「あらら、お可哀想に。一生懸命きばってはりましたもんねぇ。ベンチでゆっくりお休みどすえ♪」
後半戦開始のため、再びピッチへと集まる両チーム。
そこへ、選手交代のアナウンスが流れる。
『──後半開始に先立ちまして、選手交代のお知らせをいたします。一文字学園、背番号8番、翠川ハツミに代わりまして──』
『背番号12番、西園寺シャーロット。ポジション、ミッドフィルダー』
電光掲示板に点灯する赤と緑の数字。
【OUT 8】 → 【IN 12】
「そんな……せっかく攻略できたと思ったのに」
絶望に打ちひしがれる桜。
無慈悲に灯る【OUT】の赤い文字は、前半の死闘でようやく掴み取った「ハツミの裏拍データ」が、後半のピッチではもう1ミリも役に立たないことを物語っていた。
必死に編み上げた攻略のロジックが、再び試す機会すら与えられず、根底からリセット(無効化)されてしまったのだ。
その光景を、ベンチの天堂特別監督は冷ややかに見つめていた。
(そうね。一度見切られたデータは冷徹に切り捨てる。それが一文字のやり方──)
王者のあまりにも容赦のない合理性を、名将はその瞳に静かに焼き付けていた。
──ピーーーーーッ!!!
後半開始のホイッスルがスタジアムに響き渡る。
一文字学園のキックオフ。天才司令塔の一之瀬燈子から、中盤の底へとボールが戻された──。
八々花はハーフタイムでの天堂の鼓舞を胸に、キャプテンの鹿戸椛を先頭に激しい前線からのプレスを開始した。
まずは中央をブチ破り、同点に追いつく──その強い執念が、一文字の中盤に立ち塞がる「新たな壁」の前に、瞬く間に窒息させられることとなる。
「アナタたちのプレス、全部、読み通り。ココ、通りマセン」
金髪ハーフの圧倒的なフィジカルで、椛の突進を正面から弾き返したのは、西園寺シャーロットだ。 前半戦の一竹すずめが誇る組織的な回収能力に加え、シャーロットの規格外の五体が中盤の底に加わった。
八々花は、中央のパスワークすらまともにさせてもらえない。
焦りから、八々花の全体の陣形がほんのわずかに前がかりになった、まさにその一瞬だった。
シャーロットの刈り取ったボールが、一之瀬燈子を経由し、一瞬にして八々花の左サイドの広大な裏のスペースへと放たれる。
そこへ、漆黒の弾丸となって走り込んできたのは、東風飛梅だ。
一文字学園が狙いを定めたのは、警告の足枷を嵌められた時鳥藤乃のサイド。
データが弾き出した『35%の穴』を、王者はどこまでも冷徹に狙い撃ちにしてきた。
「えらい一生懸命きばってはりますねぇ、4番はん。……そやけど、そないに重たそうなおみ足やと、お疲れになってしもわへん?」
はんなりとした京ことばの煽りが、神速のスプリントと共に藤乃の耳元を切り裂く。
イエローをもう1枚貰えば退場という極限の心理的プレッシャーのせいで、藤乃の足はコンマ数秒、いつもの泥臭いスライディングを躊躇してしまった。
そのわずかな隙間を、飛梅の疾風がブチ抜いていく。
完全に裏を返され、突きつけられた決定的な終局──!
「そのへらへらしたツラ、泣かしたるわァッ!」
だが、藤乃の魂の咆哮がピッチを震わせた。
退場の恐怖も、仕掛けられた計算も、すべてを肉体の執念で置き去りにした、文字通り退路を断った決死のスライディングだった。
ドガァァンッ!!!
激しい衝撃音と共に、藤乃の足が飛梅を激しく巻き込み、ピッチの芝生の上を二つの影が転がっていった。
文字通りその身を壁にして、確実な失点だけは防いでみせたのだ。
──ピーーーーーーッ!!!
だが直後、スタジアムに響き渡ったのは、主審の非情なホイッスルだった。
駆け寄る主審の手が、胸のポケットから1枚のカードを抜き出す。
高く掲げられたのは、警告を示す黄色の札──本日2枚目の、イエローカード。
直後に提示されたのは、八々花イレブンの首元に突きつけられた漆黒の宣告──レッドカードだった。
「「「「──っ!!」」」」
八々花のベンチも、ピッチも、一瞬で凍りついた。
一文字学園が冷徹に敷いた『35%の罠』。その計算通りに、八々花の左サイドが完全に引き裂かれた瞬間だった。
「あらら、お可哀想に。一生懸命きばってはりましたもんねぇ。ベンチでゆっくりお休みどすえ♪」
レッドカードを突きつけられた藤乃の背中に、飛梅のねっとりとした京ことばが容赦なく追い打ちをかける。
「すまん……あとは頼んだで、小梅、桜……」
悔し涙でユニフォームを泥に染めた藤乃が、その胸に無念を噛み締めながら、ディフェンスラインの未来を仲間たちに託してピッチを去っていく──。
さらに、その決死のファウルで与えてしまったペナルティエリア直前からのフリーキック。
一文字学園は動揺する八々花の隙を逃さず、一之瀬燈子の精密な配給から、完全に崩された穴を突いて決定的な二点目【0-2】を、冷徹にゴールマウスへ流し込んだ。
追加失点、そして「十人」での死闘という非情な宣告。
自分の失敗から始まった最悪の連鎖が、ついにチームを破滅の淵へと引きずり下ろした──。
牙を剥く罪悪感に息の根を止められそうになりながら、桜はただ、泥にまみれたピッチを呆然と見つめるしかなかった。
──だが。
京ことばで勝ち誇る東風飛梅の目の前で、去っていった先輩の泥まみれの背中をじっと見つめていた、もう一人のサイドバックがいた。
「……藤乃ちゃん。あとは、うちが全部ハメ殺すから」
鴬塚小梅が、静かに立ち上がる。
その瞬間、彼女の頭でいつもへにょん、と揺れていたアホ毛が、内なる怒りと殺気に呼応するように、ピンと鋭い一本の『刃』の如く尖り跳ねた。
十人の絶望のピッチ。
だが、王者が仕掛けた完璧な方程式は、この覚醒した一人の『大馬鹿』によって、跡形もなく切り裂かれようとしていた──。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
ついに、藤乃が累積で退場となってしまいました。
一文字学園戦を書くにあたって、思い当たったのです。
「そういえば、退場って、書いてないな」と。
そう思ったときに、どこで入れるのが一番効果的かな?と思ったのは、やはりこの強豪校との決勝戦だろうな、と思いました。
次に、誰を退場させるかを考えて、何人か候補がいました。
その一人には、主人公の菊鞠も入っていたりします。
最終的に、藤乃を退場させることになりましたが、これにより、小梅が覚醒する、という思わぬシナジーが発生したことに、自分の気まぐれで設定したことながら驚きです。
さて、後半戦の中盤。
10人となってしまった八々花女子サッカー部は、このピンチをどう凌いでいくのか!
「せっかく翠川ハツミ攻略したのに、もう交代させられてる」
「飛梅の京ことば、やっぱりどぎついw」
「藤乃が退場で絶望じゃん!」
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