ」
不動遊棋が冷徹に呟き、八々花は徹底的にハメ殺されていた。前半のピッチを容赦なく蹂躙されていくイレブン。
チーム全体に敗色濃厚の重苦しい空気が漂い始めた、まさにその頃──。
◇
──キキィィィィッッッ!!!
スタジアム外の関係者用駐車場。アスファルトにタイヤを切りつけながら、一台の漆黒のVIPハイヤーが激しく滑り込んだ。
バタン! と勢いよくドアが開く。
車内での過酷な生着替えを終え、ユニフォーム姿──ただし髪型はお上品なアップ髪のまま飛び出してきたあやめ。そして、正気を失いよろよろと這い出る三芳野先生。
二人はそのまま関係者口へと飛び込み、ピッチへと続く選手通路を、狂ったような速度で駆け抜けていく。
ドタドタドタッ、と激しい足音を響かせ、選手通路を抜けてピッチ脇の選手ベンチへと涙目で飛び込んできた凸凹コンビ。
「ひ、菊鞠ちゃん、みんなっ……! ご、ごめんなさい、ま、間に合わなかったぁ……! 私のせいでみんなの本来の陣形を崩して、一年生の子たちに無理な負担を強いて、大遅刻で失格に──」
絶望に顔をクシャッと歪めるあやめ。
そんな二人のパニックを、ベンチの前に立ちピッチを睨んでいた監督・天堂任見は、ふっとニヤリとした笑みを浮かべて迎え入れた。
「あら。思ったより早かったのね、二人とも」
「え、えええっ!? か、監督、何言ってるんですか!? 試合、始まっちゃってます!」
「あやめっち、呼吸を整えて、ノートPCの画面をよく見るんよ」
あわあわと手振りを交えて絶叫するあやめの前。カスミが口に咥えたチャッパチュプスの棒をピコピコと揺らしながら、のほほんと答えた。
「今回のメンバー表、あやめっちが間に合わなかったときの保険として、スタメンじゃなく『控え(サブ)』のカードとして最初から事前登録してあるからね」
「だから、別にキックオフの笛に間に合わなくても、試合の途中にピッチへ特殊召喚(選手交代)すれば、完全合法で何の問題もないんよ」
「「………………へ?」」
あやめと三芳野先生のハモった声が、ベンチに虚しく響き渡った。
あやめの思考が完全に停止する。
その横では、三芳野先生が「……え? じゃあ、私のあの命懸けの京都直談判と、時速百キロの決死の生着替えタオルガードの立場は……?」と、遠い目をしながらその場にへなへなと崩れ落ちていく。
「先生、魂が抜けてるんよ。でも、先生が公式な『引率』として京都のラスボスをブチ抜いてくれたからこそ、あやめっちは今この北海道のベンチ(手札)に座れてるんよ。あれはうちらを救った最高のファインプレー(神プレイ)なんよ」
「う、うぐっ……そう言ってもらえると救われるけど……でもだったら、移動中のハイヤーの中でわざわざアクロバティックに着替えなくても、スタジアムの更衣室で普通に着替えればよかったんじゃ──」
「ええ~……。ハイヤーの中で着替えたんよ?……このままスタジアムまで来て、更衣室で普通に着替えれば何の問題もなかったのに。あやめっちが勝手に『1ミリも時間がない!』ってパニックになって、車内でハードモードの生着替えを敢行しただけなんよ」
カスミが淡々と、身も蓋もない『効果解決』を二人の胸元へと突き刺した。
「間に合わせなきゃ!」とそればかり焦っていたあやめには、そんなシンプルな答えに気づく心の余裕など、最初から1ミリも残されていなかったのだ。
「そんなぁぁぁぁぁっっっ!!!」
自分の天然空回りに気づき、頭を抱えてその場で真っ白になるあやめ。
ベンチ裏では最高に愛おしいコメディが繰り広げられていたが、しかし、目の前のピッチにおける蹂躙は今もなお、現在進行形で続いていく。
「くっそおぉぉ! ボールが、ボールが一歩もこっちに来ねえぞ!」
萩子が必死に中盤を走り回ってプレスをかけるものの、その包囲網を嘲笑うかのようにボールは集魔珠へ。そこから瞬時に、白崎雪乃と黒崎真墨の双翼へと展開される。
一度もボールに触らせてもらえないまま、フィールドを完全に制圧されていく八々花イレブン。
絶対的司令塔・不動遊棋の冷徹なゲームメイク。それはまさに、相手に何もさせないまま圧殺する、極悪な先攻ワンターンキルの縮図そのものだった。
だが、ベンチの椅子に腰掛けたあやめを見つめる菊鞠の瞳だけは、まだ1ミリも光を失ってはいない。
ピッチ外での大パニックを経て、ついにサイドラインへと揃った『極上の隠し札』。
前半の地獄のような防戦一方を耐え抜き、八々花は後半、この圧倒的な絶望を覆す『反撃』へとバトンを繋ぐことができるのか──!?
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
そして二日ぶりの更新、お待たせいたしました!
さて、前回「もうネタがないよぅ」とボヤきましたが、ここでTCGです。
高校の名前も、『 Total Craft Generation (TCG)工業高校 』とし、それっぽい工業高校の名前にTCGの略字を入れてみました。
工業高校なのに、女子サッカー部ができるほどの女子生徒数。
さすがは男女共同参画!
先進的ですね!(ヤケクソ)
前半戦、まさかの「ずっと俺のターン」システムによってボールに1ミリも触らせてもらえない絶望の八々花イレブン。
しかし、ベンチにはハイヤーでの大パニック生着替えを終えたあやめっちが、最高の「隠し札」としてついにスタンバイしました!
この理不尽なハメ殺しサッカーを、うちらはどう調律(大逆転)していくのか──!?
次回の第131話「城ノ口死す!デュエルスタンバイ!」も、どうぞお楽しみに!
「ずっと俺のターンwww」
「城ノ口死すwww」
「作者、著作権とのチキンレースでもやってんのかよぉ!?」
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