「やってみる価値はありますぜ!」
「ビックリしたぜ~、天丼監督、あんな爆弾発言するんだもんなー」
言葉とは裏腹に、のんびりとした口調の萩子を先頭に、八々花イレブンはぞろぞろと帰り支度を始める。
「桜ちゃん」
皆に倣って帰り支度を始めていた幕ノ内桜に、八橋あやめが声を掛ける。
「あまり、気に病む必要はないよ。皆で止めれば、問題ないから!」
「ありがとう。……うん、そう。そうだ……ね。皆がいれば、守れるよね」
歯切れは悪かったが、あやめの優しさを無下にできず、桜はなんとか言葉を返す。
「うん、その意気だよ!」
あやめが嬉しそうに微笑めば、萩子も「頼んだぜ! アタイも一文字のディフェンスにほら穴開けてやるから!」とガハハと笑って、桜の背中をパシパシと叩いた。
けれど。
夕闇が迫る帰り道をぞろぞろと歩きながら、桜の胸の奥のモヤモヤは晴れるどころか、ますます重く膨れ上がっていく。
『不確定要素を当てにするぐらいなら、二人がかりでも三人がかりでも止める、と言ってくれるほうが、まだ戦術的に納得できるわ』
耳の奥で、天堂監督のあの冷徹な声が何度もリフレインする。
みんなの優しさは心から嬉しい。
でも、それは裏を返せば、あの無敵の『セグウェイドリブル』を自分1人の力で──センターバックとして合法的に止める具体的なロジックが、今の八々花には存在しないという証明にほかならなかった。
「サクラちゃん、監督の言ってたこと気にしてるでしょ」
ふいに声を掛けられる。
マネージャーであり、オープンなオタクでもある種村カスミだ。
「か、カスミちゃん! それは、そのっ」
「ニシシ、サクラちゃん、すぐ顔に出るんよ。分かりやすすぎ」
口に咥えたチャッパチュプスの棒をピコピコと揺らしながら、カスミは桜をからかう。
「あやめちゃんも気にかけてくれてたみたいだけど、やっぱああいうのって、自分で止めるのが激熱展開なんよね、わかる。因縁の相手をタイマンで完全攻略してこそ、物語はクソデカ感情の向こう側へ行けるんよ」
「激熱展開……」
「こういう時ってさ、あんま深く考えないで、アニメでも見ながらのほうが名案が浮かぶかもしれないんよ。限界修羅場の天才クリエイターに神懸かったアイデアが『降りてくる』ってヤツ! 脳汁ドバドバのブレイクスルーよ──ほい、飴ちゃん」
「あ、ありがとう……」
ぽんと手渡されたイチゴ味のチャッパチュプスを見つめながら、桜は小さく微笑んだ。
「じゃっ、サクラちゃん。今日も生き延びような。乙なんよ~♪」
大きく手を振って去っていくカスミに、桜も小さく手を振り返す。
ほんの少しだけ、歩みが軽くなった気がした。
だが、家に向かえば向かうほど、その足取りは鉛のように重くなっていく。
這うようにして自宅に辿り着くなり、桜はそのままベッドへと倒れ込んだ。
自宅に戻り、自室のベッドに寝転がった桜は、天井を見上げながら深くため息を吐いた。
机の上には、カスミから手渡されたイチゴ味のチャッパチュプスが静かに置かれている。
(……アニメでも見ながらのほうが、名案が浮かぶかもしれないんよ)
脳裏に浮かんだそのアドバイスに縋るように、桜は手元のリモコンを押し、テレビの電源を入れた。
特に見たい番組があったわけでもない。
現実逃避のために、専門チャンネルの画面をぼんやりと眺めているだけだった。
画面の向こう、吹雪に閉ざされた洋館──典型的な館物のクローズド・サークルを舞台にしたミステリー作品が、いよいよクライマックスを迎えていた。
探偵の口から、誰もが驚愕する完全犯罪の「真相」が暴露される。
『──そう、犯人は一人ではない。彼らは同じ顔をした「双子」。互いが完璧に入れ替わることで、あの不可能なアリバイを成立させていたのです!』
ただの背景音として流していたはずのその台詞が、桜の脳髄を貫いた。
息を呑んだ桜の、極限まで見開かれた両目が画面へと釘付けになる。
テレビからはいつの間にかエンディング曲が寂しく流れ始めていたが、今の桜の耳には、その音さえ一切届いていなかった。
「……あ。一人だと思って見てるから、瞬間移動(無敵のドリブル)に見えるんだ……」
脳内のパズルが、凄まじい速度で回転を上げる。
一文字の誇る漆黒の滑走──翠川ハツミの『セグウェイドリブル』という「不可能犯罪」の正体が、今、白日の下に晒されようとしていた。
あの子の右足と左足は、同じ顔をした『双子』なのだ。
ハツミはドリブルで進んでいるのではない。右足が蹴ったボールを、もう一人の自分である左足が受け取り、またすぐに右足へと預けている。
つまり、あれは『1人の超絶ドリブル』などではなく、『瓜二つの双子が、ゼロ距離でひたすら高速ワンツーパスを回しながら走っている』状態にほかならない。
上体ひとつブレさせず、文字通り『線』の上を滑ってくる無敵の平行移動。
それもそのはずだ。ドリブルではなく、肉体の限界を超えた超高速の『パス交換(入れ替わりトリック)』だからこそ、進行方向のベクトルが一切ブレないのだ。
パチパチパチ、とパスカット職人の頭脳が、必勝のハメ技を弾き出す。
「ドリブルなら奪いに行く必要があります。……でも、それがただの『パス』なら。ハツミさんが自分で自分の足元にパスを出し続けているだけなら、その両足の間はパスコース……」
ドリブルと見るから調子が狂う。
あれをパスカットと見做せばいい。
その距離が極端に狭い、それだけだ。
ハツミの右足から離れたボールが、左足に届くまでの、文字通りミリ単位の隙間。
そこへ、パスカット職人としての私の『幕』を、一瞬のシャッターのように鋭く割り込ませて遮断する。
これなら体当たりでも進路妨害でもない、100%完全合法のインターセプト。
私の戦場(パスカットの領域)に引きずり込めば、あの美しい完全犯罪を、私単独で完全にハメ殺せる。
しかし、これが成功するかどうかも分からない。検証すらしていない。
そんな大博打。
でも──。
「やってみる価値はありますぜ!」
胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、深夜の自室で、桜は不敵なオタクの笑みを浮かべたのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
今回は一文字学園の《發》こと翠川ハツミの、セグウェイドリブル対策です。
セグウェイドリブル、「キャプテン翼」のミカエルが使う技としてネットミーム化してますが、それを現実的な技術として落としたうえで、採用しました。
これは、前の冬の選手権でも登場済みだったので、覚えていらっしゃる方もいるのではないでしょうか。
そして、パスやドリブルの間をカットするのを得意とする桜がこれに翻弄される、というのが冬の選手権で描きたかった内容でしたが、今回はそれを破る手立てを考える方向での案。
割と頭使いましたね。
そのブレイクスルーが降りるのに、アニメを見ていたら……、という部分は既に思いついていたのですが、肝心の対策が思いつかず。
苦肉の策としての発案なので、最後に「逆襲のシャア」のギラ・ドーガのパイロットのセリフでまとめました。
「天堂監督も天丼にされてしまったw」
「前回はNEW GAMEで、今回は逆シャアかよw」
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