「どうやって?」
「いよいよ、地区予選の決勝戦ね」
学校のミーティングルーム。
天堂監督が手元のタブレットを静かに操作すると、正面のプロジェクターに、一文字学園のチームカラーである漆黒を基調としたスタメンリストが次々と映し出されていく。
画面に並ぶ名前と、そこに記された狂気的なデータを目にした瞬間、室内の空気が一気に張り詰めた。
ゴール前に立ち塞がるのは絶対的守護神、GK北山巳亀。圧倒的な体躯と冷静さで、萩子や柳の決定的なシュートを『正面衝突』で完璧にキャッチして絶望を与える要塞。
その前を固める4バックは、サイドを支配する萬屋一子・玖美子の『萬子コンビ』に、中央に十文字の防衛網を張る十文字南、そして激しいフィジカルの九頭竜筒美。
ボランチには、一年前の春の練習試合で八々花の中央をズタズタに蹂躙した一竹すずめと、その裏を竹の根の如くカバーする九条笹乃──。
さらに一筒の形通りにピッチのド真ん中に君臨する天才司令塔、一之瀬燈子が操る2列目からの『大三元フロント(翠川ハツミ・中丸紅緒)』が並び、極めつけは、ベンチの控えに眠る神酒盃の鏡写しの宿敵、白峰ぱいんである。
「前回の冬の選手権予選、八々花は一文字に1-3で完敗したわ」
静寂を切り裂くように、天堂監督の冷徹な声が響く。
「最後に神酒盃が異例のシュートで1点を返したけれど……相手はあの失点を根に持っているはず。八々花のデータを徹底的に研究し直してきてる。つまり、今回は神酒盃が初手から完全に警戒される可能性が非常に高いわ」
一度言葉を切り、天堂監督はミーティングルームの部員たちを冷たく見下ろした。
「あの時のような奇襲はまず通用しないと思いなさい。相手は最初から、あの冬の完璧な最強布陣で、八々花の奇跡の芽をすべて摘み取って完封しにくるわ」
冬の選手権予選で叩きつけられた【1-3】というスコアの重みが、あのときピッチで悔し涙を呑んだ二年生たちの脳裏に鮮烈に蘇る。
「......なるほどね。ボクたちに勝ったからと言って、手を抜いてくれる相手ではない、むしろ1点の失点があるからこそ、完璧に捻じ伏せたい、と」
静まり返る室内で、キャプテンの鹿戸椛が腕を組みながら、鋭い眼光で画面を見つめた。
「でも、それは自分らも同じや。一年前の春の練習試合で一竹すずめに真ん中をズタズタにされてから──」
時鳥藤乃が不敵な笑みを浮かべ、男前な闘志を満面に漲らせる。
「ボコられて、ただ泣き寝入りしてたわけやないで」
「今度は自分の泥臭いディフェンスで、そのデータの網ごと引きちぎってやるわ」
藤乃が男前な大阪弁で先陣を切ると、その隣で静かに両手を胸の前で握りしめ、「頑張るぞい!」とばかりに気合を入れる影があった。
幕ノ内桜である。
昨年九月の冬の選手権の予選では、翠川ハツミの『セグウェイドリブル』に翻弄され、自分の無力さを一番思い知らされたセンターバック。
「ハツミさんを止められる自信は……正直、まだありません。……でも! この一年間、私もただ泣き寝入りしていたわけじゃありません。一文字の攻撃陣に好き勝手させないよう、私、精一杯頑張ります……っ!」
ぎゅっと拳を握りしめ、長い前髪の奥の瞳に健気な決意を灯す桜。だが、その健気な精神論を、最前線に立つ指揮官の冷徹な一言がバッサリと切り裂いた。
「自信がないのに、根拠のない言葉で誤魔化すのは止めなさい。そんな不確定要素を当てにするぐらいなら、二人がかりでも三人がかりでも止める、と言ってくれるほうがまだ戦術的に納得するわ」
天堂特別監督の容赦のない言葉に、ミーティングルームの空気が一瞬で凍りつく。
それは、ただの精神論や「頑張り」では絶対に通用しない、一文字学園という漆黒の要塞の理不尽なまでの高さを、誰よりも監督自身が理解しているからこその冷徹な戦術論だった。
「うっ……、す、すみません……」
桜は顔を真っ赤にし、反論する言葉も持たずに小さく俯くしかなかった。
「──ま、まぁまぁ、監督! 桜がまだロジックを見つけられてへんのは確かやけど、アタイがあのデータ計算女、中丸紅緒の弾丸を真っ向からブチ砕けば中盤の負担も減るはずや!」
凍りついた空気を破るように、猪目萩子が割って入る。
「今度こそアタイの野生のフィジカルで、その小賢しい計算ごとねじ伏せてみせるわ!」
ウルフカットを荒々しく揺らし、野獣のような牙を剥いて吠える萩子。
だが、天堂監督の冷徹で鋭い視線が、即座にその野生を正面から射抜いた。
「どうやって?」
「へ?」
威勢よく吠えた萩子の言葉を、天堂特別監督の冷ややかな声が遮った。
「具体的に、どうやって止めるの? 貴方のような脳筋が? ──向こうは、貴女のプレイスタイルをデータとしてハッキングしたうえで止めてきたのよ。野生の勘だけでその計算を上回れるとでも思っているの?」
あまりにも直球すぎる「脳筋」の宣告に、萩子は「の、のうきん……」と口をパクパクさせたまま、自慢のウルフカットを呆然と揺らすことしかできない。
一文字学園の基本陣形に対し、八々花が中盤をどうハメるか。組織としての守備戦術やビルドアップの崩し方は、プロジェクターの画面に提示されたシートがすべてを物語っていた。
それは、指揮官としての天堂任見が完璧に職務を全うし、八々花に授けた『勝利の設計図』そのものである。 しかし、天堂監督の冷徹な視線は、設計図から部員たち全員の顔へとゆっくりと移された。
「チームとしての戦術は完璧に用意したわ。でも、最後の結び目をブチ切るのは、ピッチに立つ貴女たちの役割よ」
ミーティングルームの張り詰めた静寂に、ヒールの音がコツ、と冷たく響く。
「お話にならないわね。この半年間、見定めてきたつもりだったけれど、買い被りだったかしら? この一文字学園戦で、貴女たちの再評価をします」
それは、ただの精神論や甘えを一切許さない、プロの絶対的な宣告。
「貴女たちが自分自身の局面にすらロジックを持てず、あの冬と同じように完敗するのだとしたら、それは私の指導者としての力不足、無能の証明よ。その時は潔く──私は監督を降りるわ」
「「「「──っ!!」」」」
あまりにも重すぎる、退路を断った指揮官からの最後通牒。
室内の温度が、完全に氷点下まで叩き落とされた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
前代未聞の第2試合から一気にすっ飛ばして、地区予選の決勝戦。
もちろん相手は一文字学園です。
今回のお話はミーティングのみですが、今までの感覚でカスミに喋らせていました。
そして、桜や萩子の、個々の攻略の段階で質問攻めした挙句、「勝てなかったら辞めるわ」にしてしまったところ、単なる無責任な監督になってしまい、書き直ししました。
天堂特別監督が来る前は、その位置にはカスミが居たんですね。
彼女、何気に重宝します。
さて、次回は幕ノ内桜にフィーチャーした話です。
「『がんばるぞい!』って、NEW GAMEかよ」
「さすが桜、ブレない」
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