「今のアタイは完・全・無・敵!! 何が来ても怖くはないんだぜ!」
「うおらああああああ、全国出場ううううううう!!」
七月。
間もなく夏休みを迎え、八々花高校女子サッカー部としては初となる全国大会を間近に控えた、ある日の放課後。
期末テストという学生最大の試練を(様々な意味で)終えた部室は、すでに全国の熱気で完全に沸き立っていた。
「負けねッスよ、萩子先輩! アッシたちが一回戦突破ァ!」
「やるな赤音! でもこっちはベスト8進出ゥゥゥゥ!」
「うわああああ、先を越されたッス!」
「……貴女たちはいったい、何の勝負をしていらっしゃいますの」
配られたばかりの全国大会の組み合わせ表。そのトーナメントの文字をバシバシと叩き、脳内ハッキング(イメージ勝負)で大騒ぎしている猪目萩子と萩原赤音。
ピッチを飛び出してなお衰えない、この脳筋アタッカー先輩後輩の暴走を、蝶名林牡丹が優雅に縦ロールの髪を払いながら、呆れたように見下ろしていた。
──その、幸せな天国の空間を切り裂くように、部室のスピーカーが非情なチャイムを鳴らした。
──ピンポンパンポン♪
『2年C組、猪目萩子。至急、職員室まで来るように。繰り返す。2年C組、猪目萩子。……大至急、職員室まで来るように!』
二回目で明らかにボルテージの上がった、担任のキレ気味のアナウンス。
部室が一瞬にして「あ、ガチなやつだ……」と静まり返る中、しかし、当の脳筋先輩だけは、そのおめでたい脳細胞を1mmも凍りつかせてなどいなかった。
むしろ、全国出場を決めた己への「特大の賞賛(あるいはご褒美)」が待っているとばかりに、ギラギラとした不敵な野生的な笑みを浮かべてドアノブへ手をかける。
「今のアタイは完・全・無・敵!! 何が来ても怖くはないんだぜ!」
これ以上ないほど綺麗な死亡フラグをぶち立てると、鼻息を荒くして部室のドアを蹴り破る勢いで飛び出し、意気揚々と職員室へと殴り込み(?)に行った──。
……。
……数十分後。
カタ……、カラ……。
部室のドアが、まるで自分の世界が滅亡したかのような、力ない音を立てて開く。
そこに立っていたのは、完全に魂が消し飛び、真っ白な灰と化した脳筋先輩の姿だった。
「……ちょーん」
頭の上にそんな情けない効果音が可視化されそうなほど、魂をすべて吸い尽くされて小さくなった萩子が、ゾンビのように部室へ這い戻ってきた。
その手には、あの一文字学園の防衛線すら生温く思えるほど突破不可能な、見事なまでの「オール赤点(大爆死データ)」のプリントが握りしめられ、その結果を反映するかのように、ガタガタと情けない音を立てていた。
「うーわ、マジッスか萩子先輩! アッシ、赤点とか見るの初めてッス」
プリントを覗き込んだ一年・萩原赤音から放たれた、悪気1ミリもない純粋無垢な無自覚なハめ殺し。
「あ、赤音!? お前だけは仲間だと信じていたのに! 裏切ったな!? 裏切ったんだな!?」
「ひっ、アッシは何も裏切ってないッス! 普通に平均点取っただけッス!」
激しく部室の机を揺らしながら、悲痛な顔で後輩の胸ぐらを猛然と掴みにかかる萩子。同じ野生児枠だと信じ込んでいた相棒の「平均点」という非情な現実を前に、その絶望が大爆発していた。
そんなおめでたい野生児の孤立無援(ボッチ感)が際立つ部室の空気を、一瞬にして凍りつかせるお腹の底から響くドスの効いた声が響き渡る。
「しょおおおおこおおおおお?」
びくぅっ!!! と、萩子の背筋が恐怖で完全に直立硬直した。
振り返れば、いつもの優雅さを完全にかなぐり捨てた蝶名林牡丹が、般若さながらの恐るべきオーラを纏って迫り狂ってくる。
「貴女、わたくしが勉強会に誘ったときに『テストなんて、楽勝だぜ!』と豪語していたではありませんか!」
「い、いや、だって全国大会出場だぜ!? 全国の切符さえ手に入りゃ、テストの結果なんて自動的にノーカンになるのが普通だろ!?」
「全国大会への切符を手にしたからといって、学業の義務まで完全に免除されるわけではございませんのよ!?」
お嬢様の怒りの大咆哮が部室を揺るがす中、ドアが再びバァン!と勢いよく開いた。
そこに立っていたのは、この世の終わりでも見たかのように顔を青ざめさせたキャプテン・鹿戸椛。
「……大変だ。天堂監督から連絡が来た。萩子くんが追試を完全に、合法的にクリアしなければ、全国大会の遠征帯同・選手登録は『一切認めない(データ抹消)』とのことだ……!」
「な、なんだってーーーーー!!??」
ガタァンッ! と部室の椅子をひっくり返し、まるで世界的な陰謀(大バグ)の被害者にでもなったかのような絶望の表情で頭を抱える猪目萩子。
だが、その大袈裟なリアクションに、すぐ横から容赦のない現実の刃が突き刺さる。
「不思議でもなんでもありませんわよ。何を『そんなバカな』と言いたげな顔をしてるんですの? むしろ、それはこちらが言いたいですわ」
般若の如き眼光を隠そうともせず、呆れ果てたトーンで言い放つ蝶名林牡丹。
「ア、アタイのいない全国大会なんて、白米のない焼肉のようなもんだろうがよぅ……!」
「完全に自分の自業自得ッスよ、萩子先輩……」
まるでW杯の決勝で敗れ去ったエースのごとく、部室の床に突っ伏して両手で顔を覆い、絶望を撒き散らす萩子と、それを生暖かい目で見守る赤音たち。
部室中がそんな、文字通り阿鼻叫喚の大パニックに包まれる中──。
その喧騒の外側で、ただ一人。菊鞠のすぐ隣に座る八橋あやめだけが、静かに手元で拳を握りしめていた。
「……菊鞠ちゃん」
賑やかな部室の熱気が、まるでガラスの向こう側へと遠のいていくような静寂。
あやめは、菊鞠のブラウスの袖口を、小さく震える指先でそっと掴んだ──。
皆さん、3日ぶりです。
お待たせいたしました!!
そして、ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
前回の焼き肉回では、あやめのスマホに伏線を仕掛けましたが、それとはまた別の絶望をブチこんでみました。
この、『萩子が赤点を取る』という展開も、割と初期から考えていた案の一つでした。
ただ、最初は『赤音も同類』というのを考えていたんですよね。
でも、彼女は同類と見せかけて実は……のほうが美味しい!と思ったんです。思っちゃったんです。
悪いな萩子。
さて、萩子の赤点とは別に、あやめからも不穏な空気が!?
次回もお楽しみに!!
「萩子、やらかしやがったw」
「期待を裏切らない、俺たちの萩子」
「作者さん、萩子に人権を」
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