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(両足の技……! 勝ちを焦って右脚の拘りを捨てた!)

「──ぱいん、前に言ったけど、右脚だけで出来るほど、サッカーは甘くないの。その苔の生えた拘(こだわ)り、ぱいんが削ぎ落としてあげるから」


 一文字学園の無機質なシステムの中にありながら、その言葉には菊鞠に対する強烈な「個の執着」が漏れ出ていた。


 だが、神酒盃菊鞠は一切怯まない。

 その瞳に底知れない偏執の炎を灯し、静かに言葉の刃を突き返した。


「右脚一つに拘りきれずに蹴鞠を手放した方が、私の拘りを削ぎ落とすんですか? ──随分と傲慢なんですね」


「──どの口が!」


 ぱいんの切れ長の瞳が、一瞬だけ激しい怒りの熱を帯びる。

 サッカーとしての合理性を突き詰めた自分──それを否定されたことへの怒り。

 しかし、ぱいんはすぐに不敵な、どこまでも冷たい微笑みをその幼い顔立ちに張り付かせた。


「……いいよ。どちらが正しいかは、この試合が決める」


 ──ピーーーーーッ!!!


 直後、主審のホイッスルがスタジアムに響き渡り、2-2の同点から運命の後半戦が再開される。一文字学園のキックオフ。


 一文字は開始早々、一之瀬燈子(10番)の正確無比なロビングで、八々花の上空へとロングボールを配給。


 そこへ跳躍するは、白峰ぱいん。

 圧倒的な滞空時間と、空中での強靭な体幹。


「――アリ。――ヨウ。――オウ。」


 その人形のように整った口から発せられるのは、古式ゆかしい蹴鞠の請い声。

 しかしそれは、どこか機械めいた無機質さを伴っていた。


 胸トラップからヘディング、ボレーと、空中でボールを一切落とさずに八々花のDFラインの上から強烈な弾丸を叩き込みにくる──!


──ス、ン……。


 スタジアムの喧騒を強制的にハッキングして消し去るような、不気味なほどに静謐なインパクト音。

 遥か頭上から、物理法則を置き去りにして冷酷に突き刺さる、あまりにも完璧な合理的圧殺。

 直撃すれば、即座にゲームセットを意味する絶対の弾道。


 ──だが。


 その冷徹な弾丸がゴールネットを揺らすより、早く。

 地面を激しく蹴って中空へと跳び、凶悪な軌道上へ自らの肉体を滑り込ませた影があった。


 神酒盃菊鞠だ。


「おうっ」


 最高高度の空中、菊鞠は左脚も頭も使わない。

 ただひたすらに研ぎ澄ましてきたその右脚一本を、降り注ぐ弾丸の勢いを完璧に殺し尽くす蹴鞠の『間』をもって、そっと差し出す。


 。


 スタジアム中の誰もが目を見開く中、ぱいんの合理的シュートは、菊鞠の右脚の甲の上へと吸い込まれるように収まり、中空でピタッとその回転を止めて静止した。


「なっ──っ!?」


 初めてその美しき顔を驚愕に歪める白峰ぱいん。


「ようっ」


 菊鞠は一瞬も動きを止めない。

 今度はボールにあえて強い回転を加え、左方向へとわずかに流れるように空中で蹴り上げた。


 するり。


「ありっ」


 驚異的な柔軟さでボールの軌道へと滑り込むように身体を翻すと、右足を宙にある左脚の後ろ側から巧みに交差させ、空中の、それも見えない角度から踵(かかと)でボールを正確に跳ね上げる。


(……確か、カリオカ。そんな名前の技でしたね)


 「左で蹴る」という相手の常識を逆手に取る、右脚の裏切り。

 左右の脚を複雑に交差させ、見えない角度からボールを弾き出すそのフォームは、フリースタイルの大技「カリオカ」であり、同時に伝統的な足捌き──《千鳥懸け》そのものだった。


(両足の技……! 勝ちを焦って右脚の拘りを捨てた!)


 ぱいんの脳裏に、合理的な確信が走る。

 両脚が交差している以上、次の弾道の角度は左の脚から逆算できる。


 その油断が、彼女の反応をコンマ数秒、決定的に遅らせた。


(私のこの右脚の偏執(こだわり)だけは──絶対に、削ぎ落とさせないッ!!)


「おうっ!」


 空中で放たれた、菊鞠の圧倒的な蹴鞠の『間』。

 次の瞬間、左脚からは1mmも触れられることなく、右脚の踵だけであり得ないベクトルへと弾き出されたボールの軌道を前に、ぱいんは初めてその思考を完全に凍結させた。


「なっ……!? 左じゃ、ない──っ!!


 合理の計算を完全に裏切られた空中要塞が、無様に上空からフレームアウトしていく。

 菊鞠の右脚一本の執念が、一文字学園の漆黒の網を中空から粉々に引きちぎった瞬間だった──!


 大きく放たれたボールは五月晴れの空を高く高く飛翔し、一文字学園のゴールマウスへとまっすぐ突き進む。


「巳亀!」


 キャプテン一之瀬の声に呼応し、『北風の障壁』こと北山巳亀が鉄壁の構えでそれを待ち構える。


 だが、北山巳亀の脳裏に、冬の選手権で見た菊鞠のシュートが──最悪のタイミングでフラッシュバックした。

 目の前で不規則にブレ、木の葉のように落ちていったあの弾道。


 警戒のあまり、ボールが落ちてくるギリギリまで見極めようとしたその瞬間、完璧なはずの王者のデータは、無敵の守護神を縛り付ける足枷(バグ)へと変わる。


 相手を凍らせるはずの『北風の障壁』が、皮肉にもその場に自ら凍りついた。まさに、その静寂の死角から──。


「──うおおおおおおおおッッッ!!!」


 漆黒の防壁の隙間を縫い、汗まみれの八々花のユニフォームが、猛然たるトップスピードでゴール前へと肉薄する。


 キャプテン、鹿戸椛。


 菊鞠の右脚がデータの網を引きちぎり、中空から落としてみせたその「極上のパス」の落下点へ、彼女は魂を乗せてその身を投げ出した。


 ──ドンッ!!!


 空中で完璧に芯を捉えた、椛の豪快なダイレクトボレー。

 データに縛られ、完全に後手に回った巳亀の手が届くよりも早く、白球は無慈悲に一文字学園のゴールネットを激しく突き破った。


──ピィ、ピィ、ピィーーーーーッ!!!!


 スタジアムを激震させる、崩壊せんばかりの大歓声と地鳴りのような絶叫。

 タイムアップのホイッスル。


 【0-2】という絶望のどん底から、十人で泥臭く戦い抜いた八々花女子サッカー同好会が。

 絶対王者・一文字学園を相手に【3-2】のスコアを叩き出し──ついに、奇跡の大逆転勝利(ジャイアントキリング)を掴み取ったのだ!


「やった……やったぞボクたちッ! 全国大会出場だァァァッ!!」


 男前なキャプテンの顔をぐしゃぐしゃの涙に濡らした椛が、菊鞠へと猛然と抱きつく。

 そこへ桜、小梅、ベンチから脱兎の如く飛び出してきた藤乃や桐子も次々に突っ込み、全員がぐしゃぐしゃになって歓喜の雪崩を起こしていく──。


 ベンチの前では、天堂特別監督が腕を組んだまま、どこまでも誇らしげな、名将の微笑みを彼女たちの背中に向けていた。


 一方──。

 無敵のデータ要塞が陥落し、呆然とピッチに立ち尽くす一文字学園のイレブン。

 自らの合理(システム)を完全に逆ハックされた白峰ぱいんは、膝に手をついて激しく肩を揺らしながら、歓喜の渦中にいる神酒盃菊鞠をじっと見つめていた。


「……ぱいんの負けね、神酒盃菊鞠」


 無機質な仮面が剥がれ落ちたその唇から、どこか憑き物が落ちたような、一人の敗北したアスリートとしての純粋な掠れ声が漏れる。


「白峰さん──」


 歓喜の輪から抜け出した菊鞠が、まっすぐに宿命のライバルの前へと歩み寄る。そして、泥にまみれた右脚を誇らしげに一歩前へと踏み出した。


「サッカーも、蹴鞠も、甘くなんてありませんね。……でも、私はただこの右脚に拘り続けただけなんです」


 五月の夕暮れの空の下、差し出された菊鞠の手を、ぱいんは小さく、けれど確かに握り返す。

 データの枠を熱量と執念でブチ破り、和の魂をピッチの上に完全に証明してみせた八々花イレブン。


 優勝候補の強豪を巻き込んだ県予選決勝の熱砂(激闘)が、熱気冷めやらぬまま幕を下ろす。


 だが、彼女たちの脚が紡ぐ物語は、ここで終わりではない。

 まだ見ぬ全国の怪物たちが待つ、次なる巨大なステージへの扉が今、堂々と押し開かれたのだった──

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 白峰ぱいんと、神酒盃菊鞠による「蹴鞠少女」の対決です。

 この物語を書くにあたり、菊鞠との対比となる蹴鞠少女は、どこかで何らかの形で出したいなぁ、と思っていたのです。

 そして、一文字学園の選手陣を麻雀の牌に擬えて名前を当て嵌めていく段階で、《白》を決める時に、思い立ちました。

 最初の案では「白山ぱいん」だったのですが、《北》の北山巳亀(これは、北→玄武→陰陽道では北は山岳、という連想から)で山の字が重なってしまったため、では「白峰ぱいん」にしよう、となりました。

 白峰は、蹴鞠の聖地、京都の白峯神宮に由来しています。

 「ぱいん」の名のほうは麻雀牌の《白(パイ)》からです。あと、個人的にパイナップルが好きなのもあったり、ちょっとキラキラネームっぽい娘がもっといても良いかな?というのもあったりして、この名前になりました。


 それと、菊鞠の蹴鞠技(妙足)。

 最初に出てきた《蜻蛉返し》(ドラゴンフライ)や《後ろ鞠》(バックヒール)、《摺り吸い》、《木の葉落とし》、《月渡り》(レインボー)──と出してきて、ここにきてまた一つ出しました、《千鳥懸け》(カリオカ)。


 実は、いずれも物語の最初、鹿戸椛にサッカー同好会に誘われたシーンで使う予定でした。

 というか、ブラッシュアップする前は、全部盛り込んでました。

 盛りに盛って、7,000字になっていたのです。


 あの時泣く泣く削ぎ落とした技たちを、小出し小出しし、こうして死闘の中で一つずつ形になって戻ってきたと思うと、作者としても感慨深いです。



 さて、強豪校、一文字学園を破り、全国大会への切符を手に入れた八々花イレブン。


 ──が、歓喜に沸く彼女たちの前に、実は一文字学園の包囲網よりも恐ろしい「未曾有のピンチ」が音もなく迫っています。


 少し箸休め的な幕間を挟んでから、熱気あふれる全国大会へと筆を進めて行きたいと思います。


「八々花イレブン、全国大会出場おめでとう!」

「7,000字は多いわw」

「未曾有のピンチってなんだ?」


 と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、次話以降の執筆への大きな励みになります!

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