「──何よ、そのお通夜みたいな顔は。完璧じゃない」
──バシィィンッ!!
完璧なキャッチから、スタジアムが安堵の息を吐き出すよりも早く、松明千鶴の鋭い眼光が前線へと放たれた。
「萩子、行けっ!」
間髪入れずに千鶴の右足から放たれたパントキックが、一文字のディフェンスラインの裏へと美しい放物線を描いて伸びていく。
八々花が誇る、前半最後の電撃カウンターの始動だった。
ボールの落下点へと爆走するのは、左サイドの特攻隊長・猪目萩子。
対峙するのは、一文字の右の頭脳──中丸紅緒だ。紅緒は冷徹な目で萩子の「直線」をハッキングしにいく。
「さっきと同じ。馬鹿の一つ覚えね」
小細工一つできない愚直な突進。その軌道からただ一歩だけ自身の重心をずらし、闘牛士のようにパスをかっさらおうとする紅緒。
──だが、萩子の野生は、同じ失敗を二度も繰り返すほど馬鹿ではない。
それを超えようと藻掻く、大馬鹿だったのだ。
(アタイの本気を、そんなペラペラのデータで縛れると思うなよおおおッ!!)
曲がれないなら、曲がらないまま、中丸の『予測計算の限界値』を遥かに超越する──文字通り暴走特急の如き怒濤の超・トップスピード。
「なっ……先ほどまでの最高出力を15%もオーバーしてる……!? 計算が、合わない……っ!」
その冷徹な瞳に、初めて明確な『焦り』が浮かぶ。
しかし、紅緒はそのまま綺麗にブチ抜かれはしなかった。
計算外の暴走特急に対し、乱れた髪も構わず強引に自らの肉体をねじ込み、ファウルにならない極限の肉弾戦で萩子の前進スピードを泥臭く殺しにかかる。
「しっつけぇなテメェ……ッ!」
紅緒の決死の妨害によって、萩子がキラークロスを上げるための右足を振り抜く瞬間が、わずかコンマ数秒だけ遅れた。
八々花の絶好の先制機。
しかし、そのほんの一瞬の停滞を、一文字学園が逃すはずがなかった。
「──ここは一子が通さない」
「──ここは玖美子も通さない」
萬屋一子と玖美子の『萬子コンビ』による、寸分の狂いもない左右対称の挟み込み。
二人がかりの強固な壁が、萩子の放ったクロスの軌道を正面から完全に遮断した。
「ちいぃッ」
激しくブロックされ、ピッチ内へと跳ね返ったルーズボール。
八々花の選手たちが反応するよりも早く、その落下点へと滑らかに滑り込んできた漆黒の影があった。 一文字の中盤の底。
一索の形通りに君臨する支配者──一竹すずめだ。
「配牌通り。セカンドボールの回収率は、私たちの計算が完全に上回っているわ」
すずめは感情を一切挟まない冷徹なパスワークで、八々花の中盤をあざ笑うように一気にオフェンシブ・エリアへと鋭い縦のくさびを打ち込んだ。
その極上の配球が吸い込まれたのは──再び、あの無敵の左ウイング。
翠川ハツミの足元だった。
トトトトトトトトト──ッ!
「あきらめたら~そこで終わりさ~♪」
再び歌いながら、するすると滑るようにピッチを進む翠川ハツミ。
(翠川さん。もう、見切ったからっ!)
ハツミが口ずさむサビのメロディ、そのステップの隙間に降ってくる『裏拍ノーツ』──。
(──ここっ!!)
──スパァァンッ!!
スタジアムの芝生の上に、乾いた高音が響き渡る。
ハツミの右足から離れたボールが、左足に届くまでの文字通りミリ単位の隙間。
そこへ、桜は完璧なタイミングで自身の足という『幕』を容赦なく滑り込ませ、完全にボールを掠め取った。
「──やった!」
達成感に、桜は思わずアドバイスをしてくれたあやめのほうを見る。
だが、あやめと視線が交差するよりも早く、桜の視界を一筒のユニフォームが遮った。
歓喜に沸く八々花のマークが一瞬だけルーズになった、中央のバイタルエリア。
桜がパスカットしてピッチへと転がった、そのわずかなこぼれ球。その先へ、後ろから猛然と走り込んできていた一文字の天才司令塔──一之瀬燈子が躊躇なく右足を振り抜く。
「気を抜いたら、そこで試合終了なのよ」
ハツミの歌を冷酷に裏返すようなその一言と共に放たれた弾丸は、キーパー松明千鶴の驚異的な反応速度すらも最初から逆計算に入れた、ゴールネットの四隅──その針の穴を通すような隙間を冷徹に射抜く、完全無欠のシュートだった。
──ドサァッ……!!
千鶴の指先すら届かない絶対的な軌道が、八々花のゴールネットを無慈悲に揺らす。
一文字学園先制。【0-1】。
──ピーッ、ピーッ、ピーーーーーーッ!!!
ゴールネットが揺れたまさにその瞬間、スタジアムに前半終了を告げる非情なホイッスルが鳴り響いた。
これ以上ないほど残酷な、天国から地獄へと叩き落とされる幕引き。
八々花の反撃の牙は、確実に一文字の喉元へと届きかけていた。
だが、先制点を奪われ、さらに藤乃のイエローという足枷を嵌められた最悪のビハインドのまま、戦いは後半戦という名の深淵へと進んでいく──。
◇
八々花のベンチは、お通夜のように静まり返っていた。
ハーフタイム直前の、あまりに非情な失点。
それは特に、桜の心を深く抉り取っていた。
完璧に譜面を解読し、あの無敵の滑走を仕留めたはずだった。それなのに──フルコンボの達成感に、一瞬だけ心を奪われてしまった。
そのわずかな隙を、一文字の天才は見逃してくれなかったのだ。
悔やんでも悔やみきれず、桜はただ血がにじむほどに唇を噛みしめていた。
そんな重苦しい部員たちの前に、天堂特別監督が静かに歩み寄る。
誰もが冷徹な叱責を覚悟し、思わず身構えた──その瞬間。
「──何よ、そのお通夜みたいな顔は。完璧じゃない」
天堂の口から溢れたのは、微かな笑みすら含んだ不敵な言葉だった。
腕を組み、驚きに顔を上げる部員たちをどこまでも頼もしく見据える名将。
「幕ノ内の裏拍パスカット、猪目の出力突破。貴女たちが死ぬ気で見つけてきた『個のロジック』は、あの一文字のデータ計算を確かに一度、根底から狂わせ、焦らせたわ」
その鋭い視線が、イエローカードを受けたレフトバックへと向けられる。
「時鳥のイエローカード? 結構なことじゃない」
名前を呼ばれた藤乃は、ハッと顔を上げた。
「一文字ともあろう王者が、ハーフタイムを前にそこまで計算を徹底し、ウチのレフトバックの強度をデータ上『35%低下』させなきゃ抑え込めないと、恐怖して足枷を嵌めに来たのよ」
イレブンの顔を、ぐるりと見回す。
「それってつまり──貴女たちの泥臭い執念が、漆黒の要塞をそこまで追い詰めたっていう動かぬ証拠よ」
「──っ!!」
絶望のビハインドだったはずの【0-1】。
それが、天堂の言葉によって瞬時に「王者を恐怖させた勲章」へと180度ポジティブに反転していく。
「一文字のハッキングの深さは、前半で底が見えたわ。後半、あのデータ女たちがその『35%の穴』を冷徹に狙い撃ちにして嵌めにくる。……上等じゃない。その上をいく、さらなる大馬鹿を、ピッチの上で私に証明してみせなさい」
沈み込んでいたイレブンの瞳に、ギラリと凶暴な炎が灯る。
分かりきったマイナスを論うのではなく、チームの魂を極限まで引き上げる──これぞ、八々花の特別監督が誇る、名将としての真の格だった。
「──行こうじゃないか」
キャプテンの鹿戸椛が、男前な笑みを浮かべて立ち上がる。「ハッキングされ尽くしたここからが、ボクたちの本当のサッカーだ!」
「「「「──おう!!!」」」」
一文字学園が冷徹に狙い定める、後半戦の『35%の穴』。
その計算を、八々花の執念がどう喰い破っていくのか──まだ誰も知らない未来へ向けて、イレブンは限界突破の闘志を胸に、再び後半のピッチへ向かって歩き出す。
天国から地獄へ。
あるいは、地獄から天国へ。
真のジャイアントキリングへ向かう運命の後半戦が、今ここに幕を上げようとしていた──。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
セグウェイドリブルを攻略して喜んだのもつかの間、一文字学園のキャプテンによるシュートで先制点を許してしまいます。
さて、セグウェイドリブルについて。
ご存知、キャ○テン○でお披露目され、読者の度肝を抜いたアレを思い出すかと思います。
僕も、何かとトンデモサッカーのネタとして当て擦ってました。
ええ、その当て擦ってきたツケが、自分に降りかかる!
これをブーメランと言わずして、なんというのでしょうか。
その代わり、セグウェイドリブルについては普通に再現可能であろうドリブルの範囲に落としこんではいます。
もっとも、他にもツッコミどころがあることは否定しませんッッッ!(ヤケクソ)
「セグウェイドリブル、本気でやるやつがあるか!」
「この作品に、ツッコミどころのない箇所なんてあるだろうか(反語表現)」
と思っていただけましたら、ぜひページ最下部にある【☆☆☆☆☆(星ボタン)】や【ブックマーク】をポチッと押して応援していただけると、次話以降の執筆への大きな励みになります!




