↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
124/159

「『作者の気持ちを答えなさい』って、わかるかああああああああああ!!」

「ア、アタイのいない全国大会なんて、白米のない焼肉のようなもんだろうがよぅ……!」


「完全に自分の自業自得ッスよ、萩子先輩……」


 まるでW杯の決勝で敗れ去ったエースのごとく、部室の床に突っ伏して両手で顔を覆い、絶望を撒き散らす萩子と、それを生暖かい目で見守る赤音たち。

 部室中がそんな、文字通り阿鼻叫喚の大パニックに包まれる中──。


 その喧騒の外側で、ただ一人。菊鞠(ひまり)のすぐ隣に座る八橋あやめだけが、静かに手元で拳を握りしめていた。


「……菊鞠ちゃん」


 賑やかな部室の熱気が、まるでガラスの向こう側へと遠のいていくような静寂。

 あやめは、菊鞠のブラウスの袖口を、小さく震える指先でそっと掴んだ──。


「──? あやめちゃん、どうしたの?」


 ただならぬ様子に、菊鞠はあやめの口元へそっと耳を傾ける。

 あの焼肉の夜以来、一ヶ月以上もの間、あやめがたった一人で胸の奥に溜め込み続けていた、逃れられない重たい現実──。それが今、静かに紡ぎ出された。


「えええっ!?」


 衝撃のあまり、思わず部室の空気を震わせる声を上げる菊鞠。

 その声に異様な緊張感を察した八々花イレブンが、一人、また一人と悪ふざけを止め、二人のほうへと一斉に視線を向けた。


「なんや、けったいな声上げおって」


 床に突っ伏して抜け殻のようになっている萩子を見下ろしていた藤乃が、怪訝そうに眉をひそめて声をかける。


「じ、実は……」


 藤乃の視線を受け、あやめの顔色を窺うように口を濁す菊鞠。


「いいの、菊鞠ちゃん。これは──私が話さなきゃいけないことだから」


 優しく、けれど断固とした響きで幼馴染を制すると、あやめは意を決したように、あの冷徹なメッセージが残るスマートフォンを机の真ん中へと提示した。


 そして、訥々と語り始める──。


「ごめんなさい、みんな……。私、全国大会の初戦──物理的に、スタジアムに間に合わないの」


 静まり返った部室に、あやめの震える声が落ちる。


 机の真ん中に提示されたスマートフォンの画面には、逃れられない『現実の枷』が冷徹に映し出されていた。

 全国大会の開会式が行われる、その日曜日。京都の劇場で開催されるお箏の大舞台。家元である母親との約束であり、その世界に生きる娘として、絶対に破ることの許されない本番。


 だが、本当の絶望はその先にあった。

 発表会の幕が下りた直後から、翌日の月曜日の昼過ぎまで、次期家元の娘としての挨拶回り、謝恩会、さらにはお片付けの儀礼にいたるまで──それはまさに、一分一秒の狂いすら許されない絶対拘束のスケジュールだった。


 新幹線を乗り継いで現地へ必死に駆けつけたとしても、到着はどんなに急いでも月曜日の夕方。第一試合の終了ホイッスルが、とっくに鳴り響いた後。


「だから私……初戦のピッチには、一秒も立てない……!」


 静まり返った部室に、あやめの悲痛な叫びが余韻を残す。

 誰もが言葉を失う中、藤乃が男前に胸を張って声をかけた。


「なんや、初戦だけなんやろ? それなら自分が──」


「それだけじゃないよ」


 藤乃の言葉を遮るように、低く、押し殺したような掠れ声が響く。

 顔を氷点下まで青ざめさせたキャプテンの鹿戸椛が、手にしたトーナメント表と高体連・JFAの公式規約を、震える指先で睨みつけていた。


 高体連およびJFAの公式懲罰規程。


 そこには、予選での未消化の出場停止処分は、そのまま同一競技会である全国大会の本戦へと引き継がれるという、無慈悲なルールが明記されていた。

 つまり、一文字学園戦でのレッドカードという代償が、今になって牙を剥いたのだ。


「……藤乃くん。君も、一回戦はルール上、100%ピッチに立てないんだ」


「嘘……やろ……? 自分、試合出られへんの……!?」


 さっきまであやめを支えようとしていた藤乃の顔から、一瞬にして血の気が引いていく。


 ボランチの要(あやめ)が京都の挨拶回りで不在。

 ディフェンスの要(藤乃)が公式ルールで出場停止。


 八々花が誇る最強の二年生守備ブロックが、全国のピッチを前にして同時に消滅した瞬間だった。


「ただでさえ二人足りない状況で、一年の赤音くんと青衣くんをスタメンに回して、ようやく『十一人』の形を保てる。──だが、もしここで萩子くんまで追試を落としてデータ抹消(出場不可)にでもなってみろ」


 椛の鋭い視線が、部室の隅で静かに話を聞いていた鳳桐子へと向けられた。


「初戦のピッチに十一人を並べるために、桐子くんを頭から起用せざるを得なくなる。……そうなれば桐子くんは、あの五分間の限界を抱えたまま、八十分の死闘をフルで全国の化け物たちと走り続けなきゃいけないんだ」


 手にした規約を握りしめる椛の指先が、怒りと絶望で白く染まっていく。


「試合中に誰かがアクシデントを喰らった瞬間に、ベンチの交代枠は本当の『ゼロ』。戦術の逆ハックすら不可能な、完全なる詰み(ゲームオーバー)の崖っぷちだぞ!」


「う、うそ……。アタイが追試に落ちたら、アタイのせいで桐子が命の危険が危ない状態を迎えて、チームも戦う前から本当に終わっちまうのかよ……!?」


 W杯決勝の絶望から、一転して本当の戦慄へ。床に突っ伏していた萩子が、本気の冷や汗を流してガタガタと体を震わせながら顔を跳ね上げる。


 そんな絶望のどん底に陥った部室へ、パシィィン! と、牡丹が自身の分厚い教科書を机に叩きつける音が響いた。


「その通りよ、萩子。……ですからほら、全員机を並べなさい!」


 般若の眼光のまま、けれどお上品な声音で告げられたその絶対命令。


「う、うおおおおおッ! やってやる、やってやるぜ! 桐子をフル出場(大爆死)させるわけにはいかねええええッ!!」


 ガガガガガガガガッ!!!


 凄まじい野生の反応速度で部室の長机を引きずり回し、文字通り死に物狂いで勉強の陣形(フォーメーション)を組み上げ始める萩子。


 だが、シャーペンを構えて追試プリント(数式)の絶対防衛線へと突撃した直後、すぐ横から悪気のないピュアな指摘が飛んできた。


「あれ? 萩子先輩、そこ数字違ってるッスよ。そこはこっちの公式ッス」


「なんでアタイ、一年生に勉強教わってんだよおおおおおお!!」


 萩子は頭を抱え、部室の天井が震えんばかりの絶叫を轟かせた。

 同じ野生児枠だと信じていた赤音から、まさか「勉強を教えてもらう」羽目になるとは。

 先輩としての尊厳が無力化していく、これぞ屈辱のトランジション。


 だが、八々花が誇る知性派陣の包囲網(マーク)は、数学(理系)だけで終わるはずもなかった。


「大丈夫です、猪目さん。現代文とは、常に答えが文章の中に潜んでいるもの。要はそれを見つけ出せるか否かの問題です」


 隣の席からそう冷徹に(しかし親切に)講義を垂れるのは、生来の生真面目さゆえに学業もイレブン随一の薄満月だ。


「『作者の気持ちを答えなさい』って、わかるかああああああああああ!!」


 シャープペンシルをへし折らんばかりの勢いで、萩子の第2波となる大絶叫が鼓膜を震わせる。


 他人の、しかも今この場にいない人間(作者)のメンタルを予測するなど、前線へひたすら暴走特急をカマすだけの彼女の野生の脳細胞には、一文字の防衛線どころか、世界最高峰の組織守備(カテナチオ)より突破不可能なシステムエラーでしかなかった。


「ほら、ぼさっとしない!」


 蝶名林牡丹が、教鞭代わりの扇子をパシパシと手のひらに叩きつけ、阿修羅のごとき眼光で萩子を睨みつける。


「わたくしも、今回は1点たりとも――失点(妥協)いたしませんわよ」


 その気迫は、ピッチの上で中盤の底を完全に支配する時以上の絶対圧(プレッシャー)。

 バイタルエリアを完全封鎖されたかのような絶望感だった。


 ――だが。ふと部室の隅に目を向ければ。


「がんばれー」


 鳳桐子が、宇宙の彼方の出来事であるかのようにのんきに手を振っていた。


 お前のためなんだぞ、マジで。


 自分が追試を落とした瞬間、あの「稼働限界5分」という、どこぞのMなんたら星雲から来た宇宙人染みた制約は完全に崩壊し、全国のピッチで前後半80分間フル出場(デス・マッチ)という文字通りの死刑宣告が下る。

 過去の大怪我がある彼女にとって、それは絶対に避けねばならぬ破滅の未来(シナリオ)だった。


 その全滅の引き金を引きかけている張本人(己の脳細胞)のことは完全に大気圏外へ放り投げて――萩子は凄まじい野生の眼光で桐子を睨みつけ返した。


「おい桐子ォ! アタイが出られなくなったらな、お前が80分フルスタメンで命の危険が危ない致命傷(クリティカル)なんだぞ! 他人事じゃねえんだから、もっと必死にアタイの頭脳(あたま)をバックアップしろよぅ!」


「ほら萩子。余所見をしないの!」

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 さて、前々回の焼き肉回で、あやめのスマホに無情にもお筝の演奏会の予定が入った伏線をここで回収しました。

 当初、「どの試合で出られない設定にしよう」と考えて、インターハイのスケジュールを確認したところ、だいたい試合は月曜日から金曜日。

 お筝の発表会は基本的に日曜日にやりますので、「あれ?別にどこも被ってないじゃん、問題ないじゃん!」となってました。

 せいぜい、初日にだけ出られない、という設定にすればいいか、と思っていたら、まさかの藤乃のレッドカードという罠!

 自分で仕掛けておいた地雷に、自分が引っかかるという。


 さらには、選手枠としての新入部員が2人しか増えなかったというのも何気に伏線になってしまっていた、というね。


 いや、むしろこれはこれで美味しい事態になりましたぜ旦那、へへへ。


 ちなみにですが、「『作者の気持ちを答えなさい』って、わかるかああああああああああ!!」 と萩子は叫びますが、現代文のお約束的なこの問題、その文章中で、主人公の心情として地の文で語らせている部分を書き出せば正解、というボーナス問題だったりします。


 次回もお楽しみに!


「あやめのほうの時限爆弾、大したことなかったな、と思いきやw」

「そういや、藤乃がレッドカード貰ってたっけな」

「現代文あるある、わかるわ。いや、わかるかああああああああああ!!」


 と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、次話以降の執筆への大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。